*

「観光をめぐる地殻変動」-観光立国政策と観光学ー石森秀三 を読んで

公開日: : 最終更新日:2023/05/28 観光学評論等

学士會会報2016年ⅳに石森秀三氏の表題記事が出ていた。論調はいつものとおりであり驚かなかったが、感想を整理しておく。

〇まず大学の観光学関係の学部学科が増加したことを紹介している。事実関係であるから問題はないが、学生数が減少するなか、多くの地方大学観光関係学部学科の経営はこれから定員割れを迎え大変であろうが、そのことには触れられていない。観光が職業教育として重要であることは不変であろうが、大学院教育等での問題となると大いに研究者や教師に責任があると思う。

〇「観光ビッグバンへの対応」 いつもの記述である。日本観光研究学会発行観光学全集9巻『観光政策論』の中でも批判しておいたが、ビッグバンは質的転換が必要であるが、石森氏の強調するところは量的拡大である。現在では中国人のマスツーリズムが論拠になっており説明不足感がある。テキサス大学のマクシミリアン教授のように実証的な資料を基にビジュアルに解説されれば説得力を持つが、その内容は概念の不明確な観光ではなくなり人流になってしまうであろう。

〇石森氏は観光学者が政府の観光政策に参加していないことを問題視している。観光学者の定義も不明確であり本格的な論評をするには値しないが、国鉄改革時交通学研究者が参加できなかった。中心となった学者は公共経済学の加藤寛等であった。改革後交通学会で住田JR東日本社長が、交通研究者に向かって、誰一人改革論議に参加しなったのは、国鉄体制派(組合を含む)につくか改革派につくか判断できなかった日和見の学者態度にあると批判されたと伝承されている。そのご、航空政策の転換期に航空当局と航空会社が対立したことがあったが、航空学研究者の代表的学者がどっちについていいのかわからず、困ったことであると感想を私に漏らしたことがあるが、私は住田発言を紹介ておいたことを思い出す。観光学研究は交通学以前の状態であり、観光庁から見れば全く頼りにならず、権威づけにもならないのであろう。ただ、石森氏の研究者の状況を憂うる態度には同感する。

〇日本の観光資源がアジアの中でも優れていることを強調され、地域主導の自律的観光振興が不可欠であり、人材養成が不可欠であると主張する。産官学連携よりも観光学会一致団結したビジョンづくりを提案されている。
学会の乱立は30年越しの問題であり、今更始まったことではない。おもてなしの研究者と観光政策の研究者が一緒に論じる必要性がないこともあるが、私は「観光」概念を論じる意味を考えると、人が移動することに着目する立場を捨てないのであれば、「「楽しみ」のための旅」の「楽しみ」の科学的研究は脳科学に吸収されるものであると思っている。人が移動する点を強調するのであれば、楽しみであるか否かに関わらない「人流」学として再構築することを目指すべきであると思っている。
観光が地域の個性の発揮であるとすれば、脳の仕組みを研究するしかないのであるが、法則がわかれば今度は皆な同じことを行い個性が発揮できないという矛盾をかかえる。従ってそれまでは、職人技に期待するしかないのであるが、当分は職人技で大丈夫であろう。

〇「地殻変動」の趣旨が今一つ理解できなかったことを付け加えておく。

最後に、石森氏の憂いである観光学の現状については全く同感である。

関連記事

no image

「旅館の諸相とその変遷について」「近代ホテルにおける「和風」の変遷とその諸相」を読んで

溝尾良隆立教大学名誉教授が中心となっている観光研究者の集まりが7月8日池袋で開催された。コロナ後の久

記事を読む

no image

『訓読と漢語の歴史』福島直恭著 観光とツーリズム

「歴史として記述」と「歴史を記述」するの違い なぜ昔の日本人は、中国語の文章や詩を翻訳する

記事を読む

角本良平著『高速化時代の終わり』を読んで

久しぶりに金沢出身の国鉄・運輸省OBの角本良平氏の『高速化時代の終わり』を読んでみた。本を整理してい

記事を読む

マルティニーク生まれのクレオール。 ついでに字句「伝統」が使われる始めたのは昭和初期からということ

北澤憲昭の『<列島>の絵画』を読み、日本画がクレオールのようだというたとえ話は、私の意見に近く、理解

記事を読む

no image

人流観光学の課題(AI活用)江戸時代の旅日記、紀行文はその9割以上が解読されていない。「歴史学の未来 AIは膨大な史料から 何を見出せるか?」

江戸時代の旅日記、紀行文は2%程度しか解読されていない(『江戸の紀行文』板坂曜子)。古文書を読む人手

記事を読む

no image

新語Skiplagging 「24時間ルール」と「運送と独占の法理」 

  BBCの新しい言葉skiplagging

記事を読む

no image

「若者の海外旅行離れ」という 業界人、研究者の思い込み

『「若者の海外旅行離れ」を読み解く:観光行動論からのアプローチ』という法律文化社から出版された書

記事を読む

no image

観光資源としての「隠れキリシタン」 五体投地、カーバ神殿、アーミッシュとの比較

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産登録された。江戸時代の禁教期にひそかに信仰を続け

記事を読む

世界人流観光施策風土記 ネットで見つけたチベット論議

立場によってチベットの評価が大きく違うのは仕方がないので、いろいろ読み漁ってみた。 〇 200

記事を読む

観光資源論と 観光学全集「観光行動論」を考える  ベニスのクルーズ船反対運動への感想と併せて

現在「観光資源論の再構築と観光学研究の将来」と題した小論文をまとめているが、観光資源(正確には観光対

記事を読む

PAGE TOP ↑