動画で見る世界人流観光施策風土記 シェアリング・エコノミー論議の方向性 ~貸切と乗合の相対化~
1 シェアリング・エコノミー論の登場
(1) 人流市場のシェアリング・エコノミー論
1970年代半ばまで、物流はB2Bのものと認識されていた。その後、日本ではUSP1等を参考に考案された宅急便の登場により、小量物品輸送分野がB2C、P2P市場の消費者物流2として脚光を浴びることとなった。インターネット、スマホ・アプリの活用により、このB2C、P2P市場をAmazon3が世界市場に成長させている。
これに対し人流は当初からB2Cとして認識されてきた。ここにスマホ・アプリ等を活用するプラットフォーム業者によるP2Pのビジネスモデルが登場した。このP2Pのビジネスモデルモデルは、個々人が財・サービスを共有するという意味でシェアリング・エコノミーと認識されている。
このプラットフォームに登録している運転手と乗りたい乗客をアプリでマッチングさせるライドシェアサービスは米国からスタートし、英国、中国等と普及し、タクシーをしのぐ規模に成長している。
1970年代、個建運賃制を基本とする宅急便の登場時に、公式に認可された従来からの対キロ従量制運賃を前提とする既存トラック事業者からの反発は激しかった。同様に、現在では、人流市場におけるライドシェアやAirbnb4に代表されるホームシェアといったシェアリング・エコノミーに対する既存事業者からの反発が激しい。プラットフォーム事業者は営業運送行為を行っているわけではないと反論するが、参加する運転手等が有償で行う行為は営業運送行為に該当する。既存事業者からの強い反発が発生するのである。
新しいサービスの登場は、既存事業者の新しいニーズへの対応ができていないことが背景にある。高度成長期の日本の物流市場においては、輸送力不足が発生しないよう、いわゆるゴッツン免許5により行政的対応が図られていた。この背景には、利用者である荷主の意向を無視できないことがあった。まさにB2B市場であった。しかし、新しいB2C、P2Pの物流市場への対応には規制緩和という社会的要請による対応をはかるしかなかった。
人流市場における利用者は個人消費者であり、自家用車という対抗手段を保有している。限界集落とまで行かなくても、B2B市場から乗合バスが撤退して需要に対応できなくなった地域では、自家用車を活用するP2P市場に目が向けられることは必然である。
このP2Pのライドシェアにおいて、米英が日本と大きく異なる点が二つある。一点は、地域運輸行政権限を国ではなく自治体が保有すること6である。もう一点は、車庫待ちの営業運送は自家用運送(英国ではPHV)に分類されることである。PHVは日本の道路運送法の規定では、有償運送の許可を受けた自家用自動車を使用する運送事業に該当するものであるが、日本の基準に比べて極めて弾力的なのである。「流し行為」を行うタクシーのみが公共交通に準じたものとされている(図1)。GPS装備のスマホ・配車アプリの登場により、流し営業と車庫待ち営業の機能の差が大幅に縮まってきていることにより、米英での反発は現実問題化したのである。
(2)ライドシェアが受け入れられてゆく背景
元来、交通需要は地域、季節、時間帯等により変動性があり、雨が降ればタクシーは捕まえにくくなるものである。高齢者にとっては、田舎に限らず都会の住宅街でも、メイン道路に面していなければタクシーは拾えない。あらゆる需要を予測して供給力を確実に確保させることは、現在の技術では困難である。ましてや、海外からの観光需要の比率が高まればなおさらである。
ライドシェア論が受け入れられていった背景にも、大都市の人流市場の需給バランスが崩れていたことあげられる。特にロンドン市、ニューヨーク市、中国の大都市では、流し行為を行うタクシー供給が不足し、利用者に不満が高じていた。このことは、バブル期、夕刻以降の東京都心でタクシーを捕まえることがいかに困難であったかを思い起こせば、容易に理解できる。これらの不満に簡便に対応できる機器としてスマホが登場し、利用者の要望に対応した間際予約を可能とする各種アプリが普及した。スマホ及びクラウドの情報処理能力が急激に向上し、コストが急激に低減した。ユーザーはアプリをダウンロードしてアプリを開き、画面の地図上に希望場所を指定すれば、クルマがやってくる(オンデマンド配車)。支払いは事前に登録したクレジットカードで行なえるなど利便性が劇的に向上した。
しかもなお、そのスマホを活用した新サービスに素早く対応することのできる、政治・行政システムが、ロンドン市、ニューヨーク市といった大都市には備わっていた。ロンドン、ニューヨーク等が都市の評価を訪問客数で競い合う時代である。地域運輸行政は自治体の権限であり、素早い対応を取らなければ、市長の評価にかかわったのであった。
Uber、Lyft、Hailoといった世界戦略性を保有する配車アプリ企業が参入してきたこともシェアリング・エコノミー論を拡大した。配車アプリ企業は、巨大な人流データを把握することにより、人流の需要と供給のマッチングのためのアルゴリズムの性能向上をもくろんでいるはずである。きめ細かに、地域、季節、時間帯等に応じて配車し、しかも、先回りして利用者ニーズに対応しようと考えている。投資家も十分にその価値を認識しているから、これらの企業への巨額の投資を行ってきているのである。
では我が国において、スマホ配車による車庫待ち営業について、ロンドン、ニューヨークのように規制を外してもいいのかというと、そこには日本特有の事情が存在する。本稿はこのような状況の中、我が国が世界戦略性を持ったスピード感のある人流政策が打ち出せるのかを考察するものである。
2 公共交通とオンデマンド配車
(1)公共交通に対する考え方
公共交通に関する考え方が日本と米、英の間では違いがある。米英では、一般公衆が利用する鉄道やバスは、伝統的にコモンキャリアと認識され、保護、規制が行われてきた。日本の道路運送法も、戦後この考え方により実施された。乗合バス運送事業を成立させるため自家用運送の規制が行われた。無償の旅客自動車運送事業が許可制(現在は廃止)とされたのも、乗合バス運送事業を保護するためであった。
米英流の考え方では、貸切運送であるタクシーや貸切バスは公共交通と認識されなかったものの、公共空間である道路において乗客を乗せる「流し行為(street hiring, street hail)」は公共交通に準じた扱いを受けていた。逆に流し行為を行わないものは、自家用車(Private Hired Vehicle)の分類として、タクシー規制の対象ではなかった。
これに対して日本では貸切運送も乗合運送も有償であれば「営業運送」に分類され、それ以外はすべて自家用運送に分類されている。米英流のコモンキャリア概念と道路運送法の思想は異なっているのである。スマホ配車による自家用車の有償運送行為は白タク行為として排除可能な制度になっている。自家用車の営業行為の許可制度は道路運送法制定時から存在したが、行政運用が極めて制限的である。過去には乗合バスの権益を侵さないという趣旨が徹底していたが、今では乗合バス保護の規定というより、タクシー保護の規定になってきている。
道路運送法では、乗合バスには運送引受義務が課されているから、乗車拒否問題が発生する。貸切バスには運送引受義務はないが、タクシーにはある。タクシーも貸切運送であるが、流し営業をしているからである。では、流し営業をしていないタクシー(車庫待ち営業)は運送引受義務は不要ではないかという議論になる。貸切バスも乗合形態のもの(乗合タクシー)は運送引受義務のあるほうがバランスはとれる。制度設計のほころびが少し出ているのである。
