🌍🎒シニアバックパッカーへの道 1986年 マカオ(中国⑶)(特別自治区🏳🌈❸) ジェットフォイル用暗視装置の視察
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最終更新日:2023/06/11
シニアバックパッカーの旅
1986年1月神戸海運監理部運航部長から四国運輸局企画部長に移動 1987年3月まで 四国のすべての鉄道及び旅客船を体験 86年1月から3月までは神戸に家族が残り、高松へ単身赴任。毎週加藤汽船のグレース号、ハッピネス号により、神戸に戻る。四月以降は家族は東京。神戸時代を含め、毎年徳島の阿波踊りを見学。同時期、高知のよさこい祭りを知る。はちきんの激しい踊りはインパクトがあり、これが北海道でよさこいソーラン踊りに発展することにも納得
四国勤務時代の仲間が、上京した折、集まる場所が、麻布十番近くの香川県の宿泊施設、讃岐会館。本場のうどんが食べられるので人気が高かったが、再開発でたてこわしになってしまった。.
マカオのジェットフォイル、暗視装置の視察
架橋後の旅客船事業の生き残り策として、ジェットフォイルが検討されていた。日本では規制が厳しく夜間の高速船の運航が認められていなかったが、香港・マカオ間のジェットフォイルは暗視装置を活用することにより、夜間航行を可能としていた。そのため、調査を依頼していたコンサルタント会社の上野さんの世話で、香港・マカオに出かけ、高速船のブッリジに入れてもらい、ボーイング社製の高価な暗視装置を体験させてもらった。今はマカオ大橋がかかっており、暗視装置も不要になってしまったのだろう。
瀬戸大橋
瀬戸大橋架橋後の旅客船事業や従業員の対策として、観光事業に関心が集まる時代で、京阪電鉄常務の重松氏と知り合うことになる。氏は、若さのフィッシャーマンズワーフ事業を成功させた者、瀬戸大橋の橋げたになる与島にフィッシャマンズワーフを設置したい意向で協力を求められる。旅客船事業者や労働組合幹部、関係自治体を紹介する。与島の事業は大成功で、一年で投下資金を回収している。瀬戸大橋に押しかけた観光客は、提供される食事が価格が安く設定されていること等によりフィッシャーマンズに押しかけ、ついでに島を一周する咸臨丸に千円を支払って乗船したと聞く。利益は旅客船から得て、レストラン部門は収支トントンにしたと聞く。その与島のフィッシャーマンズワーフや旅客船も、今では面影も無くなっている。下記地図の第2駐車場がその場所である
国鉄民営化作業が進展していたうえに、瀬戸大橋架橋が予定されていた時期であり、国鉄宇高連絡船の船舶部長の大島さんと知り合う。大島氏は民営化後、JR九州の石井社長に壊れてJR九州船舶事業部長に就任され、BEATLES号就航に寄与された。
四万十川の町、中村線
国鉄の中村線の第三セクター化が既定路線になり、国鉄用地の引継ぎが問題となっていた。民営化後行われるであろう第三セクター会社の経営が厳しいと予想される中、中村線の関連用地が清算事業団に渡らず、できるだけJR四国にのこるように考えた。JR四国の用地になれば、その土地が三セクのものになる可能性が高いと考えたからである。清算事業団のものとなっても、地元で土地が売却できるとは思えなかったからであり、仮に売れたとしても、全国ベースでの判断として国鉄から引き継ぐ赤字額に比べれば物の数ではなかったからである。高知県企画部の職員もその点が理解できたのか、シンパシーを感じてもらえたと思う。中村線は、日本鉄道建設公団が建設していた宿毛線と併せて土佐黒潮鉄道が引き受けることとなったが、現在はその経営は苦しいと聞く。
なお、当時、国鉄でこの問題を含め四国を担当されていたのは仲津英治氏。氏は車両の専門家、低騒音新幹線車両設計のエキスパートで、トルコボスポラス海峡プロジェクトなどにも関与されていた。IBMの勉強会で一緒になった建設省事務官僚の仲津真治氏と双子の兄弟であることを後年しることとなる。
宿毛フェリー
石油公団出向時、大分県の臼杵湾、佐伯湾に備蓄用の石油タンカーを係留させるということで、係留地付近に航路を持つ旅客船会社への営業補償交渉が仕事の一つであった。その会社の一つに宿毛湾フェリーがあったから、その名前にはなじみがあった。折しも、私が石油公団時代にお世話になった港湾局計画課で活躍されていた大和田氏が、大分県の港湾課長として出向しており、港湾整備の前提が、宿毛湾フェリーの就航であったところ、どうもはっきりしないという状態のようであった。そこで、調整らしきことを私に期待したのであろう、大分へ足を延ばすことを期待されたので、石油公団時代の懐かしい別府に出向くことで、大和田氏と食事をしたことが思い出される。大和田氏の兄弟は秀才ぞろいで、外務省外交官や運輸省事務官がおられるが、きわめてざっくばらんな者である。
別府航路は関西汽船が開発した。神戸勤務時代に、別府航路も体験している。海事行政として乗船しているので、夜間のブリッジにも入れてもらえ、夜の瀬戸内海も満喫できる。
観光行政
いまでこそ、どの自治体でも観光行政は重要となり、優秀な行政官があてられているが、当時は観光には注目は集まっていなかった。その中で高知県は早くから観光に着目し、全県観光地化運動を提唱していた。現在日本全体が抱える問題を、高知県は先取りしていたといえるのであろう。
全国キャンペーンを琴平の金丸座で開催した折、代表の瀬島龍三氏が来られたことがある。
玉野副市長
港湾技官の金子氏がスカウトされ副市長。港湾事務所長時代の仕事ぶりが市長に評価されたとのこと。今では出向も多くなっているが、当時としては運輸省関係では珍しいケースであった。本省での仕事も生きがいを感じるが、予算のシーリング制度が始まってからマンネリ化し、ダイナミックさが失われていたから、自治体の仕事の方が面白いかもしれない、しかし、自治体の職員の
やる気をそいでもいけないから、市長も難しい立場である。
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