*

京都大学経営管理大学院講義録「芸術・観光」編を読んで

湯山重徳京大特任教授が編者の講義録、京都大学なので興味が引かれた。エンタテインメントビジネスマネジメントの科目が開設され、講義が行われている。表題が「芸術・観光」となっているのは、内容からして芸術がメインであるが、話題になっている観光を取り上げることで学生の興味を引こうという趣旨であろう。それはそれで大学としては重要なことであろう。

エンタテインメントビジネスの主要分野が観光であるとの記述がある。私は観光ビジネスは集客ビジネスであり、アナーキー、アウトローの部分があると思っている。ヒトを移動させる力を分析するのが観光学であり、実現するのが観光事業であると思っている。権力行為である観光政策とはそこが違うのである。

私が興味を持ったのは、編者が芸術についても脳の働きに言及していたからであった。東大で工学博士をとられているからサイエンスには造詣が深いと思ったからでもある。参考文献にも松沢哲郎のチンパンジー論に関する者や神経経済学の著作等が紹介されており、観光に関する問題意識の持ち方には、共感を覚えたからでもあった。

2016年5月30日に中教審が観光やIT等の成長分野で即戦力となる人材養成のための新しい高等教育機関として「(仮称)専門職業大学」の制度化が答申された。このことを受け、本書も観光ビジネスにおいて人材育成を促進するための教材を提供することにあると記述されている。

芸術と観光の結びつきが深いとの認識のもと、芸術論は第一線で活躍しているきらびやかなゲストの講演録であり読みごたえはあった。
ただ、観光については短い時間で参考文献を読まれたのか、芸術論と結びつけ過ぎたのかわからないが日本文化礼賛論の域を出ず、科学的な記述は期待できるものではなかった。また教養主義的色彩が強く出ているのも、講師陣の特徴かもしれない。芸術家も最初は少数派の異端であり、市民権を得て権威を獲得すると「差異」が少なくなるのは皮肉な現象である。

また工学部出身というわけでもないであろうが、モノづくりの貿易収支の重要性にこだわっておられる記述が相当の分量で存在している。しかし世界経済は麻雀と同じであるから、赤字と黒字は相殺され、トータルでゼロになる。日本が貿易黒字であるなら、観光で赤字を出すか、金融で赤字を出すかといったことになる。人口規模が大きいだけに、世界市場でのプレーヤーとしての責任も大きいのである。ものはどこの地域でも作れるように進化してきているから、人件費の高いところから低いところに移動するのであり、貧しい地域の人が豊かになれるのである。東京で物を作っているわけでもないことからも理解できるはずである。アメリカは金融資本で帳尻を合わせている。ドルと軍事力の持つ力である。日本の円は海外旅行するとその実力がわかる。中国人もまだまだ旅行でも貿易でもドルの力に頼らざるを得ない状況である。

さて本題の観光の記述である。観光の定義をしっかりとして記述されている。観光概念が確定していないため観光政策も定まらないと記述されおり、全くの同感である。(ただしリゾート法を例に出されている点は理解不足であろう。)しかし、編者の定義の中でかけているものが「移動」である。「観る」に引っ張られすぎているからであろう。しかし、観光が「差異」にあるということも理解されておられるのはさすがである。

ところどころにステレオタイプな欧州礼賛がみられる。統計では欧州各主要都市を訪れる数は大きいが、その大半は欧州内のしかも隣接国の住民である。日本でいえば仙台の人が東京に来るようなものである。例外はアメリカ人で、間もなく中国人になるだけのことである。ロンドンパリのこの記述も芸術論に引っ張られているのであろう。

