GOTOトラベルの政策評価のための参考書 『震災復興 欺瞞の構造』2012年 原田泰 新潮文庫
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最終更新日:2021/08/05
出版・講義資料
いずれ、コロナ対策としてのGOTOトラベル等の観光政策の評価が必要になると思い、災害対策等の先例を調べてみた。規模的に引き合うものは3.11であろう。
Amazon 紹介文書 大震災を口実にした大増税で、いま役所は「祭り」状態!日本人一人当たりの物的資産は966万円に過ぎないのに、今回の復興財源法では、被災者一人当たり4600万円が使われる計算になる。しかし、これは山を削り高台を作るエコタウン造成など、壮大で時間がかかる計画に浪費されてしまうのだ。精緻なデータ分析を元に、「復興」の美名の陰で進む欺瞞の構図を炙りだし、安価で人々を直接助ける復興策を提示する。
著者は巨額を注ぎ込んでゴーストタウンを生んだ阪神淡路大震災での失敗例、費用対効果の高かった中越震災からの復興、三陸海岸の震災復興に大きな示唆を与える奥尻島の事例など、過去の震災復興を分析して様々な教訓と発見を明らかにしている。
書評
南海トラフ巨大地震は確実に起こる。被害は東日本大震災の10倍を超えると予測されている。コロナはワクチンで逃れられるかもしれない。しかし大地震と津波から助かっても、災害関連死が待っている。
◆復興予算の93%はどこへ?
東日本大震災から10年が経ち、投入された復興予算は32兆円。莫大な復興予算が適切に使われていない実態が明らかになっている。原発事故からの復興、主に東京電力などが負担する事故に伴う廃炉や賠償などの費用は、この復興予算とは別の枠組みである。コストを考えてこそ、大震災からの復興に成功することができる。
被災者の再建に直接関係する資金は〝2.3兆円=7%ほど〟しかない。東日本大震災の被災者は50万人ぐらい。一人1,000万円ずつ配っても5兆円である。何十兆円もの復興予算はおかしい。将来の街作りよりも、被災者個人に直接、お金を配った方が良いもっとも迅速で安上がりで効果的な支援策となる。
著者は経済企画庁、外務省、内閣府、早稲田大学教授、日銀審議官など経済政策の専門家。本書は東北大震災の翌年に出版されたものであるが、内容の指摘は10年後になって、正しさが証明された。
◆復興になってない復興事業
高台に集団移転するために造成し、上下水道、道路などインフラ整備する。ところが維持管理費が以前の1.5倍となる。被災地域は元々人口減少していた。結局、できたものの希望者が少ない。人口減少を前提としてインフラをコンパクトに再建すべきであった。
◆時間かかりすぎ
復興事業はお金とともに時間がかかる。東北大震災で被害が激甚だった地域は、農業と漁業と観光が中心産業だった。個人の生産手段や住宅の復旧を援助すれば、素早い復旧が可能だった。復興で大事なのはスピードである。何年もかかれば、人は仕事のある場所に移動してしまい、地場産業を復興することはできなくなる。
復興が遅れるのは、復興と関係のないことをしようとするからだ。補助金が来るからと大規模な開発計画を復興計画の中に滑り込ませた。被災した自治体は、新産業の創出や再生可能エネルギーを活用するエコタウンの形成などを復興計画として予算をつぎこんだ。それは復旧・復興策とは別のものである。
◆予算流用
莫大な復興資金は被災地外での全国防災対策費となっている。復興予算のはずが、被災地外へのものだと予算流用である。例えば被災地以外の雇用対策費1,000億円で、「ウミガメの保護観察」や「ご当地アイドルのイベント」など震災と関係のない仕事ばかりを用意し、被災者が雇用されたのは3%しかなかった。
復興予算の一部は、被災地と関係の薄い企業などへの補助金だけでなく、省庁が委託する公益法人の基金管理費としても少なからぬ額が支出されてきた。莫大な予算は「利権」を作り出す。カネの匂いに人が群がる。惨事便乗ビジネスで大儲けする。他人が不幸になれば儲かるのである。
◆工事は必ず長引く
大型公共工事は必ず予定より長引く。工事は地元に金がばら撒かれることでもある。それゆえ完成したとたん、地域住民は政府のいうことに従う動機を失う。早期に要求を実現してしまうと、与党政治家への後の支援が弱まる。票田を維持するための利益誘導政策として、大型公共事業があるとも言える。選挙で有利になるからだ。政治家も官僚も公共事業によって、人々を政治に依存させようとしている。長引くことは、実は意図的なものである。
書評2 東日本大震災の悲惨な状況に接すれば誰でも心を痛め、復興のために自分もできることをやらなければならないという気になる。増税も甘受し、できる範囲でボランティアも寄付もする。なるべく被災地の商品を買い、支援したくなる。これが人情。しかし、シロアリがそこに。復興にも合理性が必要。著者の言説は企画庁時代から見聞きしているが、経済学の原理に立脚した論理的な着眼点とぶれない姿勢は傾聴に値する。「被害総額は増税が必要なほどでない」とか「宮城県のワルノリ」とか感情的反発を招くような指摘は、反論すべき立場にいる政策担当者こそ読むべきだと思う。こうした指摘にまともに答えられないなら、政策決定過程にいるべきでない。詳細には個人的に異論反論ないわけではないが、二年経ってもまともな復興が進まない事態を、民主党を罵倒したり、新たに政権党に復帰した自民党に期待しても無駄である。神戸の震災後、長田区に立派なシャッター通りを造り、一人当たり4000万円かけて奥尻島に致命的な過疎化を招いた責任を誰に問うべきなのか。後藤新平の名前をあれだけ多くの「有識者」が語りながら、歴史からの教訓を現実の政策決定過程に役立てられないのは、こうした「過激な指摘」に真面目に対応できていないからだ。被災地において心痛める人、本書を数ページ読んで反論したくなる人にこそ、この本を読んでもらいたいと願う。
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