京都大学経営管理大学院講義録「芸術・観光」編を読んで
公開日:
:
最終更新日:2023/05/30
観光学評論等
湯山重徳京大特任教授が編者の講義録、京都大学なので興味が引かれた。エンタテインメントビジネスマネジメントの科目が開設され、講義が行われている。表題が「芸術・観光」となっているのは、内容からして芸術がメインであるが、話題になっている観光を取り上げることで学生の興味を引こうという趣旨であろう。それはそれで大学としては重要なことであろう。
エンタテインメントビジネスの主要分野が観光であるとの記述がある。私は観光ビジネスは集客ビジネスであり、アナーキー、アウトローの部分があると思っている。ヒトを移動させる力を分析するのが観光学であり、実現するのが観光事業であると思っている。権力行為である観光政策とはそこが違うのである。
私が興味を持ったのは、編者が芸術についても脳の働きに言及していたからであった。東大で工学博士をとられているからサイエンスには造詣が深いと思ったからでもある。参考文献にも松沢哲郎のチンパンジー論に関する者や神経経済学の著作等が紹介されており、観光に関する問題意識の持ち方には、共感を覚えたからでもあった。
2016年5月30日に中教審が観光やIT等の成長分野で即戦力となる人材養成のための新しい高等教育機関として「(仮称)専門職業大学」の制度化が答申された。このことを受け、本書も観光ビジネスにおいて人材育成を促進するための教材を提供することにあると記述されている。
芸術と観光の結びつきが深いとの認識のもと、芸術論は第一線で活躍しているきらびやかなゲストの講演録であり読みごたえはあった。
ただ、観光については短い時間で参考文献を読まれたのか、芸術論と結びつけ過ぎたのかわからないが日本文化礼賛論の域を出ず、科学的な記述は期待できるものではなかった。また教養主義的色彩が強く出ているのも、講師陣の特徴かもしれない。芸術家も最初は少数派の異端であり、市民権を得て権威を獲得すると「差異」が少なくなるのは皮肉な現象である。
また工学部出身というわけでもないであろうが、モノづくりの貿易収支の重要性にこだわっておられる記述が相当の分量で存在している。しかし世界経済は麻雀と同じであるから、赤字と黒字は相殺され、トータルでゼロになる。日本が貿易黒字であるなら、観光で赤字を出すか、金融で赤字を出すかといったことになる。人口規模が大きいだけに、世界市場でのプレーヤーとしての責任も大きいのである。ものはどこの地域でも作れるように進化してきているから、人件費の高いところから低いところに移動するのであり、貧しい地域の人が豊かになれるのである。東京で物を作っているわけでもないことからも理解できるはずである。アメリカは金融資本で帳尻を合わせている。ドルと軍事力の持つ力である。日本の円は海外旅行するとその実力がわかる。中国人もまだまだ旅行でも貿易でもドルの力に頼らざるを得ない状況である。
さて本題の観光の記述である。観光の定義をしっかりとして記述されている。観光概念が確定していないため観光政策も定まらないと記述されおり、全くの同感である。(ただしリゾート法を例に出されている点は理解不足であろう。)しかし、編者の定義の中でかけているものが「移動」である。「観る」に引っ張られすぎているからであろう。しかし、観光が「差異」にあるということも理解されておられるのはさすがである。
ところどころにステレオタイプな欧州礼賛がみられる。統計では欧州各主要都市を訪れる数は大きいが、その大半は欧州内のしかも隣接国の住民である。日本でいえば仙台の人が東京に来るようなものである。例外はアメリカ人で、間もなく中国人になるだけのことである。ロンドンパリのこの記述も芸術論に引っ張られているのであろう。
その差異には評価が伴うが、絶対的な評価というものがないことも、編者は理解されているはずであるが、どうも芸術論に引きずられているのか、日本文化が外国人によって見出されているという意識がみられる。差異は相対的なのものであるから、桂離宮のように外国人により見出されるものもあるかもしれないが、今に始まったことではない(それも外人がほめたことを利用して日本人がほめたといえるのである)。差異よりも圧倒的に同質化の力のほうが観光ビジネスには大きいことにも言及しなければならない。キューバに旅行をして、イギリス人夫婦がモバイルが使えない不便さを嘆いていた。観光ビジネスには必須になっている。同質化の中での差異なのである。ガーデニングの好きなご婦人は自分の家に庭と、遠くの同好の士の庭が同じだといって喜ぶために訪問している。違いがないことを確認するために旅行することもあるのである。
技術が進歩すれば、その効果は移動しなくても得られるようになるから、移動がすべてではなくなるかもしれないが、今はヒトの脳に働きかけをして移動させる力の分析が観光学なのであろうと思っている。
宇宙旅行が可能になれば、これこそ非日常であり、その差異の前には地上の造作物は圧倒される。その時初めて民族間の争いなど些細なことだと思うのかもしれないが、未だに隣の行政区域と張り合っている行政があるから、変わらないのかもしれない。
関連記事
-
「若者の海外旅行離れ」という 業界人、研究者の思い込み
『「若者の海外旅行離れ」を読み解く:観光行動論からのアプローチ』という法律文化社から出版された書
-
世界人流観光施策風土記 ネットで見つけたチベット論議
立場によってチベットの評価が大きく違うのは仕方がないので、いろいろ読み漁ってみた。 〇 200
-
『訓読と漢語の歴史』福島直恭著 観光とツーリズム
「歴史として記述」と「歴史を記述」するの違い なぜ昔の日本人は、中国語の文章や詩を翻訳する
-
脳科学と人工知能 シンポジウムと公研
本日2018年10月13日日本学術会議講堂で開催された標記シンポジウムを傍聴した。傍聴後帰宅したら
-
日本観光学会に参加して
6月26日日大商学部で日本観光学会が開催され、「字句「観光」と字句「tourist」の遭遇」と題して
-
「DMO」「着地型観光」という虚構
DMOという新種の言葉が使われるようになってきていますが、字句着地型観光の発生と時期を同じくします。
-
Ctripの空予約騒動について 大山鳴動に近い騒ぎ方への反省
「宿泊サイト、予約しない部屋を販売」といった表題でテレビが取り上げ、関係業界内ではやや炎上気味であ
-
角本良平著『高速化時代の終わり』を読んで
久しぶりに金沢出身の国鉄・運輸省OBの角本良平氏の『高速化時代の終わり』を読んでみた。本を整理してい
-
羽生敦子立教大学兼任講師の博士論文概要「19世紀フランスロマン主義作家の旅行記に見られる旅の主体の変遷」を読んで
一昨日の4月9日に立教観光学研究紀要が送られてきた。羽生敦子立教大学兼任講師の博士論文概要「19世紀
-
観光資源論と 観光学全集「観光行動論」を考える ベニスのクルーズ船反対運動への感想と併せて
現在「観光資源論の再構築と観光学研究の将来」と題した小論文をまとめているが、観光資源(正確には観光対