米英においては、車庫待ち営業は、電話や無線での配車によるところから運転手の身元も明確であり、また料金等を巡っての個人の取引の余地が大きく、その分行政の関与の必要性が低いと認識されている。日本の国土交通省や交通研究者の資料を見ると、各国タクシー制度の比較において、この区分を強調しているものが見当たらないが、この点の区分はその後の紛争処理の仕方を判断する際に重要である。なお、流し営業と車庫待ち営業は概念的な区分であり、現実の車両運用において、例えばロンドンでは、四分の一は併用されている。
(2)オンデマンド配車需要が伸びない日本の状況
ロンドン、中国の大都市等供給不足地域ではオンデマンド配車に対する需要は高いが、十分な供給がなされている地域ではオンデマンド配車の需要がその分少ない。東京に代表される日本のタクシー供給力は過剰ではなかとの認識があるくらい豊富であり、タクシードライバーさえ確保できれば、オンデマンド配車以上のサービス水準が流し営業により確保することが可能な状況となっている。これに対してニューヨーク、ロンドン、中国の大都市では、供給力不足が不足していた。ニューヨークのタクシー営業権(メダリオン)の価値は100万ドルもすると報道7されていた時期があったくらいである。個人タクシー形態のBlack-Cabの運転手になるためには、ロンドン中の道を完全に把握していることを前提にした厳しい資格試験に合格しなければならない状況は現在も継続している。
だからといって、スマホ・アプリ配車が国際的水準になりつつある時代に、流し営業で十分に対応できるからこのままでいいという判断を継続した場合、GPSを使用しないBlack-Cabと同様に、ビッグデータ活用等ができず、人流データベースの構築等の世界戦略に乗り遅れる可能性も高くなるのである(図2)。
3 大都市におけるタクシー事情
(1)ニューヨーク市
① ニューヨーク市によるGPSを活用した調査の実施
ニューヨーク市では流し行為が認められているメダリオン・タクシー(Yellow-Cab)の供給力不足が社会問題となった。Uberが混雑時に運賃を上げるSurge-pricingが可能となるものこの供給力不足が前提にある。
タクシーの供給力不足問題に対応するため、ニューヨーク市のTaxi and Limousine CommissionはGPSを用いたタクシーの運行状況を解析した8。その結果、乗客のピックアップの95%はマンハッタンの96丁目以南およびJFK空港とラガーディア空港で行われていることが判明した。つまり、アウター・ボロー(クイーンズ、ブルックリン、ブロンクス、スタテン・アイランド)では乗客がほとんど正規のタクシーにアクセスできていないことが鮮明になったのである(図3)。このタクシーの過疎地域の不都合を解消することを目指して、Five Borough Taxi Plan(Street Hail Liveryプログラム)が開始された。2011年1月にニューヨーク市長がこの計画を発表し、12月にニューヨーク州知事がFive Borough Taxi Planを認可する州法に署名した。これには18,000台の新しいタクシーの導入と車いす対応の2,000台の新しいメダリオンの販売が盛り込まれていた。この法律はリヴァリー・キャブ(個人または会社が、許可されたルールに則り、車体の色を統一して行う輸送サービス)の流しにより乗客を拾うことを合法にしたのである。
② Green-Cabの登場
2012年4月ニューヨーク市長はタクシーに関する法律を採択した後に、車体の色の選択を公表した。公式カラーは青リンゴ色と呼ばれる薄緑色である。このGreen-Cab9 (ボロー・タクシー)はマンハッタンのハーレム以北及びアウター・ボローを念頭に定められた。ウエスト・サイドは110ストリート、イーストサイドは96ストリートよりも北側の地域でなければ 利用者はGreen-Cab をつかまえて乗ることはできない。つまり、それよりも南側(yellow-zone)ではGreen-Cabに乗車することはできないのである。ただし、ハーレムで乗車してタイムズスクエアやウォール街などまで乗って行き降りることはできる。
Yellow-CabもGreen-Cabも、料金メーター、GPS、デビット・クレジットカード決済、カメラ等が備わっている。装備されているGPSはyellow-zoneでの乗客のピックアップを行っていないか追跡するためにも用いられる。Green-Cabはリヴァリー・サービスの一部であるため、各車は会社(または車両基地)に登録されている。基地局名と電話番号のステッカーが車体後部のパネルに貼付けられている。乗客は電話呼び出しでピックアップ場所と目的地を予約することができるが、ピックアップ場所は空港を除くyellow-zone以外が許可されている。事前予約の場合、料金は交渉することができる。
(2) ロンドン市
① Black-Cab用ドライバー試験(Knowledge)の実情
ロンドン市内のタクシーの事業規制はロンドン市交通委員会(TfL)が行い、有償客を乗せるには車も運転手もロンドン市交通委員会の許可が必要である。Black-CabのドライバーになるにはKnowledgeという試験を通らなければならず、ロンドン市交通委員会の報告書10では、試験が難しすぎること、ITへの対応が遅れていること等の問題が指摘されている。カーナビを使用しない地理試験に合格するためには通常30か月以上を要する。質的規制が厳しすぎる結果、タクシー運転者の供給が十分でなく、呼び出してもかなり待たされるといった問題が生じている。
現在ロンドン市には流し営業が許可された、いわゆるBlack-Cabが2万台以上、運転手は25,000人以上いる。Black-Cabの車体は伝統的に黒色であったが、近年色は多様になってきている。黄色い「For Hire(空車)」サインが光っていれば通りでタクシーを拾うことができる。タクシー料金は、利用時間帯、速度、距離により異なる。メーターに表示され、夜間、週末、祝日は割増料金となる。
② 自家用車扱い(Private Hired Vehicle)のMini-Cabの普及
ドライバー試験が難しくBlack-Cabの台数が増加しないことから、自家用車の分類であるMini-Cab(Private Hired Vehicle )が普及した。Black-Cabに比べて割安であり、かつ営業する側も特別な試験を受ける必要がなかったから年々増加傾向にあった。その後トラブルも増加したことから、Mini-Cabにも規制がかけられるようになったものの、Black-Cabほど規制が厳しくはなく、現在でも増加している。
Mini-Cabは路上で乗客を拾うことはできない。事前予約により乗客を確保する。Black-CabのようにTAXIの表示はできず、普通車のように見える。メーターもついておらず、Mini-Cabの料金は事前交渉で決まる。
このMini-Cabに関しては、副業で運転をしているものが多く、一時犯罪が多発したことから、前述のように、最近では取り締まりが強化され、事態は改善している。Mini-Cab運営会社は公共旅客運送管理局(PCO)が発行する営業許可証を所有していなければならず、フロントガラスか後部ウィンドウにPCOディスクを表示することになっている。
