*

朝河寛一とアントニオ猪木 歴史認識は永遠ではないということ

公開日: : 最終更新日:2021/08/05 出版・講義資料, 歴史認識

アントニオ猪木の「訪朝」がバカにできない理由

窪田順生:ノンフィクションライター経営・戦略情報戦の裏側2017.9.7 5:00

戦前の日本で初めてイェール大学の教授となった朝河貫一という歴史学者がいる。

 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)の報告書に名前が出て一躍、注目を集めた人物なのでご存じの方も多いと思うが、日米開戦直前に、ルーズベルト米大統領から昭和天皇へ親書を送らせようと、当時の日本政府とは関係なく個人で奔走した人物である。

 自ら草案を書いて、友人で、ワシントンに顔がきくハーバード大学美術館のウォーナー東洋部長に託した。結局、朝河の草案がそのまま採用されることはなかったが、ルーズベルトは親書を天皇に送った。しかし、時すでに遅しで、届いたのは真珠湾攻撃の直前だった。

 そんな朝河を「朝日新聞」では「祖国が平和を諦めた中で、朝河は1人闘う」(2015年4月2日)なんて調子で、戦争回避のために単身働きかけたヒーローのように扱っているが、実は戦前は朝河を敵国のスパイのように扱っていた

 日露戦争で勝利した日本では、ロシアからバンバン賠償金を取れ、朝鮮半島の権益をぶんどるべきだという世論があふれ返っていたが、朝河は、「日本は金や領土のためではなく、アジア解放という大義のために戦ったのだから、そんなものを要求してはならない」と説いてまわった。

 それを当時は「愛国マスコミ」の急先鋒だった「大阪朝日新聞」(1905年10月30日)が、いけすかない奴だとディスっている。横浜市立大学の矢吹晋名誉教授があるセミナーで、そのあたりの「悪口」の説明をされているので、引用させていただこう。

《「朝河貫一と呼べる人なり、此の人イェール大学を卒業し、目下、米国某学校に於いて東洋政治部の講師として聘せられ居るものなり。名刺にはドクトル及び教諭と記し、日本人に語るにも日本語を用いず、必ず英語を以てす。此の人、ポーツマスに来たり、日々ホテル・ウェントウォースに在りて、多くの白人に接し、頻りに平和條約の條件に就て説明をなしつつあり。英文にて記せる朝河貫一なる文字とその肩書きの立派なるよりほかは知らざる白人は…」との書き出しで、学校の講師で安月給のくせに、1日に5ドルのホテル代を払って、ここにいるのははなはだ疑わしい、誰の回し者だという書き方です》(日本海海戦100周年記念歴史セミナー「世界を変えた日露戦争」より 2005年5月28日)

 猪木氏が訪朝するたびに、「北朝鮮の手先か」とか「北朝鮮に媚びを売っている」といたるところでディスられているのと、ほとんど変わらないのではないだろうか。

関連記事

no image

朝鮮戦争の経済効果

もし、朝鮮戦争がなかったら日本は戦後の経済復興は遅れていたと思いますか? 確かに3年間ぐらい

記事を読む

『漁業という日本の問題』勝川俊雄 日本人は思ったほど魚を食べてない。伝統の和食イメージも変化

マスコミによってつくられた常識は、一度は疑ってかかる必要があるということを感じていますが、「日本人は

記事を読む

コロニアル・ツーリズム序説 永淵康之著『バリ島』 ブランドン・パーマー著『日本統治下朝鮮の戦時動員』

「植民地観光」というタイトルでは、歴史認識で揺れる東アジアでは冷静な論述ができないので、とりあえずコ

記事を読む

『江戸のパスポート』柴田純著 吉川弘文館

コロナで、宿泊業者が宿泊引き受け義務の緩和に関する政治的要望を行い、与党も法改正を行うことを検討し

記事を読む

no image

『サカナとヤクザ』鈴木智彦著 食と観光、フードツーリズム研究者に求められる視点

築地市場から密漁団まで、決死の潜入ルポ! アワビもウナギもカニも、日本人の口にしている大

記事を読む

no image

You-Tube「Cruise to Japan in 1932」に流れる「シナの夜」

1932年は鉄道省に国際観光局が設置されて2年目、インバウンドが叫ばれる現代と同じような時代である

記事を読む

no image

Quora 韓国の方が言う「日本は一度も真摯に謝罪した事が無い」というのは客観的に見て事実ですか?

https://jp.quora.com/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%81%AE%

記事を読む

no image

ダークツーリズムと『脳科学からみた「祈り」』中野信子著

ダークツ―リズム 怖いもの見たさの時の脳内物質を調査する必要がある。その調査をせずして、ダークツー

記事を読む

地域観光が個性を失う理由ー太田肇著『同調圧力の正体』を読んでわかったこと

本書で、社会学者G・ジンメルの言説を知った。「集団は小さければ小さいほど個性的になるが、その集団

記事を読む

no image

筒井清忠『戦前のポピュリズム』中公新書

p.108 田中内閣の倒壊とは、天皇・宮中・貴族院と新聞世論が合体した力が政党内閣を倒した。しかし、

記事を読む

no image
言語とは音や文字ではなく観念であるという説明

観光資源を考えると、言語とは何かに行き着くこととなる。 愛聴視し

no image
世界の運営を米国でなく中露に任せる 2023年6月7日  田中 宇

https://tanakanews.com/230607armeni

ヘンリーSストークス『英国人記者からみた連合国先勝史観の虚妄』2013年祥伝社

2016年10月19,20日に、父親の遺骨を浄土真宗高田派の総本山専修

旅籠とコンテナは元来同義 自動運転時代を予感 『旅館業の変遷史論考』木村吾郎

世界各国、どこでも自動車が走行している。その自動車の物理的規格も公的空

no image
旅館業法論議 無宿人保護(旅館業法)と店子保護(不動産賃貸)の歴史 

◎東洋経済の記事 https://t

→もっと見る

PAGE TOP ↑