*

『インバウンドの衝撃』牧野知弘を読んでの批判

公開日: : 最終更新日:2023/05/30 出版・講義資料, 観光学評論等

題名にひかれて、麻布図書館で予約をして読んでみた。2015年10月発行であるから、爆買いが話題の時代であり、まだ1千万人前半の時代である。それでも副題は外国人観光客が支える日本経済となっている。

主な客が中国人とアセアンとなっているが、極東とした方が正しい。四分の三は中国本と香港に韓国及び台湾からの客であるから。
訪日外国人客がなぜ増加したかという問題意識は正しい。彼らの所得が向上したことに加えて円安効果が出ているからであるとするのは正しいが、手放しの日本の観光資源礼賛論がその後に続いているのは、本の販売政策上仕方がないのかもしれない。
レンタカーやヘリコプター等に関する記述は新聞記事の域を出ず、まったくページ数稼ぎにしか過ぎないが、私も単著を出版するときに、どうしてもこういう部分が出てしまうので、あまり人のことは言えない。

さて世界大航海時代の幕開け以下の第6章は、著者には申し訳ないが、まったくの駄文である。大航海時代的発想をする研究者がこれまでも存在した。ビッグバン等を唱えていたが、科学的分析に欠けるところがある。WTOの統計を基にインバウンドの記述するから、人の移動を、国境を超えるものにしか目を向けていない。中国の国内観光は大混雑であり、アメリカも国内観光が大規模である。国際観光統計は、一人の客が複数国を訪問すれば、複数人の数となる。また、世界最大の人口を有する中国一つとっても、統計上の国境は別である。香港、マカオ、台湾が絶えず問題となる。24時間365日ルールについても無知である。日帰り客は含まれない。しかし、世界の人流市場では、米国、カナダ、メキシコ間の日帰り客は数千万人規模であり、同じく、中国本土と香港、マカオ間も同様である。これにとどまらず、シンガポール、マレーシア間、中国本土とベトナム間の陸上移動は統計すらとっていない。ドイツの統計も宿泊機関からの報告を基にしているから、日帰り客はおよそ考えていないのである。WTOの統計では半数近くが欧州になる。当たり前のことで、欧州は国境が多く、少し動けば外国なのであるから、数字が大きくなるだけである。このことを理解すれば、「京都がパリを超えられるか」などというバカな設問は出てこないはずである。現に欧州各国の来客国は上位はアメリカを除けばすべて隣接国である。従って、日本も隣国が多いのは当たり前なのである。欧州はシェンゲン条約が結ばれており、既にインバウンド概念が希薄である。インバウンドと国内観光を同列に扱って分析を行っている。観光客がパスポートを持っているか否かにはこだわる必要がないからである。

観光大国か否かの基準を訪問外客数にのみこだわるのも後進国の発想である。数だけなら国の規模が大きければその分大きくなるだけのことである。ドイツ、中国、アメリカは送客数において大国であり、観光業界では大国として注目されている。かつての日本もそうであった。インバウンドもアウトバウンドも、国内観光も大きい国が観光大国として認識されるのであろう。そのためには、隣国が豊かにならなければならないのであり、その条件が日本でも整ってきたのである。

国際収支の観点からインバウンドを評価する向きもある。そのこと自体も間違っているわけではないが、視野が狭いと思われる。国際収支は旅行収支だけではなく、国際運輸収支もあり、貿易収支もあり、資本収支もある。アメリカは、貿易収支は大赤字で、トランプ大統領が問題にしているが、資本収支は黒字で帳尻があっている。日本は長らく貿易収支が黒字であったが、現在は海外からの配当、金利、特許料等の比重が大きい。いずれにしろ最終的にはプラマイゼロになるのが国際収支であるから、旅行収支が黒字なっても、国民所得が伸びなければ豊になったとは判断できないのであるが、地方では国際的に貧しくなっており、そのことがインバウンドの掛け声のもとにかき消されている。おかしなことである。

関連記事

no image

『2050年のメディア』下山進

日本の新聞がこの10年で1000万部の部数を失っていることを知り、2018年4月より、慶應義塾大学

記事を読む

no image

字句「美術」「芸術」「日本画」の誕生  観光資源の同じく新しい概念である。

日本語の「美術」は「芸術即ち、『後漢書』5巻孝安帝紀の永初4年(110年)2月の五経博士の劉珍及によ

記事を読む

no image

小城鎮建設論

p.82 改革・開放が始まって暫くの間、「小城鎮建設論」 都市と農村の中間地帯=小城鎮を豊かにし、そ

記事を読む

no image

ゆっくり解説】突然変異5選:新遺伝子はどうやって生まれるのか?【 進化 / 遺伝 子 / 科学 】

https://youtu.be/bGthe_Aw1gQ ミトコンドリアと真核生物の起源:生物進化

記事を読む

『科学の罠』長谷川英祐著「分類の迷宮」という罠 を読んで

観光資源論というジャンルが観光学にはあるが、自然観光資源と文化観光資源に分類する手法に、私は異議を唱

記事を読む

『ニッポンを蝕む全体主義』適菜収

本書は、安倍元総理殺害の前に出版されているから、その分、財界の下請け、属国化をおねだりした日本、

記事を読む

『旅行契約の実務』  鈴木尉久著2021年 民事法研究会発行

 旅行業法の解釈について、弁護士でもある鈴木教授がどのような見解を持っておられるかと本書を図書館で

記事を読む

no image

「温度生物学」富永真琴 学士会会報2019年Ⅱ pp52-62

(観光学研究に感性アナライザー等を用いたデータを蓄積した研究が必要と主張しているが、生物学では温

記事を読む

no image

『不平等生成メカニズムの解明』「移民はどのようにして成功するのか」竹中歩・石田賢示・中室牧子

「移民はどのようにして成功するのか」竹中歩・石田賢示・中室牧子『不平等生成メカニズムの解明』ミネルバ

記事を読む

no image

『ミルクと日本人』武田尚子著

「こんな強烈な匂いと味なのに、お茶に入れて飲むなんて!」牛乳を飲む英国人を見た日本人の言葉である。

記事を読む

PAGE TOP ↑