Mini-Cabの増加を可能とする背景は、ニューヨーク市と同様に、スマホ・アプリの普及があげられる。スマホによる運転手、利用者双方の位置確認が可能となり、流し行為が認められなくても支障をきたさないからである。事前に決められた料金のクレジットカード払いも可能であるから、Black-Cabに比べて便利である。
4 オンデマンド配車への各市の対応とデータ収集
米国では、タクシー行政が自治体行政であるところから、Uber等の配車アプリの登場に対抗してシカゴ市11のように、市当局が配車アプリのARRO及びCurbをCHICABS として認定し推奨しているところまである。
ロンドン市、ニューヨーク市においても、利用者のスマホ配車への選好に対応するため、タクシー側でも配車アプリの導入に取り組んでいる。ロンドン市交通局のホームページでは、Hailo等の各種配車アプリへのリンクが張られている。ニューヨーク市でもYellow-CabやGreen-Cabに対して、業界関係者がARRO、Karhoo、Curb等の配車アプリの提供を始めている12。
(1) ニューヨーク市
現在インターネットでは、ニューヨーク市のタクシー及びライドシェアデータ11億トリップを分析した結果まで公表されている13。これらはニューヨーク市交通局のオープンデータをもとにしており、Green-Cabが認められた行政的判断根拠も、ニューヨーク市交通局が詳細なデータ分析をもとに判断していることがわかる。
わが国でも、大手タクシー会社、地域タクシー協会からの配車アプリの提供がなされている。この配車アプリ導入の背景には、ビッグデータへの対応があげられる。総合生活移動産業として人流情報を把握し、先駆けて市場ニーズに対応した商品開発を可能とする企業でなければ、3PHL(サードパーティヒューマンロジスティックス、人流サードパティ)の主導権が握れないと感じているからである。素早い対応に遅れれば、UberどころかGoogleに代表される世界企業に人流の主導権を握られると直感的に理解しているからである。対応できなければ、多くのトラック運送企業と同じように、下請けの単に決められた運送をこなすだけの企業になっているのである。世界の投資家がUber、Lyftに投資する理由も同じである。
(2)ロンドン市
Black-Cab関係者は、特にUberを念頭に置き、アプリ配車会社が運送機関との認識のもとに違法な存在であると主張し、スマホの距離計算アプリはタクシーメーターに該当するから免許違反であると主張した。しかし、ロンドン市交通委員会はホームページでもHailo、Kabee等のタクシーの呼び出し用の民間アプリを紹介しており、運送機関とは認識していないことになる。Uberは2016年5月現在のロンドン市交通委員会のホームページには記載されていない14が、Uberも技術的はHailoと変わりがないと認識していると思われる。
Black-Cabドライバー出身者が参画してつくられたHailoは、当初予約受付をBlack-Cabに限定していたこともあり、Black-Cabとの関係は良好であったが、Mini-Cabに対象を広げた結果、関係が悪化している。UberはBlack-Cab、Mini-Cab両者の予約を取り扱う点でもHailoとシステム的には違いがないが、UberがUber専用のBlack-Cabのドライバー集団を囲い込んでいる点に反発しているとみられる。この点、Hailo等はシステムに限定しているようである。
(3) 中国における配車アプリの動向 ~滴滴打車と快的打車~
中国の大都市では、日本よりも配車アプリの普及が進んでいる15。滴滴打車と快的打車の二つのアプリは、料金の支払いにそれぞれの出資者につながる電子財布機能を使用し、大掛かりなキャッシュバックキャンペーン等を行い、Uber(優歩)の全世界の乗車回数を抜くこととなった。2015年2月には、滴滴打車と快的打車は消耗戦から一転して合併し、滴滴快的となった。
Uberは中国においてはタクシーよりも安い専用車の配車サービスを行っている。運転手と乗客は直接現金の受け渡しを行わないため、百度地図またはUber の専用アプリと銀行カード(キャッシュカード)の連結が必要になる。Uberの運転手は一定期間の送迎回数により特別ボーナスが支払われるため、短距離の利用でもまったく嫌な顔をせず、顧客対応の良い点も中国人の評価が高い理由である。Lyftも滴滴快的と提携し、米国と同じアプリを使って中国で滴滴快的から配車サービスを受けられる事業を開始している。
中国の都市部において配車アプリの普及が進んだ背景には、既存のタクシーへの不満がある。供給力不足から、低質なサービスレベル(古い車両、運転手のマナー等)の位置づけがあいまいなタクシー「黒車」が存在し、空港や駅での客引きが横行している。しかし、明確に黒車を違法とする法規制は見当たらない。このような状況下、中国の楊伝堂交通運輸相は記者会見で、「法制度を整備して合法化する。 国民の望む方向に政策を進める」と述べ、インターネットを通じた配車を容認する方針を示した。その理由について楊交通運輸相は「インターネットビジネスの発展にかなうもので、都市の渋滞を緩和し、環境汚染を減らすのに役立つ」と説明し、経済の発展につながると強調した。そのうえで、安全面に考慮し、ドライバーの運転経験や車種などに一定の条件を設ける新たな法令を速やかに制定する考えを示した(NHK報道)16。
(4) 福岡市でのライドシェア実験と行政の反応
① 実証実験に否定的にならざるを得なかった運輸行政
米国のウーバー・テクノロジーズは、個人が所有する自動車を共有する「ライドシェア」の検証プログラムを福岡市で始めた(2015年2月5日日経新聞報道等)。九州大学等と共同17で都市交通の効率化などに向けた研究を進めることとし、運賃の発生しない検証作業と位置付け、市内や近郊を走る車から情報を集めることとした。利用者は配車アプリで近所を走っているクルマを探し、目的地まで運んでもらうことができることとした。乗車時間は1回あたり60分以内、1週間の乗車回数が5回以下などの条件を設けた。利用料は無料であり、ドライバーは専用のアプリを使い、どこに利用者がいるかなどといった情報を得ることとした。ドライバーには、利用者の乗車の有無に関係なく対価を払い、データ収集への協力という形を徹底することとした。車の維持費、ガソリン代はドライバー負担となっていた。個人のドライバーの報酬は、午後4時から翌午前2時までは時給1500円、それ以外の時間帯1300円、オンライン中は待ち時間も報酬が支払われるが、配車依頼を受けないとペナルティーが科されることとした。配車が確定すると、スマートフォンにドライバーの顔写真や到着時刻等が表示された。相乗りは実施しないこととしていた(図4)。
上記方式は、米英流の常識では問題はないと認識されていたのである。また、九州大学の交通工学系統の研究者のセンスからしても違法性は感じられなかったのであろう。
しかしながら日本流の道路運送法を所管する地方運輸局行政のセンスでは、「白タク行為」18の印象を持ったのであろう。調査費として別の形で対価的なものを支払う策は奇策と映り、行政当局の介入が途中から行われた。これに対するマスコミの反応も鈍かった。有償・無償も法的判断である。コストもフィクションであるから、科学的なものというよりもその時の社会経済的な判断である。もし実証実験を行うとするのであれば、自家用車の有償運送の許可制度の地方への権限移譲がなされた自治体での実験を最初に行い、国と地方の間でコスト解釈に隙間が生じた場合には裁判所の公的見解を求めるといった丁寧な進め方ができなかったのかと思われる。旅館業法等の場合、地方自治体への権限移譲が大分県安心院町の農村民泊を成功させたとされる神話があるぐらいである。福岡市では、自家用自動車の有償運送の許可権限の委譲の希望すら出してはいなかったのである。
