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『音楽好きな脳』レヴィティン 『変化の旋律』エリザベス・タターン

公開日: : 最終更新日:2023/05/29 出版・講義資料, 脳科学と観光

キューバをはじめ駆け足でカリブ海の一部を回ってきて、音楽と観光について改めて認識を深めることができた。バナナボートに代表されるカリプソについては、アフリカ人奴隷たちがお互いに言葉が通じず、音楽でコミュニケーションをしたのが始まりであるとされるが、後述するように人類の脳は記憶と音楽が結びついている。

サルサ、レゲエ等カリブの音楽は観光資源となっている。

エリザベス・タターンの『変化の旋律』(橋本和也訳)ではパンパシフィックポップス サモア、タヒチの音楽がハワイに影響したとある。観光客の好みに合わせて発展した。

ハワイアン音楽は二百年の間に外部からの計画的な影響を受け続けてきた。1900年に米国の領土となり、1915年に「ワイキキの浜辺」ヘンリー・カイリマイがアメリカ本土で流行した。
まだハワイが独立国、ハワイ王国であった頃、イギリス人から贈られた牛が保護された結果、野放し状態になり、農作物等を荒らすことが問題になっていた。その対策として、当時のハワイ国王カメハメハ三世は、アメリカ大陸メキシコよりバケルーと呼ばれるカウボーイ達をハワイに招聘し、ハワイの人たちにカウボーイ教育を受けさせた。1832年のこと。カウボーイ教育カリキュラムが終わり、大陸のカウボーイ達は帰って行たが、彼らの置き土産ギターという楽器。自分達が心地よく感じる音にシンプルに調弦してみたのです。その調弦方法は従来の方法よりも弦の張りがゆるい状態に合わせられていました その調弦で自分達のなじみのある音楽を奏で始めましたスラッキー(スラック・キー/slack key:ゆるい調子)という名前の由来です その音楽は当時アメリカ人に大変好まれていたジャズのエッセンスも取り入れられ、それにハワイで生まれた楽器であるウクレレやスチール・ギターが演奏に使われ、アメリカ人達の南国の楽園ハワイへの思いを盛り上げました。

ウクレレはハワイの楽器。しかし、その源流は明らかにヨーロッパにある。19世紀後半、ウクレレはポルトガルからはるか海を越えてハワイにやってきた。それぞれの職人が改良を重ね、マニュエル・ヌネスが「NUNES UKULELE」を立ち上げるなど、ハワイ独自の楽器「UKULELE(ウクレレ)」として確立して行きました。
その後、1911年にクマラエがウクレレの生産を始め、1915年のサンフランシスコで開催された「パナマ太平洋博覧会」でクマエウクレレが金賞となり、アメリカにもウクレレが渡りハワイアンブームが起きていき
ウクレレ、スティールギター
ティン・パン・アレー(Tin Pan Alley)は、もともとはアメリカ合衆国ニューヨーク市マンハッタンの28丁目のブロードウェイと6番街に挟まれた一角の呼称である。ジョージ・ガーシュウィンは、15歳頃、ティン・パン・アレーで楽譜を客に試演する仕事をしていた。当時レコードはまだ高価だったため、楽譜を買いに来た客に試演をして聞かせていたのである。
ハワイを見れば見るほどニューヨークが好きになる」
そしてタヒチアンダンスもハワイアンダンスも違いが認識されなくなっていった

タヒチ  ヴーガンビルの探検日誌 (ブーガンヴィルに因んで)ブーゲンビリアと名付けられることになる花ブーガンヴィルは、後に彼の名を冠されることになる島(ブーゲンヴィル島)を探検し。1771年に『世界周航記』を出版、その中で、硫黄のにおいのする、「ポリネシアの天国(パラディ=ポリネシエン)」についての神話を喚起している。この本は、自然と共に生きて所有の観念に毒されていない「高貴な未開人」の土地が海の彼方に実在するという印象をヨーロッパの知識人層に与え、大きな反響を呼んだ。

「カヌーは女たちで一杯であったが、顔かたちの魅力では、ヨーロッパ女性の大多数にひけを 取らず、身体の美しさでは、彼女らすべてに張り合って勝つことができるであろうと思われた。 これらの水の精の大部分は裸だった。というのは、彼女らに同伴している男や老女たちが、彼女 らがいつもは身にまとっている腰布を脱がせてしまっていたからである。彼女らは、はじめ、カ ヌーの中から我々に媚態を示したが、そこには、彼女らの素朴さにもかかわらず、いささかの恥 じらいが見て取れた。あるいは、自然が、どこでも、この性を生まれながらの臆病さでより美し くしているのであろうか。あるいはまた、なお黄金時代の純朴さが支配している地方において も、女性はもっとも望んでいることを望まぬように見えるものだろうか。男たちは、もっと単 純、あるいはより大胆で、やがて、はっきりと口に出した。彼らは、我々に、一人の女性を選 び、彼女について陸に行くように迫った。そして、彼らの誤解の余地のない身ぶりは、彼女らと どのように付き合えばいいのかはっきり示していた。(山本・中川訳『ブーカンヴィル 世界周 遊記』(岩波書店 1990年)192-3頁)」

