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世界遺産を巡る日韓問題(軍艦島)

公開日: : 最終更新日:2016/11/25 戦跡観光

観光資源評価は頭の中の出来事である。ネルソン・マンデラが政治犯として収容されていたロベン島はその物語がなければ何の変哲もない離島である。世界遺産登録にICOMOSははじめ否定的であったが、ダークツーリズムとして登録された。今ではケープタウン観光には欠かせないものとなっている。物語であるから、一方から見ると英雄的、他方から見ると犯罪的ということがありえる。原爆ドームが代表例である。私は、観光資源は刺激性の強弱で価値が決まるから、英雄であろうが極悪人であろうが人が集まり経済効果(これをペイトン効果という)があればよいと割り切ればいいと思っているが、世間では、建前として文化遺産にするものだから金銭勘定は後ろに隠れてしまい「誇り」が前面に出てしまう。

軍艦島(端島)は、明治時代から昭和時代にかけては海底炭鉱によって栄えたが、1974年からは無人島である。危険な箇所も多く、島内への立ち入りは長らく禁止されていた。2008年に長崎市が「長崎市端島見学施設条例」と「端島への立ち入りの制限に関する条例」を成立させた。観光資源として価値を見出したのであろう。島の南部に整備された見学通路に限り、観光客が上陸・見学できるようになった。私などは、わざわざ実際に行かなくても、「Google Japan Blog: “軍艦島”をストリートビューで歩いてみよう」で十分だと思うのであるが、それでは税金をつぎ込んだ長崎市は困るのであろう。「九州・山口の近代化産業遺産群」の一部として、世界遺産暫定リストに追加記載されることが決まり、2009年1月に記載された。しかし、2015年3月に韓国政府が端島の世界遺産登録に反対を表明し、端島を世界遺産登録として認めないように外交活動を行った結果、日韓間で外交問題となっていった。登録はともかく、両者が満足する最終的な決着は何時まで経ってもつかないのであろう。

産業革命も近年では革命という名に値しないと唱える学説が出現しているくらいだから、学校で教えなくなれば話題にならなくなる可能性がある程度のものである。産業遺産という名の集客遺産と思っているから地域も熱が入るのであろう。

日本統治下における朝鮮に関する歴史問題は、日本人には、日中問題ほど認識されていないから、世界遺産登録運動も無頓着に進められてしまったのであろう。両国民のギャップが大きすぎるのである。日本の朝鮮植民地政策は、欧米に比して格段大きな問題となることが実施されたわけではないと一部の研究者は記述するものの、遅れて実施された帝国主義であることは間違いがない。韓国内でもいわゆる「民族史観」的論述と「植民地近代化論」が存在するものの、後者はわが国における天皇制批判と同じくらいタブー視されているようである。韓国は官民を挙げて、軍艦島の世界文化遺産登録を阻止する運動を展開しており、日本政府が推薦した施設の中に強制徴用された朝鮮人が動員された場所が含まれるとし、韓国国会では日本糾弾の決議が採択された。これだけ話題になったのであるから韓国では軍艦島は有名になったはずである。韓国も軍艦島を負の遺産として評価をしてこれまで通りの主張を続ける方が政治的には得策なような気がする。地元では「監獄島」とも呼んでいたくらいだから、ダークツーリズムとしての観光客獲得を狙えば韓国人も集客対象になるのであるが、今度は長崎市議会がおさまらないのであろう。両国ともはじめから観光資源との認識で軍艦島を取り扱えば、これほどの騒ぎにはならなかったのではないかと思い、これからの日中韓の観光研究の一つの方向が見えてきたように気がしている。原爆ドームは英雄的行為の証(アメリカ国民)か犯罪的行為の証(広島市民)かで評価はわかれる。しかし日米関係そのものがうまくいっているから、日米の観光客が訪れるのであり、その評価も国家というより個人で行うのであろう。軍艦島も日韓関係がうまくいっていれば観光資源としては問題がないはずであり、ここまでこじれたのは両国の政治家の責任であり、その政治情勢を生み出したものの責任なのであろう。

 

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