ウーバー・テクノロジー社は、ニューヨーク市交通局はきちんとGPSデータを取ってライドシェアを議論13しているから、日本の行政当局も自家用車のライドシェアのデータに関心があると思ったのかもしれない。しかし、日本のマスコミは行政発表のニュースを中心に流すから、WALLSTREET JOURNALの記事のようにはいかないのである。
② 2020年東京オリンピックに向けた配車アプリ政策の必要性
ニューヨーク市は自らGPSを駆使してデータを収集しスマホ配車への政策姿勢を打ち出している。我が国のタクシー行政当局も、アナログ情報の運転日報方式を見直し、道路運送法の規定によりデジタル情報の提出を求めることとして、オンデマンド配車の普及を図ることは可能である。同時に行政事務のIT化の促進にも寄与するのである。タクシー車両の減車論も、数量規制的発想ではなく、オンデマンド、スマホ・アプリ配車への対応を利用者の観点から推進することにより、スマホ・アプリ配車に対応できない車の減少をはかることも検討できるはずである。この場合にも、地域差が大きく、全国ベースでの議論には限界はある。国の行政では、一部の地域にのみスマホ・アプリ配車を求めることは困難である。従って、地方分権が必要なのである。
訪日外国人旅行客の太宗は中国人を含む華人であり、日本以上に配車アプリに慣れ親しんでいる。キャッシュレス、オンデマンド、事前決定の確定額料金になれた外国人がタクシーを利用することが多くなってくると、流し営業を中心としたビジネスモデルは、日本の各都市の国際競争力にハンディをもたらす。ましてやシームレスな国際的人流サービスへの対応には障害となる。このままでは国際戦略をもって配車アプリの普及戦略をとっている国際企業の前には、単なる運び屋にとどまってしまう可能性すら感じられるのである。
外国人旅行者にとって慣れない土地でのタクシー利用はストレスのたまる作業である。為替レートが変動するうえ慣れない日本の貨幣を扱うだけでもストレスのもとであり、さらに事前に料金が決定されるとなればなおさらである。国際競争を標榜する東京都知事が地域交通の権限を持っていれば、ロンドンと同様キャッシュレス化を推進するであろう。東京オリンピックを目標にWIFIの普及は進められているが、このままでは都市交通のキャッシュレス化19の進展は期待できない。なお、中国の配車アプリは、現金を扱わないようなインセンティヴが運転手に与えられていることから、キャッシュレス化が促進されている。
5 住と宿のシェアリング・エコノミー論
(1)住と宿の関係
1948年に旅館業法が制定された理由は治安維持である。交通機関の発達していない終戦直後の時代に、終点駅での旅人の宿所確保は治安のため必要であり、宿所側に引受義務を課した。そのためには法律が必要であった。従って、経済規制は行われなかった。料金規制もない。食料の提供は当時、配給制であり旅館業法の埒外のことであった。なお、1949年に制定された外貨獲得が目的の国際観光ホテル整備法は、外国人(とくにアメリカ人)のための法律であり、洋室のホテルの整備が目的であり、野蛮なイメージの混浴回避のための室内浴室付設義務、朝食(例えばトースト)の提供義務、料金表示義務といった制度を前提として始まった。同法の社会的使命はほぼ消滅していると筆者は考えている。
現在、旅館業法は観光客を中心とした宿泊サービスの提供に変化しているから、宿泊引受義務を中心とした旅館業法の抜本的検討が必要である。宿所はレストランと同じ形の社会的規制で支障がなくなってきている。旅館よりも経済的に支配力を持つ旅行業者は、旅行業法上契約引受義務を負わない。このことは旅行取扱業務管理者試験でも繰り返して出題されているが、制度の整合性も取れていないのである。
更に、宿と住の相対化が進んでいる。もともと政策的には、住宅政策よりも先に宿泊政策があった。庶民階級が住宅を持つことは例外的であり、定住生活をしない層には、宿所を提供することが重要であったからである。従って、戦前の木賃宿条例等は簡易宿所と下宿をともに規定したのである。現在の旅館業法に下宿営業、簡易宿所営業の規定が残っているのもその名残である。もっとも戦前は、地域の実情にあわせて条例を制定することが可能であった。現在は旅館業法に統一されてしまったから、Airbnb問題でも全国ベースで議論が進められてしまう。
宿泊行政は厚生労働省所管行政であり、しかも旅館業法は歴史的には講学上の警察許可制度からスタートしている。従って、宿泊サービスを代理して販売する行為を、国土交通省所管の旅行業法で規制するということが制度化されている。今、旅行業法が制度化されるとしたら、旅行業法は厚生労働省と国土交通省の共管の法律となったかもしれない。
戦後の住宅政策の進展により、不動産賃貸サービスを代理して販売する行為は、宅地建物取引業法の規制の下にある。前述したとおり、歴史的には旅館業法で規制の対象となっている下宿サービスや簡易宿所サービスは、機能的には「住」サービスに分類されるものであり、「宿」サービスに分類されるものではなかった。私は宿と住の相対化現象が発生していると思っているが、新経済連盟ではこれをホームシェアと名付けている。今でもドヤ街という言葉が残っているくらいであり、簡易宿所料金は生活保護費の住宅扶助料に連動する場合がある。
Airbnbについても、制度上の問題が発生する。Airbnbが「住」サービスを代理販売しているとなると、宅地建物取引業法の規制がかかるから、直接不動産所有者が販売しているという解釈にならざるを得ない。Airbnbは情報を提供しているだけということになる。
「住」サービスと「宿」サービスの区別は観念的なものであり、その違いは法的には曖昧であると思っている。それだけにシェアリング・エコノミー論議が受け入れやすくなってきている。しかも旅行業法では「宿泊施設」「宿泊サービス」と無定義で用語が使用されており、旅館業法との関連は規定されていない。この理由は海外旅行先の宿泊施設まで一つ一つ考慮して定義づけができないからである。しかし、個人の住宅を他人に提供することがすべて「宿泊サービス」なのか否かは議論がある。
(2)「うるさいゲスト」論と宿泊引受義務論
大阪市は2015年にAirbnb利用で7000%という世界一の伸び率を示している。Airbnbを検討している物件オーナーや不動産投資家とっても、Airbnbに代表される民泊の大きな波が押し寄せてきていると認識されている。その一方で、うるさいゲストが多く集まる環境は嫌だという住民も当然のことながら存在する。騒音を嫌う市民は保育園の騒音ですら嫌がる場合もあるから、ましてや外国人となればなおさらなのかもしれない。この問題は、人流ビジネスは地域経済のために必要だという住民の意見と、どちらが正しくてどちらが間違っているという問題ではない。従って地域によって結論が異なることは当然である。最終的には住民の代表者である自治体の長と地域の議会が判断すればいいと思っている。国や国会議員が口を挟む必要はない。旅館業法が存在しなければ、都市計画法等の判断になっていたかもしれない。日本の都市計画法も戦後の長い歴史を保有しているから、司法判断も含め大人の解決が図れるはずである。国家戦略特区による大田区の民泊条例20は「6泊7日以上」の滞在であることを要件としているが、宿泊引受義務規定の存在からすると論理矛盾を抱える規定である。宿泊産業への配慮が行き過ぎた結果である。また、行政指導で、事前に近隣住民に周知することも要件にしているが、行政手続法上大きな問題であり、地方行政機関の能力不足を表している。
