*

デジタル化と人流・観光(1)

公開日: : 最終更新日:2021/08/05 出版・講義資料

通信の秘密が大日本帝国憲法及び日本国憲法に規定されていることもあり、長らく電気通信事業は逓信省、運輸通信省、日本電信電話公社による国家独占事業であった。その後、大型コンピュータの共同使用等の必要性から、国鉄のみどりの窓口に代表されるデータ通信サービスの進展とともに、電気通信回線の開放が段階的に行われることとなった。ヤマト運輸は、単純なメッセージスィッチングを行わない場合に認められた第一次通信回線の開放時から、郵政省の電気通信の実験事業に参加し、宅急便事業の高度化に備えていた。大手旅行会社、民鉄も国鉄との間の通信設備の端末利用が可能となっていた。旧運輸省の場合は、国鉄の鉄道電話を省内間通信に使用すること(乙・乙通信)が黙認されていた。1970年代半ば、筆者が鉄道監督局在職時に、国鉄の鐡道電話回線に運輸省のファックス設備をつなげる策を郵政省に相談したところ、一般公衆回線でもまだファックスが普及していなかったこともあり、黙認はできないといわれたことを思い出す。なお、ヤマトは宅急便と同時に、ヤマトブックサービスも始めていた。Amazonに先立つこと15年以上前のことであったが、日本の書籍販売業界の旧来のビジネスモデルの壁が厚かったのか、大きくは成長せず、逆に日本社会はアマゾンに席巻されてしまったようである。現在、AmazonのKindleサービスは、廉価な個人出版事業まで手掛けているから、再販価格維持による出版文化の保護以上に、出版文化に貢献している。筆者の『人流・観光学概論』は定価一ドルで出版でき、恩恵にあずかっている。書籍コードの登録も不必要で簡便である。駅ターミナル周辺に集積している書店も、自宅のパソコンやテレビスクリーンから書籍ホッピングができる日もそれほど遠くないとすれば、消滅するであろう。「売らんかな」の活字が躍る消耗品的書籍類の社会的存在意義も早晩なくなるのであろう。

国鉄民営化、郵政民営化に先立ち、電気通信事業の民営化が実施された。電気通信事業法の法案作成時、筆者は同法案に関する運輸省での法令協議の窓口をしていた。民間開放される情報行政に関する郵政・通産省での所管論議の中で、運輸に関する情報行政は運輸省所管であることを制度上確認することが最重要事項であった。旅行業や交通運輸業の将来も情報産業への脱皮にかかっていると思ったからである。また、通信技術者は電電公社に次いで国鉄(鉄道通信)に多く存在したのであり、国鉄分割民営化時にも、鉄道通信会社(のちの日本テレコム、現在のソフトバンク)が設立された事情もこのことによる。

郵政省と運輸省の行政幹部の打ち合わせのなかで、当時争点となっていた情報処理と通信処理の概念について、通信処理は郵政省所管行政とし、運輸に関する情報処理は運輸省所管行政とする合意を行ったのであるが、旧通産省は、通信処理と情報処理の概念区分を認めない対応であった。といって、当時の通産行政において、特許(ソフトウェア)行政よりも情報処理機器製造産業行政にウェイトのあった時代であり、コンピュータソフトウェアの具体的な行政は、その後著作権法の体系の中で取り扱われることとなった。

第二次通信回線の開放時のはやり言葉がVAN(value added network)である。運輸省も観念的な所管問題は主張できたが、国鉄やヤマト運輸のような会社を除き、実体を伴わないものであり、旅客運送業界や観光業界の関心の低さにはがっかりしたものである。当時の数量規制を前提とする運輸規制産業においては、保有する物理的設備に関する関心が高く、行政の関心もそちらに目が向いてしまう。現場の運輸行政も運行情報等を提出させるだけにとどまり、その情報を利用者に還元する発想が全くなかった。辛うじて全国の運行情報を一冊の本に集約するJTBの時刻表が存在し、その印刷が大手印刷会社の電算写植で行われるようになっていたから、今日のyahoo等のサービスが提供できる力は保有していたのであるが、JTBからのビジネスモデル構築の発想は生まれなかった。鉄道やバス・タクシー業等は、利用者情報を集積できる立場にあり、今日のGoogleのような潜在力があったのであるが、それを活用する発想を持つ人が、JR東のスイカ等を除き、経営者には極めて少なかったのである。