その差異には評価が伴うが、絶対的な評価というものがないことも、編者は理解されているはずであるが、どうも芸術論に引きずられているのか、日本文化が外国人によって見出されているという意識がみられる。差異は相対的なのものであるから、桂離宮のように外国人により見出されるものもあるかもしれないが、今に始まったことではない(それも外人がほめたことを利用して日本人がほめたといえるのである)。差異よりも圧倒的に同質化の力のほうが観光ビジネスには大きいことにも言及しなければならない。キューバに旅行をして、イギリス人夫婦がモバイルが使えない不便さを嘆いていた。観光ビジネスには必須になっている。同質化の中での差異なのである。ガーデニングの好きなご婦人は自分の家に庭と、遠くの同好の士の庭が同じだといって喜ぶために訪問している。違いがないことを確認するために旅行することもあるのである。

技術が進歩すれば、その効果は移動しなくても得られるようになるから、移動がすべてではなくなるかもしれないが、今はヒトの脳に働きかけをして移動させる力の分析が観光学なのであろうと思っている。

宇宙旅行が可能になれば、これこそ非日常であり、その差異の前には地上の造作物は圧倒される。その時初めて民族間の争いなど些細なことだと思うのかもしれないが、未だに隣の行政区域と張り合っている行政があるから、変わらないのかもしれない。

関連記事

no image

訪韓中国人旅行客の動向 3月は対前年比40%減であるものの、訪韓に占める割合は日本を上回る

本日ようやく韓国の外客数値がネットで公表された。 https://kto.visitkorea.o

記事を読む

no image

国際観光局ができたころ 満州某重大事件(張作霖爆死)と満州事変

排日運動が激しくなってきていた。当時は関東軍は知らず、河本大佐数人で実行。満州の出先機関はバラバラ

記事を読む

no image

『天皇と日本人』ケネス・ルオフ

P114 マイノリティグループへの関心 p.115 皇室と自衛隊 他の国の象徴君主制と大きく

記事を読む

no image

「ブラックアース~ホロコーストの歴史と警告」ティモシー・スナイダー著池田年穂訳 を読んで

ホロコーストについても、観光学で歴史や伝統は後から作られると説明してきたが、この本を読んでさらにその

記事を読む

no image

『意識はいつ生まれるのか』(ルチェッロ・マッスィミーニ ジュリオ・トノーニ著花本知子訳)を読んで再び観光を考える際のメモ書き

観光・人流とは人を移動させる力であると考える仮説を立てている立場から、『識はいつ生まれるのか』(ルチ

記事を読む

no image

ドナルド・トランプが大統領になる5つの理由を教えよう

https://www.huffingtonpost.jp/michael-moore/5-rea

記事を読む

no image

『中国ライドシェア競争はすでに終結、米国Uber「外資本土化不成功」の魔手に阻まれる』

記録代わりに次の記事を掲載しておく。日本の状況がどういう状態かも理解できるであろう。国内市場を守るこ

記事を読む

no image

渋滞学『公研』2019年4月 メモ

渋滞学 西成活裕 渋滞とは? 結局人の動き  法則性はあるのか? 空気や水と違って人間にはそれぞれ

記事を読む

no image

聴覚 十二音技法

https://youtu.be/HeXEzMWi2EI 時代は無調の音楽に対する準備

記事を読む

no image

月額制の航空運賃+滞在費

サンケイに、「 全日本空輸が来年1月から、月額制で全国の航空路線と滞在施設を利用できるサービスを始

記事を読む

no image
『動物たちの悲鳴』National Geographic 2019年6月号

観光と動物とSNS https://natgeo.nikkei

no image
ジャパンナウ原稿 人流大国・中国

 LCCの深夜便を利用して、1泊3日の南京(850万人)、蘇州(10

no image
中国の観光アウトバウンド政策公研No.675 pp45-46

倉田徹立教大学法学部教授 1997年にアジア通貨危機、2003

no image
聴覚   空間の解像度は視覚が強く、時間の分解度は聴覚が強い。人間の脳は、より信用できる方に重きを置いて最終決定する

人間の脳は、より信用できる方に重きを置いて最終決定する 聴覚が直接

no image
『本土の人間は知らないことが、沖縄の人はみんな知っていること』書籍情報社

p.236 細川護熙首相がアメリカ政府高官から北朝鮮の情勢が緊迫して

→もっと見る

PAGE TOP ↑