実サービス提供者の宿泊機関は、現状において引受義務が課されている。それに対して、旅行業法では引受義務が規定されていないから、旅行業者は嫌な客は断ろうと思えば断れる。Airbnbサービスは旅行業でもなく、情報取次業ということであれば、引受義務も当然かかってこない。従って苦情の多い顧客は取りつがないようにすることは問題がないということになる。しかしながら、Airbnbは、登録物件の近隣に住む住民が苦情を申し立てられるようにする予定であることを発表したという記事が紹介されている21。人流の世界戦略に基づき、プラットフォーム業者として情報提供を重視するということの現れなのであろうか
小樽で「外国人お断り」を実行した銭湯が裁判で敗訴し、慰謝料を支払わされたケースがある22。銭湯だから引受義務はないから、営業停止にはならなかったが、名誉棄損に該当してしまった。従って新経済連盟は、周辺住民の苦情処理を考えて、宿泊引受義務の廃止を訴えている。私も、住と宿が相対化しており、引受義務は時代錯誤ではないかと思っている。そのうえで、旅館業法全体を見直し、規制緩和を実施すればいいと思っている。
6 シェアリング・エコノミーのビジネスモデル
(1)乗合の発想と定額制乗り放題の発想の違い
乗合バスが公共交通機関として認識されるように、タクシー事業の未来も相乗り制度の普及に求める考え方が時折現れる。私が乗り放題タクシーを提唱している発想の根底にも相乗りがある。しかし、私は、それ以上に貸切、乗合という法的概念区分そのものが位置情報システムの進展により相対化したと考えている。間際予約の進展により運送契約集団の数を問題にする制度設計そのものの土台が崩壊してきているからである。
福岡市で高齢者向けのジェロンタクシー23が始まっている。一か月定額乗り放題(目的地限定)サービスは、二項対立的に考える貸切、乗合の発想をしない。それを可能とするのは、マルチ・パッケージ・ツアーの発想(図5)がとれるからである。従来のパッケージ・ツアーの発想(図6)では乗り放題の仕組みが実現できないが、マルチ・パッケージ・ツアーの仕組みであれば、可能であり、そもそもそこでは、乗合、貸切の概念は発生しないのである。この高齢者向けのジェロンタクシーは、自治体の財政援助があれば、高齢者の自動車運転免許証返納政策と組み合わせることにより、人口希薄地帯での可能性は更に高いものと考えられる。
更に、ジェロンタクシーを可能にした旅行業約款の仕組みを活用すれば、高齢者に限定せず対象を大きく広げた期間限定乗り放題サービスが可能となるのである。
スマホの普及により「流し乗車」と「予約乗車」の時間的差異が限りなく少なくなってきている。いわゆる間際予約の出現である。この現象が、Black-CabとMini-Cabの間でも発生している。ロンドン交通委員会はBlack-CabのITへの対応の遅れを認識し、一つの解決策としてMaaxi24を提示したが、うまく機能しなかったのか、現在ではHPが削除されている。
タクシーは、道路運送法では貸切運送であり、乗合概念のライドシェアとは調和しないのであるが、この貸切運送を実質乗合運送に変換するのがパック旅行である。スマホを活用すれば簡単にパック旅行に組み立てられるようになってきたから、そろそろ貸切・乗合の二項対立的発想から脱却するべきではないかと思っている。マルチ・パッケージ・ツアー形式のジェロンタクシーの発想もその延長上にあり、乗合が公共であり、貸切が非公共であるといった米英流の公共交通のドグマから解放されるのではないかと思っている。
(2)確定額運賃制
交通機関の運賃は距離制、時間制が一般的であるが、タクシー運賃の時間距離併用制は渋滞リスクを勘案することによるものであり、ニューヨークのイェローキャブでも採用されている。これに対して、確定額の運賃制は、スマホ配車の武器となっている。目的地までの運賃が事前に決定されていないようでは公共交通という資格がないと思われるが、日本では意外と声にならない。歩合制賃金のタクシー業界のもとでは、労使ともに渋滞リスク(運賃が決まっている場合に大幅な時間を要した場合の収入不足)を誰が吸収するかの話し合いができず、業界の巷での声は出てきているのであるが、表だったプロモータ役が出てこない。従って北九州市で営業している三ヶ森タクシーの試み25に期待するところが大きいのである。行政はタクシー経営者から申請が出てこなければポジティブには対応しないものである。
旅行業の仕組みを活用したタクシーの定額サービスが開始されている。Uber Blackのように募集型企画旅行商品として設定される場合と、らくらくタクシー26、たくあしくん27のように手配旅行商品として設定される場合がある。たくあしくんの場合は、利用者の数に応じて割り勘を計算するたくわりくんサービスを付加している。
募集型企画旅行商品として販売 タクシーが企画商品に組み込まれた場合には、旅行業者は自己の計算において契約をすることになるから、タクシーメーター料金との関係は断絶することになると私は考えている。
手配旅行商品として販売される場合、旅行業務取扱料金との関係が議論になる。定額タクシー料金を旅行代金プラス旅行業務取扱料金の合計額、例えば千円として利用者に提示しておけば、旅行者には明確であるから、観光庁の基準にあっていることになる。日本旅行業協会は、手配される定額タクシーはタクシーメーターが表示する料金との関係において、旅行業法が期待する「旅行者にとって明確でなければならない」という基準に合致していると判断しているようである。旅行代金が明示されていれば旅行者にとって不都合はないという常識的な判断に基づいている。
(3)ビジネスモデルのつくりかた~有償無償判断の相対化~
経済規制を行っていない旅館業法の下では、宿泊費の判断は時代により変化してきている。以前は有料であったテレビは無料とされ、朝食は注文の有無のかかわらず宿泊費は同額である商品も増加している。送迎については、最寄駅、空港はもとより、周辺観光地巡りまで無料で行うところが出てきている。
最終的には自宅まで無料でお迎えに行くサービスも考えられるが、この送迎サービスは東京周辺観光地が持つ他の地方観光地に対する武器になる。そうなれば地方観光地から高速道路料金の無料化の声が起きるかもしれないが、高速道路料金が無料化されれば、ストロー現象により、逆に地方から東京を訪れる観光客が増加するかもしれない。
移動空間も無償送迎車・フリーライドが一般化する可能性がある。これまでは、公営ギャンブル場、宿泊施設、医療施設等が提供するものが存在したが、特定の施設に限定されないものが出現する可能性がある。広告の世界でフリーペーパーが一般化したようなものである。
