*

歴史認識と書評『1945 予定された敗戦: ソ連進攻と冷戦の到来』小代有希子

公開日: : 最終更新日:2023/05/29 出版・講義資料, 歴史認識

「ユーラシア太平洋戦争」の末期、日本では敗戦を見込んで、帝国崩壊後の世界情勢をめぐる様々な分析が行われていた。ソ連の対日参戦が、中国での共産党の勝利が、朝鮮支配をめぐる米ソの対立が予測され、そしてアメリカへの降伏のタイミングが、戦後日本の生存を左右することも知られていた。アメリカ主導の「太平洋戦争史観」を超え、アジアにおける日ソ戦争の焦点化にまで取り組んだ野心作。

書評1

 世間で広く信じられていることには、第二次世界大戦末期、日本の指導者達はソビエト連邦が中立条約を破って侵攻してくることを全く見抜けず、ソ連の和平仲介の望みが無様に絶たれたことで慌てて降伏したことになっている。
 しかし、当時の日本の指導者たちはそれほどまでに愚かだったのだろうか?
 筆者は大量の資料を活用することで、そのような説が誤りであったことを証明している。
 従来から参照されていた指導者たちの会議記録や、軍や外務省の情報機関が集めていた世界各国の動向の研究、特高が調べていた朝鮮の反体制運動の調査資料、日本の市井の人々の発言記録まで、筆者があたった資料は多岐にわたる。特に陸軍が行っていた中国共産党の研究や、特高が行っていた朝鮮の反体制活動家の思想動向への言及は興味深い。そのような資料を通して浮かび上がってくる姿は、日本の指導者たちはソ連の参戦を、そしてアメリカとソ連の冷戦の萌芽を正確に見抜いてたということだ。国民も新聞や情報誌を通じてアメリカとソ連の対立を興味深く追っていた。
 ところで筆者も論中で指摘していることだが、一般公開されている資料だけでも日本がソ連の参戦を予期していたことは簡単に分かることだ

太平洋ではアメリカ軍に敗北し続け、頼りにしていた同盟国ドイツも敗戦、北方ではソ連が不穏な動向を見せている。しかし一方で、連合国内で米英とソ連の不協和音が聞こえ始めていた。日本の指導者たちは敗戦が確実の絶望的な状況の中、どのタイミングで降伏すれば、戦後日本が復活できる環境を作り出せるか冷徹に考えた。そして彼らの出した結論は…。

膨大な資料と優れた考察による、読み応えのある歴史研究である。多くの人に薦めたい。

書評2

通説が次々に覆されてゆく驚き。ある意味 快刀乱麻を断つ快感。そうだったのか、戦争。そして戦後。膨大な一次資料の渉猟と詳細な読み込みから見えてくる、異貌の戦争指導層と一般人。私が教えこまれてきた通説は何だったのか。
戦争史、戦後史に巨大な一石を投じた力作だ。波紋はどこまで広がるだろう。決して無視できない論考だ。
《 使用尽くされた感のある資料も、注意深く読み直すと見落としていた事実が見つかる。既成概念を持って 資料にあたると、探したいことしか目に入ってこず、なじみのない事項は無意識にその存在を拒絶してしまう 心理作用が原因だ。 》 16頁「序章 『ユーラシア太平洋戦争』と日本」
《 これまでの記録から見て、ソ連の対日参戦が東郷外務大臣をはじめとして最高戦争指導会議構成員にとって 「予期せぬ驚き」ということはありえない。しかし戦後に広まった神話では、ソ連の参戦は「驚愕の裏切り」 として受け止められたことになっている。 》 243頁「第6章 日本の降伏と植民地帝国の崩壊」

書評3

著者は米国の大学で教えたこともあるようで、本書はもともと英文で書かれたものを著者自身で日本語に書き直したものらしい。英語の方はそれだけ堪能なのだろうが、日本語能力はどうも疑問である。「邀撃」を「激撃」(209p)と間違えたりするなど、単純な誤植ではなく、「邀撃」という言葉自体知らないのであろう。「待つあるを恃む」の現代語訳を「『待つ』ということを頼みにして」としているところ(205p)など、噴飯ものである。

