『1964 東京ブラックホール』貴志謙介
公開日:
:
最終更新日:2021/08/05
出版・講義資料
前回の東京五輪の世相を描いた本書を港区図書館で借りて読む。今回のコロナと五輪の関係が薄らぼんやりと想像できる。当時の日本の人口は9700万人、一人当たりGDPは835ドル、世界24位である。25位以下はトリニダート・ドバコ、ギリシャ、ウルグアイと続いていた。個人的にはトリニダートドバコもウルグアイも最近旅行した経験があるが、その後なぜ日本がこれらの国と比べて大きく経済発展したのかは、本書ではベトナム特需に求めている。この時の米国は3753ドルであった。五輪が終わると山陽特殊製鋼の倒産に代表される戦後最悪の深刻な不況に襲われた。戦後初の赤字国債も発行された。世界最大の借金大国の第一歩である。この不況から脱却できたのは前述のとおりベトナム特需のおかげとされている。
前回の五輪時、東京では水洗便所が普及しておらず、糞尿が川から海に流されていた。麻布十番の交差点にある古川も多雨時は汚染水であふれ、世界最大級の汚染都市であった。また東京は感染症のオンパレードで、新聞には「町田の腸チフス29人」「また43人集団赤痢」「都でまた5人死ぬ日本脳炎」のヘッドラインが躍り、さしずめ現代のコロナニュースであった。暮らしに困れば血液を売る人がいた時代であるから、外国人選手からは日本人の輸血を拒否されていた。この時の血液銀行がエイズ被害を拡大したミドリ十字の前身であり、厚生省医療官僚も法的責任を負わされたことが今日の体制に影響している。四日市では工場排気ガス防衛のため、小学校の体育の授業もマスクを着けたまま粉われていた(NHK映像)そうだから五輪とマスクはつきものなのかもしれない。建設現場では毎日10人が転落、NHKの映像にのこされた労災病院は見るものの心を震わせるとあるが、現代の東京は、劣悪な労働条件とされた対象が、出稼ぎ労働者から外国人労働者に変化している。
五輪への国民の関心は低かったと記述。NHK調査では57%が無関心であり、巨額費用の五輪より他のことをすべきという人が6割であったとある。今のコロナと五輪の関係に似ている。6畳一間に家族がごろ寝するアパート暮らしから2DKの公団アパートの抽選に何度もチャレンジする時代であったから仕方がなかった。労働者の3分の1は女性であったが平均賃金は男性の45%であったから、森元五輪会長の女性蔑視発言以前の状態であった。
女子バレー種目が、突然東洋の魔女たる日紡貝塚の選手の知らないところで五輪に加えられた。世界選手権で優勝した大松監督と選手は引退を表明し、世論も支持していたのだが、五輪が近づくにつれ世論やメディアが引退を非難する強硬な論調に変化。現代でもテニスやサッカー等に五輪辞退はあるが、それはアスリートの自信のなせる業であり、超一流の証みたいなものであるから、様変わりしたというより進歩したのであろう。
関連記事
-
「南洋游記」大宅壮一
都立図書館に行き、南洋遊記を検索し、[南方政策を現地に視る 南洋游記」 日本外事協会/編
-
『金融資本市場のフロンティア 東京大学で学ぶFinTech、金融規制、資本市場』に学ぶべきMaaS
本書を読んで、アンバンドリングとリバンドリングという言葉に出会った。金融機能が、テクノロジーが導入
-
『弾丸が変える現代の戦い方』二見龍 照井資規 誠文堂新光社 2018年
本書は、今までほとんど語られてこなかった弾丸と弾道に焦点を当てた元陸上自衛隊幹部と軍事ジャーナリ
-
【ゆっくり解説】【総集編】ガチで眠れなくなる「生物進化」の謎6選を解説/ミッシ ングリンク、収斂進化、系統樹、生命起源【作業用】【睡眠用】
https://youtu.be/ACEmkF1-g88
-
「若者の海外旅行離れ」という 業界人、研究者の思い込み
『「若者の海外旅行離れ」を読み解く:観光行動論からのアプローチ』という法律文化社から出版された書
-
太平洋戦争で日本が使用した総費用がQuoraにでていた
太平洋戦争で、日本が使った総費用はいくらでしょうか?Matsuoka Daichi, 九州大学で経
-
QUARA コロナ対処にあたってWHO非難の理由にWHOの渡航制限反対が挙げられていますが、これをどう思いますか?
渡航制限反対は主に「中国寄りだから」という文脈で語られています。しかし調べてみれば、今回のコロナウ
-
「起業という幻想」白水社 スコット・A・シェーン 職を転々として起業に身をやつす米国人の姿は、産学官が一体になって起業を喧伝する日本社会に一石投じることは間違いない。
マイクロソフトのビル・ゲイツ、アップルを立ち上げたス
-
非言語情報の「痛み」
言語を持たない赤ん坊でも痛みを感じ、母親はその訴えを聞き分けられる。Pain-o-Meter Sc
-
山泰幸『江戸の思想闘争』
社会の発見 社会現象は自然現象と未分離であるとする朱子学に対し、伊藤仁斎は自然現象