Googleは具体的な無償タクシーのコンセプトを持っている。フリーミアム(Freemium)の考え方28である。フリーミアムとは、基本的なサービスや製品を無料で提供し、さらに高度な機能や特別な機能について料金を課金する仕組みのビジネスモデルである。無料サービスや無料製品の提供コストが非常に小さい、あるいは無視できるため、Webサービスや、ソフトウェア、コンテンツのような無形のデジタル提供物との親和性が非常に高い。人流の場合は人流情報そのものに経済価値を見出し、運送行為は無償提供するビジネスモデルであり、ビッグデータ把握ができる規模でなければ実施できない。従って世界規模の戦略を必要とするのである。
7 シームレスな人流産業の発想
(1)プラットフォーム論
Uber、Lyftが行う事業はプラットフォーム事業であり、運送事業ではないと主張している。歴史的には、運送人であるか否かも社会背景から誕生するものである。シェアリング・エコノミーとも呼ばれるこれらオンデマンド企業のビジネスは、個人との契約モデル、つまり個人が自分で働く時間を決め、少なくとも表面上は事業主として働くというモデルに依存している29。物流の世界では、物流全体をコントロールする立場にいるものは、荷主に対する現実の責任を取らざるを得ないから、最終的には運送契約であるか否かが問題にならない。ところが人流の世界では、利用者が個々人であることが大半であり、運送契約という枠組みのなかでの利用者保護が議論となりやすいから、プラットフォーム事業者が運送契約性を否定する。利用者はその場合直接の問題を運転者に投げかけてくるが、運転者の利用者に対する問題解決手段が限定的である場合には社会問題化する。
契約の世界に入らない第三者も、交通事故被害者の場合には、運行供用者責任論が判例で確立している。タクシー事業の場合はタクシー事業者に運行供用者責任が発生する。企画旅行の場合には、標準約款において特別補償責任を負うことを約束する形で実質解決を図っている。交通事故の場合、プラットフォーム論が日本の裁判所で通用するかは、筆者は懐疑的であるが、目下のところ、運行供用者ではないとすると、ライドシェアが抱える大きな問題点であると認識される。利用者、交通事故等の第三者である被害者との関係においては、タクシー営業は運転者性よりも企業性が問題となる。企業性が問題になれば、自動運転車の時代になっても本質は変わらないはずである。
旅行業法では、その13条において、禁止行為として旅行業者は「旅行業務に関し取引をした者に対し、その取引に関する重要な事項について、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為」及び「その取引によって生じた債務の履行を不当に遅延する行為」を定めている。巨大な旅行業者がその支配力を行使して、運送機関、宿泊機関等との取引を行うようなことを想定している。
国会においては、国際線を経営する航空会社と海外旅行を販売する旅行会社の間で取り交わされる巨額のキックバック30が取り上げられた。航空局長は商取引(B2B)のことであり、問題はないと答弁している。プラットフォーム事業も、シェアリング・エコノミーが浸透してゆけば、旅行業法13条に該当する思想が求められるようになるであろう。
(2) 自動運転車時代への対応戦略
運送行為は、施設・車両管理、職員ドライバー管理、顧客管理の3分野に機能分化している。例えば、船、航空機では、機材リース会社、職員派遣会社、集荷集客業会社に分かれて、それぞれが発展し、それを統合する形で運送業を形成している。しかも、グローバルネットワークを形成するため、共同運航、コードシェアを実施している。流し中心のタクシーは最もこの分化現象が進まなかった分野であるものの、地域の自動車運送も、この動きに無縁ではない。車両を管理提供するビジネス、運転者を管理派遣するビジネス、集客・顧客管理を専門に行うビジネスがそれぞれに発展するのは当然の流れである。その動きの中で、レンタカー、運転代行などが社会のニーズに応えて登場してきた。社会からの安全性確保の要望に応えるため、運転者の労務管理も求められている。自家用の位置づけである運転代行のドライバーは、営業用のドライバーと差がない。むしろ海外では、自家用、営業用の区分なく、バスなどの長距離運転は、規制が強化されているから、いずれ日本も、営業・自家用に関わらず、安全運転義務が強化されると思われる。自動運転もその延長にある。自動運転車の時代は車両と道路施設は一体的に管理される。安全規制には現在のような営業用、自家用といった区分自体がなくなる。最後に残る部門は顧客管理であろう。顧客ニーズを先回りできるアルゴリズムの精度を上げるためには、巨大なデータベースを必要とする(図2)。従って、世界戦略性を持った企業は赤字が拡大31しても配車アプリによる顧客の囲い込みに必死になるのであろう。
(3)シームレスな3PHL32の発想
70億人の地球人口に対し、国境を超えて旅行をする人の数が年間10億人を超える時代になった。LCCの登場により航空運賃は大幅に低下し、旅先での移動や宿の手配もスマホ・アプリにより手軽に行える時代になりつつあり、目的地までドアーツードアのシームレスな移動サービスを提供するサービスが少しずつ始まってきている。ホテルや観光施設選択にあたって利用者コメントや動画が参考にできる。両替のわずらわしさもなく、予約から決済までが実行できる。緊急情報や欠航、変更等の案内も自動的に送信される。位置情報が確保され、道に迷って迷子になることもない。これらのことがスマホ・アプリの普及により可能となってきているのである。
このシームレスな移動の最後の障害が、CIQと治安、それにタクシーである。世界戦略性を持った企業はこのタクシー配車アプリの世界制覇を狙い始めた。ライドシェアを巡り防戦一方の日本企業には、世界戦略を持つことすら無理な注文となってしまっていることが残念である。
総合生活移動産業は、人の移動に関するビッグデータ取得分析が簡便にできるようになることろから発想した。物流で言えば、「サードパーティ・ロジスティックス(3PL)」である。私はこの物流に相当するものとして「人流」を提唱している。総合生活移動産業は「サードパーティ・ヒューマン・ロジスティックス(3PHL)」と位置づけている。
3PHLを考えている間に、米国企業のONEGO33が全米をカバーする乗り放題航空サービスを開始した。2950ドルの月額料金を払えば、米国のメジャーな航空会社7社の飛行機が乗り放題となる。乗り放題運賃は過去にも実施されたものの成功しなかったが、規制緩和とLCCの普及により、旅行者も分刻みで変わる航空運賃に振り回される状況になってきた。この乗り放題定額制の魅力は「価格調査や購入手続きといった要素をなくすことで、ユーザーは自分がどこに行く必要があるのかだけを考えれば済むようになる」である。日本でタクシーの乗り放題制を提案している間にアメリカでは航空機の乗り放題が実施され始めた。このスピード感の差に戦略性の違いを考えさせられるのである。
8 オンデマンドと地方分権~ライドシェア実現のプロセス~
ロンドン市もニューヨーク市も地域交通行政は自治体の権限である。特に米国は州によって取扱が異なる。日本のように国会議員が出てくることはない。しかし、首長の権限であるから市民の声が届きやすいかというとそうでもない。ロンドン市、ニューヨーク市で流し営業ができるタクシーの台数は、東京に比べて制限的である。従ってそこにUber等が利用される余地があったのである。東京のタクシーの場合、国の権限であるが、政権党が大都市住民を敵には回せなくなっているから、十分に供給力が確保されていた。
