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『天安門事件を目撃した日本人たち』

天安門事件に関する「藪の中」の一部。日本人だけの見方。中国人や米国人等が作成した同じような書籍があれば、さらに面白いのであろう。その日本人の見方の中で、藪の中になりかける点は八木信人氏の文章であろう。あとは基調として欧米メディアの視点に近い。趙紫陽氏等の路線が継続して、私が経験した全共闘運動のような事態になった場合、米国諜報機関、ソ連諜報機関等が、南米やイラン、チベット指導者等に行ったような活動等を行うことは十分に考えられることであり、

Amazonの紹介文「中国現代史の転換点となった1989年6月の天安門事件に際し、当時北京にいた日本人は何を考え、何を見て、いかに行動したのか。事件から30年が経ち、関係者の多くが一線を退き引退しつつつあるいま、支障なく証言することがようやく可能となった。天安門事件を契機に中国が世界第2位の経済大国にのし上がった今こそ、次世代に語り継いでおきたい事件の秘話・個人の体験を、永久保存版として残す。」

第I部 あの日、広場で見たものは

1 あの夜、戒厳軍はこう動いた(笠原直樹)
2 デモ鎮圧の視点から見た天安門の激戦(南 隆)
3 暴力の真空地帯だった天安門広場(永持裕紀)
4 銃弾の下を潜り抜けて(安田 淳)
5 学生の行動を追い続けた私の記録(野崎伸一)
6 鄧小平は「功績七割、誤り三割」(荒井利明)
7 中国民主化の火は消えず(信太謙三)
8 わが家の事件観察記(今井理之)

第II部 銃声と混乱の中で

9 中国共産党の噓(坂田完治)
10 あれから三〇年(森 武生)
11 風声鶴唳におののく勿れ(浅川秀二)
12 中国の運命を賭ける分水嶺(中藤隆之)
13 燃えた軍用車の謎(渡辺真純)
14 軍の銃撃に遭遇した北京脱出行(三好賢治)
15 “ファシスト! “と叫んだ涙の群衆(濱本良一)
16 語り伝えることが私の責務(諏訪一幸)
17 「戦車男(タンクマン)」を盗(と)れ(中林利数)
18 「戦車男」と義勇軍行進曲(田村宏嗣)
19 私が目撃した天安門蜂起(デイビッド・ホーリー)
20 天安門日誌(一九八九年四月一五日~六月六日)(足立誠之)

第III部 事件を見つめて思う

21 天安門の怒濤に直面した日本国大使(中島敏次郎)

22 中国で生まれ育った私の見方(電通北京事務所長 八木信人)

事件収拾__党の判断は正しかった  何をもって保守派改革派なのだろうか 最高指導部内部において、経済建設、政治改革などについて意見の違いが生じたのであり、それがそのまま大衆に広がり、あのようなことになった。これは当時の党指導部に責任があると思うが、私は日本人なので無責任にあれこれ、中国のことはいえない。今日の中国の発展を見れば、中国共産党の指導部の判断は間違ってはいなかったと思う。


23 方励之と柴玲(高橋茂男)
24 黄順興――戒厳令の解除を目指した台湾出身議会人(松尾康憲)
25 究極のリスクで得た教訓(桑田良望)
26 私が体験した「官倒」の世界(杉野光男)
27 再会を喜び合った北京日本人学校の児童・生徒たち(髙橋 豊)
28 天安門事件の主役たちの思い出(泉喜久男)
29 事件発生前に北京を脱出していた米国人親子(ケイコ・エイブラムズ)
30 外交カードだった外国保険会社への営業認可(伊藤 博)
31 天安門事件“一九八八年版”を知っていますか(小竹一彰)
32 広場の変遷三〇年(渡辺浩平)
33 北京協和病院で見た負傷の母子(濱本なほ子)
34 悪寒走った天安門広場(斧ナツヱ)

第IV部 危機に直面して

35 “奇跡のハンドリング”と呼ばれて(尾坂雅康)
36 松下幸之助と鄧小平の約束(青木俊一郎)
37 邦人救出に参加して(福井 一)
38 事件が促した巨額の対中民間協調融資(大久保勲)
39 北京脱出記(宮寺征人)
40 水上勉が描いた北京の「蟻」たち(加藤千洋)
41 北京市民の不満を昇華――話劇「茶館」(小竹眞理)
42 天安門で得た私の危機対処法(遠藤 滋)
43 事件第二の舞台だった香港(武田一顕)
44 忘れられぬ黒い喪章の香港青年(櫻井澄夫)
45 『北京かわら版』に載った事件の記録(櫻井澄夫)

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