欧州中に広まる「先入観」を与える 南太平洋の一般的イメージになり、ハワイにも影響 タヒチアンダンスを採用

音楽好きな脳―人はなぜ音楽に夢中になるのか

胎児は視覚、聴覚等の感覚器官が未分離の状態でも外部の刺激に反応している。音楽と身振りが連動する。

脳のそれぞれの部位には役割が決まっていて、大まかに言えば左脳は言語処理や計算能力、右脳はイメージを司ると言われている。人が音楽を聴くとき、その刺激は脳の様々な部位を活性化し、脳の中でも最も原始的な感情、時間感覚などを司るとされる小脳にたどりつく。つまり、音楽の重要な要素である音の時間変化は、原始的な感情と結びつきやすい刺激なのである。

脳の各箇所に障害のある患者に音楽を聞かせ、脳の活性化部位を逐一スキャンして調べるという気の遠くなる調査が行われている。音が振動であるなら、鼓膜の中でその振動を整理して統合する必要がある。
記憶はニューロンのグループによってコード化され、それらが正しい値に設定されて一定の方法で構成されると、記憶が呼び戻されて、心の劇場で再生される。思い出したくても思い出せない壁があるのは、それが記憶に「保管」されていないからではない。問題は、該当する記憶に辿り着く正しい手がかりが見つからず、神経回路を適切に構成できないことにある。(p.211)
記憶は手がかりとなる情報をもとに構成され、再生される。記憶する時に手がかりをたくさん作れば記憶し易い。

記憶は音楽を聴くという経験に、あまりにも深淵な影響を与えるため、記憶がなければ音楽は無いと言っても過言ではない。・・・(中略)・・・音楽は、私たちが聴いたばかりの音を記憶に蓄え、それを耳から入ってきている音と関連づけることで、成り立っている。(p.212)
音楽ってなんとなく耳にしているだけで覚えてることが多い。あーこれ聴いたことあるわー的な。私たちがある曲を好きになるのは、以前に聴いた別の曲を連想し、それが人生の感傷的な思い出にまつわる記憶痕跡を活性化させるからだ。(p.245)
音楽=思い出???
私たちは友達と同じ音楽を聞く。若くて、自己を確立しようともがいている間ならなおさら、自分と同じようになりたい人、どこか共通点があると感じられる人と、社会的な集団を作って絆を結ぶ。その絆を具体的に表す方法として、同じような服装をし、一緒に活動し、同じ音楽を聞く。自分のグループはこんな音楽を聴いているけれど、あいつらはあんな音楽を聴いている。こうして、音楽は社会的な結びつき社会行動の結束を強める働きをするという、進化論的な考え方につながっていく。音楽と音楽の好みは個人とグループのアイデンティティーを表し、それぞれを区別する目印となりえるのだ。(p.294)
音楽は個人・グループの社会的なアイデンティティの役割を果たす。
小さい子どもたちは、二歳までに自分の属する文化の音楽を聞きたがるようになるが、それは話すという特別な処理を発達させ始める時期と重なる。

ロシア人患者のSは、記憶喪失症の逆の記憶増進症で、何もかも忘れてしまうのではなく、何もかも記憶してしまった。そして、ひとりの人がいろいろに見える姿が、同じ人のものだと認識できなかった。

最も驚いたのは、音楽の構造を追うときに活動することがわかった左半球の領域は、耳の不自由な人が手話で会話するときに活動する領域と、まったく同じだった点だ。

科学には、私たちが好きだと感じる音楽をなぜ好きかについて、言うことがあるらしい。そしてその話は、ニューロンと音符とが見せる相互作用の、もうひとつの興味深い側面を明らかにしてくれる。