コンテスト行政の延長にある経済特区等の工夫は、横並び意識が強く責任を負いたくない地方自治体と、予算や権限を手放したくない国の微妙なバランスのもとに考えられた日本流の解決方法である。現段階では最も現実的な手法であることは認めざるを得ない。しかしながら、この階段を少しずつ下りてゆきながら関係者の妥協を求める方式は、時間ばかりがかかり、日本の活力が失われてからでは効果がない。配車アプリの普及の世界的趨勢如何で、日本は手遅れになる可能性もある。物流のAMAZON、カード決済のVISA等と同様、スマホ配車はUber等のもと、さらには人流はGoogle34のもとに、日本の地域交通がコントロールされているかもしれないのである。ライドシェアの先にあるものを考えるのであれば、地域運送行政を自治体に任せ、地域の実情に応じてライドシェアも考える体制にすることがよいと思われる。
その一方で、人流ニーズの小さい、世界戦略を持った配車アプリのプラットフォーム企業も関心を示さない日本の地方では、高齢者の足の確保が社会問題となっている。この問題を解決するには、財源を負担する自治体の長に直接の行政責任を負わせる制度でなければ難しい。しかしながら、自家用自動車の有償運送の許可権限が自治体の長に権限移譲が可能となったものの、手を上げる首長が少ない。地域内の利害が輻輳する自治体で、合理的な足の確保に成功する自治体が生き残り、政治的に無理な形を維持する自治体は衰退するというモデルを作り上げておくべきである。
では、なぜ地方の首長の中に特区のUberに手を挙げる者がいるのか。その理由は、特区構想は中央が選択するコンテスト行政が進化したものであり、全国紙で注目される効果が期待できるからである。首長の政治的意図が大きく左右する。業界が反対すればするだけマスコミでの取り扱いが大きくなるからであるが、そもそも「足の確保」は地味な行政である。従って「足の確保」に真に困っているのであればともかく、政治的デモンストレーション効果を目的にするのであれば、政治勢力が反対すれば撤回してしまうものも出てくるのである。
国家戦略特区35は、民間、地方公共団体と国が一体となって取り組むべき事業を推進するため、国が自ら主導して、大胆な規制改革を実現するものとされている。経済社会の構造改革を重点的に推進することにより、産業の国際競争力を強化するとともに、国際的な経済活動の拠点の形成を促進するという観点から国が指定する。従って、高齢者の足の確保を対象として考えるようなものではないと思われる。
松蔭大学客員教授 寺前秀一(観光学博士)
注
1 UPS(ユナイテッド・パーセル・サービス)は、1907年8月28日, ワシントン州シアトルで設立されたアメリカ合衆国の貨物運送会社であり、1973年に小倉昌男がニューヨークで見学して宅急便を発案したとされる。
2 宅配便、引越輸送、トランクルーム等をさす消費者物流は、1982年小坂徳三郎運輸大臣主催「大都市圏物流問題懇談会」において、消費者金融を参考にして造語された言葉である。
3 Amazonは1994年に米国で設立され、ウィキペディアによれば、月売上高連結は61,093 Million US$(2012年12月期 営業利益連結は676 Million US$(2012年12月期)、従業員数連結は88,400人(2012年12月31日時点)となっている。
4 雑誌『Facta』2016年5月号によれば、Airbnbは提供可能な部屋数が190カ国以上200万室、累計6千万人以上が利用しており、世界最大のホテルチェーンマリオットの110万室を凌駕する。想定される企業価値は255億ドルに上ると報道されている。
http://facta.co.jp/article/201605006.html(2016年5月1日)
5 ゴッツン免許の使用例 https://jinryu.jp/blog/?p=2476(2016年5月1日)
http://www.umds.ac.jp/kiyou/k/16-1/k16-1kato.pdf(2016年5月1日)
6「諸外国におけるタクシー規制改革」(国立国会図書館・国土交通課 福山潤三 『レファレンス』平成22年12号p.68)
7 MICHAEL M. GRYNBAUM氏の「2 Taxi Medallions Sell for $1 Million Each」 2011年10月20日記事http://cityroom.blogs.nytimes.com/2011/10/20/2-taxi-medallions-sell-for-1-million-each/?_r=2(2016年5月1日)
John Giuffo氏の「The Little Black Book of Billionaire Secrets、NYC’s New Green Taxis: What You Should Know」2013年9月30日FORBES記事
http://www.forbes.com/sites/johngiuffo/2013/09/30/nycs-new-green-taxis-what-you-should-know/#3cc324425c1d(2016年5月1日)
8 NYC市Taxi and Limousine CommissionのBackground on the Boro Taxi programに関する資料
http://www.nyc.gov/html/tlc/html/passenger/shl_passenger.shtml(2016年5月1日)
https://data.cityofnewyork.us/Transportation/FHV-Bases/v52x-36fy?firstRun=true(2016年5月1日)
9 Green-Cabに関するNYC各種報道資料http://www.nyc.gov/html/tlc/html/passenger/shl_passenger.shtml (2016年5月1日)https://www.youtube.com/watch?v=miNtoTvkiQI&ebc=ANyPxKrX2-9GYdi-knNJoCiE8JQ5CD9IwhBGMaNQoifNMWD18C6MsUL5mGXhtxVU5Q8YIVTJDpbce31hooLj6tPRY3doyn8j3A(2016年5月1日) https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=4v031rvFrcE(2016年5月1日)
10 ロンドン市交通局資料
https://tfl.gov.uk/info-for/taxis-and-private-hire/licensing/learn-the-knowledge-of-london(2016年5月1日)
11 シカゴ市の動向
http://www.cityofchicago.org/city/en/depts/bacp/supp_info/chicabs.html(2016年5月1日)http://chicagoinno.streetwise.co/2016/01/04/chicago-officially-selects-two-taxi-apps-to-help-cabs-take-on-Uber/(2016年5月1日)
12 ARRO に関する報道http://www.crainsnewyork.com/article/20160323/TECHNOLOGY/160329946(2016年5月1日)
