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モンゴル紀行 ウランバートル

公開日: : 最終更新日:2016/11/25 海外観光

2015年8月29日
ブルーベリージャム作りを手伝いながら西田団長のマンションでのんびり骨休め。さすがに午前中は出かける気にならなかった。コンピュータ回線の不通がなおらないので、原稿整理ができず、午後はウランバートル市内を約20キロ4時間程度徒歩で散策した。三万歩になった。
モンゴル国人口280万(ハルハ族75%)のうち、ウランの人口は130万と一極集中である。
(ガンダン寺)
チンギスハーンの頃はラマ教はまだ入っていないという。ウランバートル(旧名インフレ―)は、ガンダン寺付近に中国人が商業街を形成したことから始まったという。日本も中国と陸続きであったら、そうなったかもしれない。
境内にまで車が乗り入れており、いずれ問題になるであろう。表参道の景観は一部の広告をのぞけばまだすっきりしているが、背景に高層建築物が増加してゆく恐れがある。

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近くに位置するバクラ・レンボチェ寺は偶然とおりすがったが、むしろお寺らしく日本人にはあう。本堂にはダライラマの写真が飾ってあり、人民革命により消滅した活仏渇望をあらわしていた。茶色の僧服を身にまとった小僧が修行していた。マニというのであろうか回転させる経典を形作っているものを善男善女がまわしていたり、灯明に火をともしていたりしていた。
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バクラ・レンボチェ寺本堂内の動画
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社会主義で活仏が消滅された。中国でもチベットでもめている。日本人のうち中国が嫌いな人たちはダライラマを応援しているようだが、活仏時代は、お寺に大勢の農奴がおり、奴隷状態であったことも事実である。日本の社寺仏閣も寄進された田畑を小作に出していたが、明治政府の神社国営化方針と、戦後の自作農創設法ですっかり財産をなくしてしまった。その結果、葬式や観光等の副業に力を入れることになったと言われている。中国の九寨溝を観光した時、四川省のチベット族の生活が豊かになっていることを認識し、共産党の政策がただちに間違っているとは言えないことに気が付いたことがある。すべてを知りえないが、物事の判断は難しいものである。

(デパート)
雑貨の国内生産が少ないモンゴルでは物価は所得に比べて極めて高いとガイドブックに記載されていたが、ウランバートル市民の購買意欲は旺盛にように思えた。ノミンデパートにウランバートルデパートが平和大通りに面して存在。エスカレータが各階ごと互い違いになっており日本のように連続していないのは、わざわざ顧客を歩かせる販売意欲の表れであろう
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ウランバートルデパートは中には入らなかったが、外観はソ連時代の風格が残されていた。
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前者の周辺には、昔の同潤会アパートのようなアパートがあり、今は目立たないが、いざ周りが発展してくると価値が出るだろうからうまく残せるといい。平和通りでアルバイトの女の子が不動産のチラシを配布していた。印刷費が安いらしく立派なチラシであった。場所はわからないがヘーベ当たり十万円らしい。中央郵便局等が平和通りに面して並んでいるが、これらのクラッシックな建物のどれかが抑留された日本人捕虜がたてたもののはずである。
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目抜き通りの雀のなかに、ニュウナイ雀が混在。北海道と同じであった。IMG_3800[1]

ロシア大使館は都心にどんと占拠しており、およそワンブロックを占めているからすぐにわかる。
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日本でいう番町小学校がロシア大使館の隣にあった。都心にはアパート群が多く存在する。
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再開発の材料が多くあるが、今は空き地に建設ラッシュである。
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サーカス場(展示会場)は黄色のテント張りで、最大宗派の黄色い帽子のゲルグ派の印象がある。都市計画が追いつかないくらいの建設ラッシュだそうだ。
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マンホールのふたがあったので撮影。マンホールチルドレンのことを思い出した。
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(ツーリストインフォメーション)
失格である。中心街にあるが表示が目立たなく、土曜日なのに職員は存在せず、見たところ資料もあまりおいていない。その代り同居している土産物店等が敷地の大半を占め本末店頭であり、わざわざ訪ねてくる外国人には不評であろう。私も初め一日を利用して郊外ツアーの相談をするつもりであったが、真剣に考えなくて正解であった。
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(政治粛清祈念博物館など)
日本とロシア、中国、韓国・朝鮮の関係を考えるには、モンゴルの歴史を学ぶことが重要である。モンゴル人に英雄視されているハルハ川戦争の功労者ジーコフ(ロシア人)の博物館も訪れたかったが休日であった。父親が士官学校創業後最初に配属になったのが札幌の連隊。その札幌の連隊がノモンハンで大量に戦死したと聞いていた。アイマグには博物館があり、清朝時代、中国人による拷問の展示があるとガイドブックに書いてあった。スターリン時代、モンゴルでの粛清は当時の人口70万人当たりに対して2万7千人以上であったようだ。1万7千人以上の僧侶やブリヤート人が被害にあった。

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民主革命時の若きリーダー・サンジャースレンギーン・ゾリグの銅像。総理候補であったが暗殺された。
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バスが中心の交通体系だが、社会主義時代の名残かトロリーバスも走っていた。貨物列車が通過のときは踏切遮断が交通渋滞を引き起こしていた。
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2015年8月30日
無線ランが復活。原稿整理をした。
ツァガンノール議会議長が西田団長宅を訪問、意見交換する。

2015年8月31日
午前九時のフライトで帰国。7時に家を出たが、日本でいうと朝の5時の感覚。火力発電所が見えた。冬のスモッグの発生源だが、当面仕方がないのであろう。
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東京に戻った。エアポート快速は1時間半で成田から大門までを乗り換えなしで結び、千三百円だから羽田でなくても便利になった。
二週間ぶりの東京タワー。

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