人間の脳と、人間が使っている音階とは、共進化してきたと言える。長音階の音符が均整のとれていないおかしな配置になっているのは、偶然ではない。この配置のほうがメロディーを覚えるのが簡単で、それは音の発生に関する物的な現象から導かれた結論だったのだ。私たちが長音階で使っている音のピッチは、倍音列を構成している音のピッチは、倍音列を構成している音のピッチに非常に近い。ほとんどの子どもたちは生まれて間もないころから自然に声を出し始め、そうした初期の発声はまるで歌っているように聞こえる。赤ちゃんは自分の声の範囲を探り、まわりの世界から取り入れる音に応えながら、発音する方法を探る。赤ちゃんの耳にたくさんの音楽が届けば届くほど、自然に起こる発声に含まれるピッチやリズムのバリエーションは増えていくだろう。
何歳になっても新しい音楽を好きになれるようには思えるが、大多数の人の好みは18歳か20歳までに固まる。なぜかはまだはっきりしていないものの、いくつかの研究によって実証されてきた。人は敏を重ねるにつれ、どちらかというと新しい経験の影響を受けにくくなっていくのが、その理由のひとつだろう。私たちは十代の間に、違う考え方、違う文化、違う人たちの世界が存在することに気づき始める。そして自分の人生や個性、あるいは決意を、親から教えられたことや育ってきた道に閉じ込めなくてすむよう、違う考え方を試して見る。同じようにして、新しい種類の音楽を探す。とくに西欧の文化では、どんな音楽を選ぶかは社会的に大きな意味を持つ。私たちは友だちと同じ音楽を聴く。若くて、自己を確立しようともがいている間ならなおさら、自分も同じようになりたい人、どこかに共通点があると感じられる人と、社会的な集団を作って絆を結ぶ。その絆を結ぶ。その絆を具体的に表す方法として、同じような服装をし、いっしょに活動し、同じ音楽を聴く。自分のグループはこんな音楽を聴いているけど、あいつらはあんな音楽を聴いている。こうして、音楽は社会的な結びつきや社会行動の結束を強める働きをするという進化論的な考え方につながっていく。音楽と音楽の好みは個人とグループのアイデンティティーを表わし、それぞれ区別する目印になるのだ。好きな音楽はその人の個性とつながりがある、その人の個性を表わしていると、ある程度までは言っていいだろう。それでも大体の場合、そうした好みは多かれ少なかれ偶然の要素に導かれて決まるものだ─どこで学校に通ったか、誰と仲良くしていたか、そしてその仲間がどんな音楽を聴いていたのかが大きく影響する。
音楽の単純さと複雑さのバランスも、好みの要因になる。さまざまな芸術分野─絵画、詩、ダンス、音楽─の好き嫌いに関する科学的研究によれば、芸術作品の複雑さとそれを好きになる程度の間には、規則的な関係がある。複雑さというのは、もちろんまったく主観的な概念になる。この概念をきちんと理解するには、ある人にとっては計り知れない程複雑に思えるものが、別の人の好みにピッタリはまることがあるかもしれないのを、知っておく必要がある。同じように、誰かがおそろしく単純で味気ないと思ったものを、別の人は難しくて理解できないと感じるかもしれない。それはひとりひとりの経歴、経験、理解力、認知のスキーマの違いによるものだ。ある意味ではスキーマが最も大切になる。それは私たちの理解力の枠組みを作るもので、その体系の中に、ある芸術作品の要素やそれに対する解釈を当てはめていく。スキーマは人が持っている認知モデルと期待に関する情報を伝える。あるスキーマを持っていれば、マーラーの第5番は完全に解釈できるもので、たとえ生まれて初めて聞いた場合でも大丈夫だ。それは交響曲であり、四楽章をもつ交響曲の形式に従っている.メインテーマとサブテーマをもち、テーマの反復がある。テーマはオーケストラの楽器によって奏でられ、アフリカのトーキングドラムやファズベースは使われない。マーラーの交響曲第4番を聴きなれている人は、第5番が同じテーマの変奏で始まり、ピッチまで同じだと分かる。マーラーの作品に詳しい人は、この作曲家が自分の作曲した三つの歌曲から、曲調の一部をこの交響曲に取り入れているのが分かる。音楽教育を受けた聴き手なら、ハイドンからブラームス、ブルックナーに至るほとんどの交響曲で、通常は始まりと終わりが同じ調性あることに気づく。マーラーは第5番でこの慣習を破り、嬰ハ短調で始め、イ短調を経てから、最後をニ長調で締めくくった。交響曲の進行とともに調性を追うことを学んでいなければ、あるいは交響曲の標準的な軌跡を知っていなければ、このことは意味がない。しかし、年季の入った聴き手にとっては、この慣習の無視は満足感を伴う驚きをもたらし、期待を裏切る。調性の変更が耳ざわりにならない巧みな演奏なら、なおさら素晴らしい。ところが、適切な交響曲のスキーマをもっていない聴き手、あるいは別のスキーマ、インドのラーガの熱烈なファンというようなスキーマをもっている聴き手にとっては、マーラーの第5番は意味のない、またはとりとめのない音楽で、ひとつの音楽的意図が、始まりや終わりの境界もなしに次のものと曖昧に混ざり合って、まとまりのある全体をなしているにすぎない。スキーマは、私たちの知覚の、認知処理の、最終的には私たちの経験の、枠組みをつくる。曲が単純すぎれば、つまらないものに見えてしまい、あまり好まれない。複雑すぎても、今度は理解できなくて、やっぱり好まれない傾向がある─私たちにはそれが、何かよく知っているものに根ざしていると感じられないからだ。音楽は、ついでに言うならどんな芸術も、好まれるためには単純さと複雑さのバランスをうまくとっていなければならない。単純さと複雑さは知っているかどうかに関係し、知っているかどうかは、スキーマの別名にすぎない。
