『セイビング・ザ・サン リップルウッドと新生銀行の誕生』ジリアン・テット 武井楊一訳
公開日:
:
最終更新日:2021/08/05
出版・講義資料
バブル期の金融問題に関する書籍は数多く出版され、高杉良が長銀をモデルに書いた『小説・ザ・外資』はハゲタカファンド思想で書かれている。これとは対照的に本書は、ファイナンシャルタイムズ東京支社長を2年間務めた30代英国人女性によるもの。本書は、高橋治則イ・アイ・イ社長 大野木克信長銀頭取、八城政基新生銀行頭取の3人を中心に展開されている。高橋氏には、日経新聞の記者に頼まれて、瀬戸大橋開通式に高松出身の義父岩沢靖氏の参加の依頼を受けた時に、その存在をはじめて知った。柿の木坂の自宅に行ったとき、車止めの大きさに驚きどう人かと思ったからである。第二部で“ガイジンの襲来”と恐れられた起業再生ファンドリップルウッドが長銀を買収した舞台裏が描かれている。リスクが多い長銀を引き継ぐには、米国、韓国等での金融の売却に際に知られているロスシェアリングを用い、将来的に資産が不良化した場合に売り手と買い手が応分に負担することを約束することが合理的である。しかし90年代半ばの住専問題でこの流儀を採用して悲惨な結果に終わった日本政府は、のちに激しい批判を浴びた「瑕疵担保条項」を提案した。この仕組みはコストが膨大なものになる可能性があり、日本政府は物事をただただ引き延ばすという風潮だと記述されているが、それはコロナ禍でも変わっていない。第三部では、アメリカ流の経営手法を大幅に取り入れた新生銀行が、「そごうショック」や金融庁との闘いを乗り越えてIPO(新規株式公開)を果たすまでの歩みを検証している。インドの会社が販売するシステムを採用し、米国デルの廉価なコンピュータを購入したおかげで、邦銀が投資する額の10分の1の60億円でITシステムを変えることができた。みずほ銀行がいまだにトラブルを抱えているのとは好対照である。そごうの破たんは私にも現場感覚がある。JR東に出向中、立川の駅ビルに百貨店を設立する業務に携わり、そごう百貨店の人たちにいろいろ教わった経験があるからである。日本の私鉄系百貨店が、鉄道側から破格の賃料より成り立っていることも知った。そごうに瑕疵担保条項を使用することを日本政府は嫌っていた。国民が嫌うからであり、といって放置することも国民は嫌うのである。ハゲタカファンドや竹中平蔵嫌いの風潮は今でも継続している。
関連記事
-
-
『江戸の旅と出版文化』原淳一郎
中世宗教史と異なり近世宗教史の大きな特徴に寺社参詣の大衆化がある。新城常三の「社寺参詣の社会経済史
-
-
『国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶』 (幻冬舎新書) 加谷 珪一
題名にひかれて、三田図書館で借りて読む。表題は営業用に編集者がつけたのであろう。先進国が消費拡大
-
-
『「日本の伝統」の正体』
現在、「伝統」と呼ばれている習慣の多くが明治時代以降に定着したと聞いたら驚く人も多いかもしれない
-
-
『枕草子つづれ織り 清少納言奮闘す』土方洋一 紙が貴重な時代は、日記ではなく公文書
団塊の世代が義務教育時代に学修したことの一部が、その後の研究により覆されている。シジュウカラが言
-
-
QUORAに見る観光資源 マヤ語とは何ですか?
マヤ語とは何ですか? マヤ語の研究を高校生にして大きく押し進め、現在もマヤ文化と考
-
-
希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書) 新書 – 2010/8/17
ピースボートというクルーズ旅行商品があり、かつて週刊誌にその悪評が掲載されたことがある。消費者保護を
-
-
Quora Covid-19の死亡者はアメリカが27.9万人、日本が2210人 (12/06現在) です。日本では医療崩壊の危険が差し迫っているとの報道がありますが、アメリカに比べて医療体制が貧弱なのでしょうか?
12月16日現在、アメリカでの死亡者数は約30万4千人、そして日本での死亡者数は2600名足らずで
-
-
世界人流観光施策風土記 ネットで見つけたチベット論議
立場によってチベットの評価が大きく違うのは仕方がないので、いろいろ読み漁ってみた。 〇 200
-
-
「起業という幻想」白水社 スコット・A・シェーン 職を転々として起業に身をやつす米国人の姿は、産学官が一体になって起業を喧伝する日本社会に一石投じることは間違いない。
マイクロソフトのビル・ゲイツ、アップルを立ち上げたス
-
-
『知の逆転』吉成真由美 NHK出版新書
本書はジャレド・ダイアモンド、ノ―ム・チョムスキー、オリバー・サックス、マービン・ミンスキー、ト
- PREV
- 『1964 東京ブラックホール』貴志謙介
- NEXT
- 『セイヴィング・ザ・サン』 ジリアン・テッド