🌍🎒シニアバックパッカーの旅 モンゴル国フブスグル地区紀行~トナカイとシャマンとドロ━ン(7)
公開日:
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最終更新日:2023/06/13
シニアバックパッカーの旅
2015年8月27日
野営の朝は気持ちが良い。対岸のツアーキャンプは、西洋人の四人組で馬6頭オートバイ一台で来ていたようだ。我々より一足先に出発。
途中西洋人ハイカーを追い抜くが、泥濘にはまってしまい、ハイカーに追い抜かれてしまった。
![IMG_3623[1]](https://jinryu.jp/blog/wp-content/uploads/2015/09/IMG_36231-300x225.jpg)
ようやくフブスグル湖に到着。急に中公新書の「瀬戸内海の発見」を思い出した。瀬戸内海の風景を発見した19世紀の西洋人は船からの移りゆく景色を愛でたが、日本人は陸からの俯瞰景を愛でたとある。モンゴル人はどちらを好むのかハダ博士に問うと西洋人と同じ答えであった。モンゴル人用にガイドブックの写真を選ぶなら船からの写真がいいのだが、すでに遊覧船は休止していた。ハダ曰く、モンゴル人が海からの風景がすきなのは、風が陸から吹くからだと言っていたが、そこは理解できなかった。
![IMG_3645[1]](https://jinryu.jp/blog/wp-content/uploads/2015/09/IMG_36451-300x225.jpg)
フブスグル湖はトルコ語だそうだ。タイガ林が広がる風景は雄大である。学生はボートに興味。山国の子供なのか。1人5000ツグル。
ウミネコが多い。残飯狙いである。
フブスグルの遊覧船乗り場を見る限りまだまだ国内観光用であるとの印象。現にモンゴル人が多いとガイドブックにも記載されていた。トイレをはじめお土産店、レストランにも改善の余地が残されている。
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![IMG_3696[1]](https://jinryu.jp/blog/wp-content/uploads/2015/09/IMG_36961-300x225.jpg)
![IMG_3697[1]](https://jinryu.jp/blog/wp-content/uploads/2015/09/IMG_36971-300x225.jpg)
帰路の途中、「東経100度、北緯50度」地点を表示する場所を見学。日本と経度が35度も違うのに日本と同じ時間を採用しているから年中サマータイムである。昨年から通年化したと説明された。役所は8時5時であるが、夕食は8時と遅い。子供が朝ごはん食べないのは無関係であるらしい。「早寝早起き朝ごはん」がここではむなしく聞こえる。12年制は最近のことだそうだが、通訳のメグさんによれば小校中学校高校義務化はソ連の影響だそうで、建物の効率使用のため、午前午後の二部入れ替え制をとっているとのことである。ガイドブックによれば小学校選びが重要になっているとのこと。
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二本の松が絡み合って一本になってしまったものを見学、爪楊枝を木に刺し何やら願い事をするらしい。
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![IMG_3688[1]](https://jinryu.jp/blog/wp-content/uploads/2015/09/IMG_36881-e1441109671335-225x300.jpg)
さらにはハゲワシが死んだ家畜に群がっている風景に出合った。
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ようやくムルンに到着し、ツアー運転手協会会長さんの家で休むことができた。
(streetviewによる観光宣伝)
今回のツァータン居住地からフブスグル湖にかけての景観の撮影について、Googleのstreetviewの活用を持ちかけてみると、ハダ博士から、それで いくら手当がGoogleからもらえるのかと聞かれた。機材を無料で借りられるのだから日当はないと答え、地域の観光宣伝になるのがメリットであると説明しておいたが、別に有名にならなくても良いというハダ博士の反応であった。
(ムルン他の街並み等モンゴルの地方国土交通事情等)
資本主義導入で個人が土地を各自の条件でそれぞれ分配される。木の柵で囲いを作り識別している。碁盤の目状に町が広がり周辺部は木の柵だけの土地が目立つ。雪が降らないので屋根はトタン葺き、カラフルなのは家を識別するには便利。各家庭は防犯用なのか犬を飼っているが、夜中に屋外のトイレに行くときについてくるなで、慣れないと恐怖感を覚える。
移動には車が必要。観光ドライバーの車はロシア製のジープ。悪路でも本領を発揮してくれるが、traveler向きではあるが、tourist向きではない。馬とも共存しているが、人間の移動だけならオートバイも普及している。自転車は殆ど見られなかった。
舗装道路はフブスグル湖からムルン、ウランバートルに通じる道だけであった。戦後の混乱期を経て産業が活発化していく中、1956年に来日したアメリカの調査団が「日本の道路は、信じがたいほど悪い。工業国としてこれほど完全に道路網を無視してきた国は、日本のほかにない」と指摘するほど、全国各地の道路は産業を支えるにはあまりに脆弱なものだった。昭和三十年代でも、当時のトラック運転手は三十代でリタイヤしたのは、胃下垂になるからだと言われたが、まさにモンゴルは「田舎のバスはオンボロバスだ。凸凹道をガタガタ走る」の歌の文句通りで、懐かしく感じた。
「水道」は殆ど普及していないから、外国人はペットボトルの水を店で確保しなければならない。特に店が期待できないツァータン族の居住地では、水を沸かして飲むことになる。食器洗いは川の水を使用し、洗剤は使用するがゆすがないで布巾で拭くだけである。『笑う回虫』を思い出したが、寒い地域であるから、熱帯地域の子供達ほど肌がツヤツヤしているようには思われなかった。
「電力事情」テレビ、電話はツァータン族にまで普及しているから、電気が必要。乾電池は経済事情が許すはずもなく、簡易のソーラーパネルが普及。残念ながら我々が利用出来る携帯システムはなく、しばらく音信不通状態にあった。テレビを子供達も見ているので、文明の利器の存在は知っており、明治時代の日本人が西洋文明に驚いたようなことはなさそうで、シャーマン夫婦は日本のことも良く知っていた。町には電力があるが、雨が降ると漏電でショートしてまうようだ。
「火力」薪が基本だが、traveler、touristは煮炊きには簡易ガス調理器具を持参して移動しなければならない。
「灯」街灯はなし、月明かりの効用が良く理解出来る。
根本は物流
フブスグル地区発展のためには、まず道路を最低限整備しないと物流が確保できず、観光客にとっての満足の行く人流サービスも確保できないと感じた。先進国のtouristのみならずtravelerであっても、航空機、自動車を利用してツァータン族の居住地にアクセスする以上、自然体験は所詮一時的なものであり、虚構性のつよいものである。観光がツァータン族の生活水準向上のための産業とするなら、touristの満足感を満たすためにも、道路整備は優先度の最も高いものである。電気、上下水道等のライフラインの整備はそのあと自然についてくるはずである。
2015年8月28日
学生は朝車で出発、我々は空港。空港は混雑していた。西洋人、中国人観光客が多くみられた。
![IMG_3714[1]](https://jinryu.jp/blog/wp-content/uploads/2015/09/IMG_37141-e1441110067148-169x300.jpg)
西田団長のマンションに到着。まずはシャワー。インターネットがかえず携帯で仕事の処理をするもはかどらないので早めに就寝。
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