歴史認識
公開日:
:
最終更新日:2023/05/28
歴史認識
歴史認識も時代により変化する。日本人の徳川時代の認識は、明治政府によりつくられたものを学校で学んだせいなのか、「薩長史観」的であった。徳川家18代のご頭首は、冗談交じりに、子供の頃学校で歴史を学び、とんでもない家に生まれてきたと語られたものである。一世紀以上を経た近年ではその認識が見直されつつあり、士農工商のような身分制は存在しなかったという学説が主流となっている。しかしこれも政治的にはその過程を経なければおさまらなかったものなのであろう。
日本の朝鮮植民地政策に関する、韓国人の歴史認識はいわゆる「民族史観」以外はタブーとなっている。この民族史観に感情的に反応する日本人がヘイトスピーチを行うものだから、冷静な歴史認識論議など期待するほうが無理なのである。我々日本人もついこの前まで、薩長史観に基づく歴史認識に基づき、士農工商は「親の敵」と思っていたのだから、他国の歴史認識がそのうちに変化するかもしれないということぐらいは理解をし、余裕をもって接することができなければ先進国とは言えないのであろう。韓国は北朝鮮とともに、日本の敗戦直後、自国民の政府が樹立できなかった歴史(韓国の場合は沖縄同様にアメリカ軍の直接統治)の中で、内戦を経験し、今なお継続しているから、権力者が正統性を主張するためには、民族史観にならざるを得ないのである。これを否定することは、日本においては天皇制を否定するに等しいのかもしれない。中国共産党についても同じことが言える。
今EUがユーロをめぐって揺れている。ギリシャの経済危機の取扱であり、イギリスの離脱問題である。イギリスは王室を抱く国家であるが、超国家的なEU加盟国でもある。EUの元首はイギリスの元首より上席になるのであろう。東アジアも欧州並みに成熟し、日本が近隣諸国と超国家的組織に加わるとしたら、日本の天皇制に対する国民の感情も変化しているかもしれないし、韓国の民族史観や中国共産党の歴史認識も変化しているのであろう。
関連記事
-
-
『貧困と自己責任の中世日本史』木下光夫著 なぜ、かほどまでに生活困窮者の公的救済に冷たい社会となり、異常なまでに「自己責任」を追及する社会となってしまったのか。それを、近世日本の村社会を基点として、歴史的に考察
江戸時代の農村は本当に貧しかったのか 奈良田原村に残る片岡家文書、その中に近世農村
-
-
中国文明受入以前は、藤貞幹は日本に韓風文化があったとする。賀茂真淵は自然状態、本居宣長は日本文化があったとする。
中国文明受入以前は自然状態であったとする賀茂真淵、日本文化があったとする本居宣長に対して、藤貞幹
-
-
『総選挙はこのようにして始まった』稲田雅洋著 天皇制の下での議会は一部の金持ちや地主が議員になっていたという通説が実証的に覆されている。いわば「勝手連」のような庶民が、志ある有能な人物(国税15円を納める資力のない者)をどのような工夫で議員に押し立てたかを資料に基づいて丹念にドキュメンタリー風に解説
学校で教えられた事と大分違っていた。1890(明治23)年の第一回総選挙で当選して衆議院議員にな
-
-
QUORAにみる歴史認識 伊藤博文公は、当初朝鮮併合に関しては反対だったって話ですが、実際は如何でしょうか?
伊藤博文公は、当初朝鮮併合に関しては反対だったって話ですが、実際は如何でしょうか?
-
-
Quoraにみる歴史認識 日露戦争で日本は英米に膨大な借金をしてますがどうやって返済したのでしょうか?
ご質問文に「英米」とありますが、高橋是清の求めに応じて日本の戦時国債を購入して支えたジェイコブ・ヘ
-
-
平野聡著『大清帝国と中華の混迷』を読んで
ヴァーチャル旅行韓国中国東北編を記述する際の参考に読んでみた。大変参考になったが、筆が走りすぎてい
-
-
QUORAの再掲載 南京大虐殺のあった無かった論争はどの様な証拠があれば決着がつきますか?
南京大虐殺のあった無かった論争はどの様な証拠があれば決着がつきますか?Koike Kazuki,
-
-
三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』なぜ日本に資本主義が形成されたか
ちしまのおくも、おきなわも、やしまのそとのまもりなり
-
-
QUORAにみる歴史認識 伊藤博文を殺したのは安重根ではないという説を見ました。もし安重根以外が殺したとしたら誰が何の為に殺したのですか?回
伊藤博文を殺したのは安重根ではないという説を見ました。もし安重根以外が殺したとしたら誰が何の為に殺
-
-
ヨーロッパを見る視角 阿部謹也 岩波 1996 日本にキリスト教が普及しなかった理由の解説もある。
キリスト教の信仰では現世の富を以て暮らす死後の世界はあ
- PREV
- 世界遺産を巡る日韓問題(軍艦島)
- NEXT
- イサベラバードを通して日韓関係を考える
