『インバウンドの衝撃』牧野知弘を読んでの批判
題名にひかれて、麻布図書館で予約をして読んでみた。2015年10月発行であるから、爆買いが話題の時代であり、まだ1千万人前半の時代である。それでも副題は外国人観光客が支える日本経済となっている。
主な客が中国人とアセアンとなっているが、極東とした方が正しい。四分の三は中国本と香港に韓国及び台湾からの客であるから。
訪日外国人客がなぜ増加したかという問題意識は正しい。彼らの所得が向上したことに加えて円安効果が出ているからであるとするのは正しいが、手放しの日本の観光資源礼賛論がその後に続いているのは、本の販売政策上仕方がないのかもしれない。
レンタカーやヘリコプター等に関する記述は新聞記事の域を出ず、まったくページ数稼ぎにしか過ぎないが、私も単著を出版するときに、どうしてもこういう部分が出てしまうので、あまり人のことは言えない。
さて世界大航海時代の幕開け以下の第6章は、著者には申し訳ないが、まったくの駄文である。大航海時代的発想をする研究者がこれまでも存在した。ビッグバン等を唱えていたが、科学的分析に欠けるところがある。WTOの統計を基にインバウンドの記述するから、人の移動を、国境を超えるものにしか目を向けていない。中国の国内観光は大混雑であり、アメリカも国内観光が大規模である。国際観光統計は、一人の客が複数国を訪問すれば、複数人の数となる。また、世界最大の人口を有する中国一つとっても、統計上の国境は別である。香港、マカオ、台湾が絶えず問題となる。24時間365日ルールについても無知である。日帰り客は含まれない。しかし、世界の人流市場では、米国、カナダ、メキシコ間の日帰り客は数千万人規模であり、同じく、中国本土と香港、マカオ間も同様である。これにとどまらず、シンガポール、マレーシア間、中国本土とベトナム間の陸上移動は統計すらとっていない。ドイツの統計も宿泊機関からの報告を基にしているから、日帰り客はおよそ考えていないのである。WTOの統計では半数近くが欧州になる。当たり前のことで、欧州は国境が多く、少し動けば外国なのであるから、数字が大きくなるだけである。このことを理解すれば、「京都がパリを超えられるか」などというバカな設問は出てこないはずである。現に欧州各国の来客国は上位はアメリカを除けばすべて隣接国である。従って、日本も隣国が多いのは当たり前なのである。欧州はシェンゲン条約が結ばれており、既にインバウンド概念が希薄である。インバウンドと国内観光を同列に扱って分析を行っている。観光客がパスポートを持っているか否かにはこだわる必要がないからである。
観光大国か否かの基準を訪問外客数にのみこだわるのも後進国の発想である。数だけなら国の規模が大きければその分大きくなるだけのことである。ドイツ、中国、アメリカは送客数において大国であり、観光業界では大国として注目されている。かつての日本もそうであった。インバウンドもアウトバウンドも、国内観光も大きい国が観光大国として認識されるのであろう。そのためには、隣国が豊かにならなければならないのであり、その条件が日本でも整ってきたのである。
国際収支の観点からインバウンドを評価する向きもある。そのこと自体も間違っているわけではないが、視野が狭いと思われる。国際収支は旅行収支だけではなく、国際運輸収支もあり、貿易収支もあり、資本収支もある。アメリカは、貿易収支は大赤字で、トランプ大統領が問題にしているが、資本収支は黒字で帳尻があっている。日本は長らく貿易収支が黒字であったが、現在は海外からの配当、金利、特許料等の比重が大きい。いずれにしろ最終的にはプラマイゼロになるのが国際収支であるから、旅行収支が黒字なっても、国民所得が伸びなければ豊になったとは判断できないのであるが、地方では国際的に貧しくなっており、そのことがインバウンドの掛け声のもとにかき消されている。おかしなことである。
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