『枕草子つづれ織り 清少納言奮闘す』土方洋一 紙が貴重な時代は、日記ではなく公文書
団塊の世代が義務教育時代に学修したことの一部が、その後の研究により覆されている。シジュウカラが言葉を持っていることは、子供の教科書で紹介されている。また、団塊世代の仁徳天皇陵古墳等は今では大山古墳・大仙陵古墳等と称されている。歴史用語の変化は驚くことではないが、研究しつくされているのかと持っていた古典文学の解釈の世界でも、学校教育で教えられてきたことが変化する可能性があることに驚いている。その例が本書である。
本書のキーワードは、紙が重要な物資であったということ。当たり前のことだが、古典文学を読む場合にあまり認識していないことだ。庶民も紙を手軽に利用するのは江戸時代からの事。それまでは写本が中心で、原本などなくなってしまっていることは、多くの場合認識されていたと思うが、原本を書く場合にも、その使用する紙は大変な貴重品である。清少納言等の場合には、気軽に個人的な感想を紙に書き残すというようなことは考えられなかったわけであり、枕草子を随筆に分類することが問題というのが、本書の主要テーマ。○○日記と称される古典も、現代の日記を連想しては大きな間違いだと主張する。
清少納言は、現代でいえば、宮内庁の皇后陛下にお仕えする侍従のような役割であり、皇后陛下の身辺で起きたことを記録する役割を持っていたから、枕草子もその趣旨で書かれている。その多くの公務が、和歌を詠むこと等に関することであったから、そのことに言及する部分が多いのである。お仕えする皇后陛下の身辺上発生したことは、他の歴史書では記述されているが、枕草子では記述されていない。本書では、それは、皇后陛下の公式の見解が定まっていなかったからだとしている。
さらに、原文がすべて後世に伝えられてきたかも疑問があるとする。清少納言が書いた記録がすべて伝えられてきたかも、枕草子自体が鎌倉期になってように表われてきたのだから、その間に紛失してしまっているかもしれないとする。写本の綴じ方ももともとの綴じ方と同じかも問題であるようだし、読者の都合で内容も変化してしまっているかもしれないようだ。
なお、古文書を自動的に解読するアプリが市場に出ているようである。江戸時代に庶民が書いた多くの旅日記が、旧家の蔵に埋もれており、その量は解読されたものの4~5倍にもなるという。代表的なものは東海道膝栗毛や奥の細道があるが、観光学において江戸時代の旅を理解するには、これら文学作品よりも、庶民の旅の実態の分析がより重要である。
関連記事
-
-
『維新史再考』三谷博著 NHKブックス を読んで
p.4 維新というと、とかく活躍した特定の藩や個人、そして彼らの敵役に注目しがちである。しかし、こ
-
-
『セイビング・ザ・サン リップルウッドと新生銀行の誕生』ジリアン・テット 武井楊一訳
バブル期の金融問題に関する書籍は数多く出版され、高杉良が長銀をモデルに書いた『小説・ザ・外資』はハ
-
-
『新・韓国現代史』 文京洙著 岩波書店 を読んで、日韓観光を考える。
東アジアの伝統的秩序は、中国中心の華夷理念のもとに、東アジアの近隣諸国が朝貢・冊封の関係において秩序
-
-
『起業の天才 江副浩正 8兆円企業を作った男』大西康之
父親の縁で小運送協会が運営していた学生寮に大学1,2年と在籍していた。その時の一年先輩に理科二類
-
-
天児慧著『中国政治の社会態制』岩波書店2018を読んで
中国民族は概念としては梁啓超以来使われていたが実体のないものであった。 それを一挙に内実化し実体を
-
-
運輸省(航空局監理部長)VS東亜国内航空(田中勇)のエピソード等
https://www.youtube.com/watch?v=flZz_Li7om8
-
-
旅資料 安田純平『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』集英社新書
p.254「戦火のイラクに滞在し、現地の人々の置かれた状況を考えれば自分の拘束などどういうことでも
-
-
学士会報926号特集 「混迷の中東・欧州をトルコから読み解く」「EUはどこに向かうのか」読後メモ
「混迷の中東」内藤正典 化学兵器の使用はアサド政権の犯行。フセインと違い一切証拠を残さないが、イス
-
-
『貧困と自己責任の中世日本史』木下光夫著 なぜ、かほどまでに生活困窮者の公的救済に冷たい社会となり、異常なまでに「自己責任」を追及する社会となってしまったのか。それを、近世日本の村社会を基点として、歴史的に考察
江戸時代の農村は本当に貧しかったのか 奈良田原村に残る片岡家文書、その中に近世農村
-
-
「太平洋戦争末期の娯楽政策 興行取締りの緩和を中心に」 史学雑誌/125 巻 (2016) 12 号 金子 龍司
本稿は、太平洋戦争末期の娯楽政策について考察する。具体的にはサイパンが陥落した一九四四年七月に発