菅内閣の目玉がハンコ廃止とデジタル化である。中国や欧米から見れば今頃何故という感覚であろう。ハンコ廃止に先立つこと2000年当時、既にドキュメントレス化が政策課題になっていた。米国からの強い要請が発端となり、旅行業法等も対面接触が回避できるように法律改正が行われたが、これを活用したのは、後発の旅行会社であった。スマホの登場とともに、海外の人流版NVOCC(Non-Vessel Operating Common Carrier、詳しくは次回記述予定)に席巻されることとなってしまった。筆者が『モバイル交通革命』で提示した図にあるように、2000年頃に電子申請を推進すれば、否が応でも商品の情報化が進み、今日のデジタル後進国にはならなかったかもしれないが、地方運輸局の必要性も大きく低下したかもしれない。コロナ禍、対面接触回避が課題となっているが、その対応策は電気通信事業法の制定時から準備されていたのである。

添付

関連記事

「世界最終戦論」石原莞爾

石原莞爾の『世界最終戦論』が含まれている『戦略論体系⑩石原莞爾』を港区図書館で借りて読んだ。同書の

記事を読む

『旅行契約の実務』  鈴木尉久著2021年 民事法研究会発行

 旅行業法の解釈について、弁護士でもある鈴木教授がどのような見解を持っておられるかと本書を図書館で

記事を読む

人口減少の掛け声に対する違和感と 西田正規著『人類史のなかの定住革命』めも

多くの田舎が人口減少を唱える。本気で心配しているかは別として、政治問題にしている。しかし、人口減少と

記事を読む

鬼畜米英が始まったのは、1944年からの現象 岩波ブックレット「日本人の歴史認識と東京裁判」吉田裕著

靖国神社情報交換会に参加した。歴史認識は重要な観光資源であるとする私の考えに共鳴されたメンバーの

記事を読む

戦略論体系⑩石原莞爾(facebook2021年5月23日投稿文)「極限まで行くと、戦争はなくなるが、闘争心はなくならないので、国家単位の対立がなくなるという。」

石原莞爾の『世界最終戦論』が含まれている『戦略論体系⑩石原莞爾』を港区図書館で借りて読んだ。同書の存

記事を読む

『ニッポンを蝕む全体主義』適菜収

本書は、安倍元総理殺害の前に出版されているから、その分、財界の下請け、属国化をおねだりした日本、

記事を読む

no image

Quora Covid-19の死亡者はアメリカが27.9万人、日本が2210人 (12/06現在) です。日本では医療崩壊の危険が差し迫っているとの報道がありますが、アメリカに比べて医療体制が貧弱なのでしょうか?

12月16日現在、アメリカでの死亡者数は約30万4千人、そして日本での死亡者数は2600名足らずで

記事を読む

『音楽好きな脳』レヴィティン 『変化の旋律』エリザベス・タターン

キューバをはじめ駆け足でカリブ海の一部を回ってきて、音楽と観光について改めて認識を深めることができた

記事を読む

『総選挙はこのようにして始まった』稲田雅洋著 天皇制の下での議会は一部の金持ちや地主が議員になっていたという通説が実証的に覆されている。いわば「勝手連」のような庶民が、志ある有能な人物(国税15円を納める資力のない者)をどのような工夫で議員に押し立てたかを資料に基づいて丹念にドキュメンタリー風に解説

学校で教えられた事と大分違っていた。1890(明治23)年の第一回総選挙で当選して衆議院議員にな

記事を読む

『「食糧危機」をあおってはいけない』2009年 川島博之著 文芸春秋社 穀物価格の高騰は金融現象

コロナで飲食店が苦境に陥っているが、平時には、財政措置を引き出すためもあり、時折食糧危機論が繰り返

記事を読む

no image
ロシア旅行の前の、携帯wifi準備

https://tanakanews.com/251206rutrav

no image
ロシア旅行 田中宇

https://tanakanews.com/251205crimea

no image
2025年11月25日 地球落穂ひろいの旅 サンチアゴ再訪

no image
2025.11月24日 地球落穂ひろいの旅 南極旅行の基地・ウシュアイア ヴィーグル水道

アルゼンチンは、2014年1月に国連加盟国58番目の国としてブエノスア

no image
2025年11月23日 地球落穂ひろいの旅 マゼラン海峡

プンタアレナスからウシュアイアまでBIZBUSで移動。8時にPUQを出

→もっと見る

PAGE TOP ↑