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羽生敦子立教大学兼任講師の博士論文概要「19世紀フランスロマン主義作家の旅行記に見られる旅の主体の変遷」を読んで

公開日: : 最終更新日:2016/11/25 人流 観光 ツーリズム ツーリスト, 観光学評論等

一昨日の4月9日に立教観光学研究紀要が送られてきた。羽生敦子立教大学兼任講師の博士論文概要「19世紀フランスロマン主義作家の旅行記に見られる旅の主体の変遷」が掲載されていたので早速目を通し、自分用のメモをつくってみた。立教大学に提出された観光学博士論文は、自分が博士論文を書くときには、以前提出されていた観光学博士論文にすべて目を通したが、その後の論文には目をとしていなかった。私の反省材料である。

 

羽生敦子氏は、「旅」の主体として、英語ではTravelerとTouristがあり、新単語である後者が一般化した19世紀に着目し、論文題名にあらわされる分析を行っている。簡単にまとめると、19世紀以前(Travel)は、Travelerは能動的(例 冒険者)であったのに対して、20世紀以降(Tourism)は、Touristは受動的(例 楽しみの旅行者)であるとまとめている。

羽生氏は、アメリカでは1950年代に「旅行者から観光者へ」の変化の社会学的研究 (否定的側面の形成過程)が進展したことを、ブーアスティンの『The Image』(疑似イベント 真正性をもとめない)及びマキャーネルの『The Tourist』(ツーリスト擁護)を代表して紹介するとともに、羽入氏の専門分野であるフランスの研究が、文学領域からの研究として進展したことを紹介している。

そのうえで、羽入氏の専門知識を駆使した独自の分析として、19世紀(ヴォワイヤージュ)はTravelとTourismの中間にありそのどちらでもない旅であるとし、近代化はするが大衆化はしていないとする。ヴォワイヤージュの主体である三人の文学者(シャトーブリアン、スタンダール、フロベール)は「楽しみ」を追求した点でTravelerでもなく、能動的な態度において、touristと非難されることもない旅人「ヴォワイヤジュール」であったとまとめている。

論文の概要しか目を通していないので、的外れな記述になるかもしれないが、私の問題意識を通しながら、気がついたことをまとめてみる。

① Tourist概念が発生した社会経済的必要性は何か

日本では法制度や政策において観光概念は定義ができないとギヴアップしている。それだけ法制度、政策面においては、規範性のあるものが求められないからである。羽入氏の分析分野である文学領域においてTourist概念が必要となった分析を更に明確にされると観光学全体の発展には進展がみられるのではないかと思われる。私は、ブ―アスティンやマキャーネルの翻訳本でしか知識がないが、不遜にも、何のためにTourist概念が生まれたかについては、両者の説明では明確な理解ができない状態である。

② 日本社会へのTourist概念の浸透

拙文「「観光」概念の誕生から「人流」概念の提唱」(HP掲載)に記述してある通り、カタカナ字句「ツーリスト」(ツーリズムではない)がそれまで固有名詞等に使用されていた字句「観光」と結びついた分析が観光学研究者の手で進められることが期待される。その場合に、「Tourist」及び「ツーリスト」概念に「国境」を超える意味がどの程度含まれていたのか、あるいは国境を超える概念はなかったのかを併せて分析されることを希望する。(明治期にジャパンツーリストビューロが設置されたときは明らかに外国人用であった)

③ 「旅」概念

旅を考える前に「定住」を考えなくてはならないが、それは地域、時代により異なる。江戸時代が定住社会であったかも見方により異なるから、旅、行旅、旅行は、字句も概念も一様ではないはずである。旅の分析の能動的、受動的分類も更に当否を含めて掘り下げる必要があり、庶民の少なくない部分が定住を前提としていないとすると、Travelを能動的と捉える見方が変化し、仮説の立て方も変わる可能性が出てくるように思われる。

ちなみに、ネットで「The University of Glasgow Historical Thesaurus of English」

http://historicalthesaurus.arts.gla.ac.uk/)を用いてAspects of travel :: Traveller :: touristを検索してみたところ次のような結果が出た。人が移動するという字句は定住社会以前からの常態であるから、表現も様々なのであろう。pilgrim c1200– farandman c1205–1609 passager c1330–1426 traveller c1375– walker c1430 passenger a1450–1875 voyager 1477–1885 viator 1504– farer 1513 journeyer 1566– viadant 1632 way-man 1638 + 1876  thwarter a1693 migrant 1760 inside 1798–  mover 1810–  starter 1818– itinerarian 1822D trekker 1851– tourist 1780– tourer 1931– grockle 1964– emmet 1975–  holiday-making 1792–tourism 1811–touristing 1883touristry 1883–1894

願わくば、英語圏の専門家が掘り下げて分析をして、東洋におけるtourist概念の普及の過程が分析されると面白いと思われる。

④ Travel概念とTourism概念の関係

Tourist分析については概要で理解できるところが多いが、tourismについては不明である。博士論文本文の中で分析されているのかもしれない。羽入氏は慎重に「Tourism」を使用し「ツーリズム」を使用していないが、安易にツーリズムを観光と区分して多用する日本の観光学研究者の最も弱点であるところでもあり、研究が進展することを期待する。

 

 

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Comment

  1. K より:

    いつもHPを拝見させていただきたいへん勉強になります。興味深い論文のご紹介ありがとうございました。
    19世紀のツーリズムにつきましては大変興味がありまして、以下のような論文を拝見したことがあります。
    旅行者かツーリストか? 十九世紀前半フランスにおける “touriste” の変遷
    http://jairo.nii.ac.jp/0286/00000179

    発行のタイミングの差かどうかわかりませんが、羽生氏は引用されていません。

    解釈の違いなのでどちらが正しいとは言えないのかもしれませんが、また羽生氏の論文をすべて読んでおりませんので詳しくはわかりませんが、個人的には、やはりもちはもちや、フランス文学専攻の研究者によるもののほうがより詳しいような気がします。

  2. 寺前秀一 より:

    田口氏の論文を紹介いただき感謝します。
    tourist関連の言葉の使われ方一つでも、これだけ研究が進んでいるのですね。羽生氏とはまた見方が違う点も参考になりました。そのような背景をもとに、日本にtourist関連用語が紹介された時に、日本語の旅の人、遊覧客や遊歴者、観光客がどのようにしてtouristとシンクロナイズしてゆくかを研究者が解明してほしいと思っています。

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