13 ニューヨーク市の調査
http://www.nyc.gov/html/tlc/html/passenger/shl_passenger_background.shtml(2016年5月1日)
14 ロンドン市交通局HP https://tfl.gov.uk/modes/taxis-and-minicabs/taxi-and-minicab-apps(2016年5月1日)
15 2015年12月23日人民網日本語版によれば、北京交通大学とスマートフォンを使ったタクシーの配車サービスを手掛ける滴滴出行が「中国ハイヤー移動ネットユーザー調査報告書」を発表し、20-45歳のネットユーザーの8割以上がタクシー配車アプリを利用したことがあることが分かった。
16 NHKの報道
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160314/k10010443051000.html (2016年5月1日)
17 具体的には国立大学法人九州大学が全額出資している(株)産学連携機構九州が対応。文部科学省、経済産業省の認可を受けたTLOとして発足し、経営陣に九州電力に加えてJR九州、西日本鉄道も参画した。
https://newsroom.uber.com/%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E3%81%AE%E7%9A%86%E6%A7%98%E3%80%81%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%AEuber%E3%81%8C%E9%96%93%E3%82%82%E3%81%AA%E3%81%8F%E5%88%B0%E7%9D%80%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%EF%BC%81/(2016年5月1日)
18 自家用車が庶民のものではない時代に、阿川弘之氏が愛車で赤の他人をピックアップして好意同乗させる随筆(『空旅・船旅・汽車の旅』)がある。その中で「白タク」のことをハンカチタクシーと呼んでいることが記述されている。
19 ニューヨーク市の資料ではタクシーのカード払い率は6割程度である
20 2015年12月7日大田区議会本会議で「大田区国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業に関する条例」民泊条例」が可決、成立した。大阪府に続いて2例目である。大田区は当初、国家戦略特区制度を活用した「ホームホテル事業」として、区立の既存施設などを宿泊施設に提供する計画であった。しかし、2014年頃から顕著になってきた訪日外国人の増加とそれに伴う宿泊施設の不足などを背景に「民泊」の需要が急速に高まり、「外国人滞在施設経営事業」として制度の対象を広げたものである。
21 拡大するAirbnbに関する報道
http://wired.jp/2016/03/16/airbnb-rate-neighbours-complain/(2016年5月1日)
http://www.bloomberg.com/news/articles/2016-04-11/one-wall-street-firm-expects-airbnb-to-book-a-billion-nights-a-year-within-a-decade(2016年5月1日)
22 寺前秀一著『観光政策学』イプシロン出版2007年p.153
23 ジェロンタクシー https://www.jtb.co.jp/region/kyushu/taxi/(2016年5月1日)
24 「Share a ride, Split the bill の発想」 Maaxiは同じ方向を旅行している最高5人の知らない人にマッチするように設計されている。そのため、乗客はドライブを共有することができて、割り勘にすることができる。料金は、乗客の数と各々の乗客が乗車した時間に応じて、分担される。
25 タクシー専門誌『TAXI JAPAN』 275号の記事は「2016年2月26日に福岡陸運支局に、運転適用方に関する「お伺い書」とした文書を提出しました。内容は現行の距離制運賃の適用方に、「営業所又は電子的にあらかじめ特約がある場合においては、地図情報等から適切に算出した距離制運賃を適用することができる」というものです。」「わかりやすく言うと、乗車場所と降車場所を確定させたうえで営業所での配車受付やスマホ配車アプリでタクシーを呼んで利用する場合には、地図情報などから算出した距離制運賃を、事前に確定運賃額とするということです」と三ヶ森タクシーの動向を報道している。
26 らくらくタクシー http://www.rakurakutaxi.jp/(2016年5月1日)
27 たくあしくん https://www.takuashi.jp/(2016年5月1日)
28「フリーミアム」(Freemium)は、「フリー」(Free、無料)と「プレミアム」(Premium、割増)を組み合わせて作られた混成語
29 カリフォルニア州のドライバーが下請け業者でなく従業員として扱うことを求める集団訴訟を提起している記事
https://newspicks.com/news/1504215?ref=picked-news_22&status=reload
(2016年5月1日)
30 1990年4月20日第118回国会衆議院予算委員会における政府委員答弁
31 Uberの赤字の財務内容が報道されている記事
http://www.forbes.com/sites/briansolomon/2016/01/12/leaked-ubers-financials-show-huge-growth-even-bigger-losses/#752179955c99
32 寺前秀一「人流サード・パーティ(3PHL)の誕生と発展可能性」日本観光学会誌56号2015年
33 乗り放題フライト(all-you-can-fly model)については
Surf Air http://www.surfair.com/ (2016年5月1日)
Fly Beacon https://flybeacon.com/ (2016年5月1日)
ONEGO https://www.onego.com/(2016年5月1日)
34 Googleはグーグルマップに配車アプリ用のタブを新設し、徒歩や車、公共交通機関を用いたナビゲーションと並べる表示を開始している。
http://forbesjapan.com/articles/detail/11569/1/1/1(2016年5月1日)
35 政府は2016年3月2日、第20回国家戦略特別区域諮問会議を開催し、過疎地などでの観光客に対する自家用車を使った有償運送サービスの制度拡充のほか国家戦略特区法の改正案の追加メニューとしてまとめている。過疎地域での自家用車活用では、観光客を対象に、地域住民の自家用車による有償旅客運送制度を拡充。同時に、新制度に対応する住民や関係市町村、一般自動車運送事業者との相互協議にもとづき、国家戦略特別区域会議が該当区域の決定を速やかに決定できるものとした。いわゆる白タク、といわれてきたライドシェアを制度化するものである。
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