 もちろん、これは『孫子』の「無恃其不来、恃吾有以待也、無恃其不攻、恃吾有所不可攻也(その来たらざるを恃(たの)むことなく、吾の以て待つあることを恃むなり。その攻めざるを恃むことなく、吾が攻むべからざる所あるを恃むなり=敵のやって来ないことを〔あてにして〕頼りとするのでなく、いつやって来てもよいような備えがこちらにあることを頼みとする。また敵の攻撃してこないことを〔あてにして〕頼りとするのでなく、攻撃できないような態勢がこちらにあることを頼みとするのである)」に由来する言葉である。

 著者は漢文の素養もなしに、戦時中の軍人が書いた文書を読み解いているものと見える。

 すでに公表されて誰でも読める歴史書からだらだらと引用してページを埋めているのにつき合わされるのはうんざりするが、本書で他の歴史書の「定説」をくつがえすと力こぶを入れているのはただ1点でしかない。すなわち、日本の終戦工作でソ連に調停を依頼したのは、従来日本のうかつさによるとされていたが、ソ連が参戦すれば、アメリカはソ連が極東で勢力を拡大するのを恐れて講和を急ぐことになるから、日本に有利な状況が生まれる、だから対ソ工作をするふりをしてソ連の参戦まで待ったのだというところである。これを言うだけだったら、370ページも必要はないであろう。

 そんな計略を書き記した文書をアメリカの公文書館から発見したというなら、大発見と言ってもいい。だが、そんな証拠はどこにもないのである。著者は、ソ連軍が対日戦の準備をしていることがさまざまな情報機関から参謀本部に集まっていたことを書き記して、それなのに、ソ連のお情けにすがるような調停依頼を続けたのは、なぜなのか? と疑問を抱く。そして、どうしても理解できないあまり、推測に推測を重ね、憶測をたくましくしているだけでしかない。

関連記事

『貧困と自己責任の中世日本史』木下光夫著 なぜ、かほどまでに生活困窮者の公的救済に冷たい社会となり、異常なまでに「自己責任」を追及する社会となってしまったのか。それを、近世日本の村社会を基点として、歴史的に考察

江戸時代の農村は本当に貧しかったのか 奈良田原村に残る片岡家文書、その中に近世農村

記事を読む

no image

富裕層の海外脱出

さて、この文書からわかることは、100万米ドル以上の億万長者の海外脱出で最もメジャーな国は

記事を読む

no image

保護中: 学士会報No.946 全卓樹「シミュレーション仮説と無限連鎖世界」

海外旅行に行けないものだから、ヴァーチャル旅行を楽しんでいる。リアルとヴァーチャルの違いは分かっ

記事を読む

no image

「温度生物学」富永真琴 学士会会報2019年Ⅱ pp52-62

(観光学研究に感性アナライザー等を用いたデータを蓄積した研究が必要と主張しているが、生物学では温

記事を読む

歴史認識と書評 岡部伸『消えたヤルタ密約緊急電』

書評1第二次世界大戦のことを勉強してもここまでたどり着く人たちはなかなかいないだろう。上面な敗戦処

記事を読む

no image

公研2019年2月号 記事二題 貧富の格差、言葉の発生

●「貧富の格差と世界の行方」津上俊哉 〇トーマスピケティ「21世紀の資本」

記事を読む

no image

Quora ヒトラーはなぜ、ホロコーストを行ったのですか?

https://jp.quora.com/%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9

記事を読む

no image

保護中: 書評『脳は空より広いか』エーデルマン著 冬樹純子訳 草思社

エデルマンは、Bright Air、Brilliant Fire、Wider than the

記事を読む

no image

書評『日本人になった祖先たち』篠田謙一 NHK出版 公研2020.1「人類学が迫る日本人の起源」

分子人類学的アプローチ SPN(一塩基多型)というDNAの変異を検出する技術が21

記事を読む

no image

2019年11月9日日本学術会議シンポジウム「スポーツと脳科学」聴講

2019年11月9日日本学術会議シンポジウム「スポーツと脳科学」を聴講してきた。観光学も脳科学の

記事を読む

デンバーからソルトレイクシティー

シカゴからソルトレイクシティーにcoachで向かい

ミネアポリスからポートランド エンパイアビルダーからの車窓

1. 車窓からのハイライト ミネアポリスを夜に出発し、西へ向かう行程

ニューメキシコ レッドロック

サウスウェストチーフの車窓からの風景で、深紅のサメと呼ばれるところは、

no image
ロシア旅行の前の、携帯wifi準備

https://tanakanews.com/251206rutrav

no image
ロシア旅行 田中宇

https://tanakanews.com/251205crimea

→もっと見る

PAGE TOP ↑