私たちの音楽の好みはほかの好みと同様に、以前の経験と、その経験の結果がよかったか悪かったかによっても影響される。心地よいと感じるサウンド、リズム、音楽的味わいの種類は、人生における音楽的体験のなかでプラスの要素をもった経験の延長であることが多い。好きな曲を聴くことは、ほかの心地よい感覚経験とよく似ているからだ。チョコレートや摘みたてのラズベリーを食べる、朝のコーヒーの香りを嗅ぐ、芸術作品や、愛する者が眠る平和な顔を見るなど、心地よい感覚経験はいろいろある。その感覚経験を楽しむと、よく知っている感覚と、よく知っていることがもたらす安全に、心地よさを覚える。私は熟したラズベリーを見て香りを嗅ぐだけで、おいしいであろうことも、食べても安全でお腹をこわしたりしないことも、予想できる。ローガンベリーをはじめて見たときにも、ラズベリーとよく似ているので、食べてみようと思い、安全だろうと予想できる。安全なことは、多くの人が音楽を選ぶ際のポイントだ。私たちは聴いている音楽に、ある程度まで身をゆだねることになる。作曲家と演奏家を信頼して、自分の心を許すことになるのだ─音楽は自分自身を、どこか外の世界に連れ出してしまう。素晴らしい音楽が自分をもっと大きい何かに、他の人々に、あるいは神に結びつけてくれると感じる人は多い。音楽が感情をどこか超越したところに連れこんでくれないとしても、いやな気分を一新することはできる。そういうときには、誰にも隙を見せたくない、心の鎧をはずしたくないと感じているものだ。もし演奏家と作曲家が安全な気持ちにさせてくれるなら、心を許す気持ちになる。偉大な作曲家の音楽を聴くとき、私はどこかでその作曲家と一体になるような、または作曲家の一部を自分の中に引き入れるような、そんな気持ちになる。このような聴き手の脆弱さ、すべてをゆだねる感覚は、この40年間、ロックやポップ音楽ではおなじみの光景だ。これでポップ・ミュージックを取り巻くファンの説明がつく。私たちはミュージシャンに、感情をゆだね、時には生き方までまかせてしまう。ミュージシャンは私たちの気分を高揚させ、落ち込ませ、安らぎをもたらし、閃きを与える。ほかに誰もいない私たちの居間や寝室にも、自由に入ってくる。そして私たちは彼らを、直接、イヤフォンで、ヘッドフォンで、耳の中にまで招き入れ、その間は世界じゅうのほかの誰とも話をしない。赤の他人にここまで身をさらけ出すことなど、そうそうあることではない。それに対して、好きなミュージシャンには進んで自分自身をさらけ出してしまう理由のひとつは、ミュージシャンのほうが私たちに自分をさらけ出してくることにある。(作品を通してわが身の弱さを伝える─実際に弱いのか、またはただ芸術的に表現しているのかの区別は、ここでは重要ではない)芸術の力は、私たちを互いに結びつけ、また生きていることの意味、人間であることの意味についての、もっと大きい真実へと結びつけることにある。アーティストとのつながり、またはアーティストが支持していることへのつながりは、こうして音楽を好きになるひとつの要因となる。
私たちは音楽を聴くことによって、音楽のジャンルや形式に関するスキーマを作り上げている。何気なく耳に入ってきているだけでも、とくに音楽を分析しようと思わなくていい。ごく幼いころから、人は自分の文化の音楽で決められた、正しい音の動きを知っている。やがて生まれる音楽の好き嫌いは、たいていの場合、子どものころ耳にした音楽によって出来上がった認知スキーマの種類で決まってくる。ただし必ずしも、子どもの頃聴く音楽によって人生を通した音楽の好みが決まってしまうという意味ではない。多くの人々は異なる文化や様式の音楽を聴いたり学んだりして、それに同化していくとともに、スキーマも身に付けていく。重要なのは、私たちの幼いころの音楽とのふれあいは心の最も奥深いに根をおろすことが多く、将来にわたって音楽を理解していく土台になるという点だ。音楽の好みには社会的な要素も大きく影響し、歌手や音楽家についての知識、家族や友だちが何を好きかという知識、そしてその曲が何を支持しているかという知識に左右される。歴史的に見て、とくに進化的に見て、音楽は社会活動に関わりをもってきた。最も多い音楽表現がラブソングであること、そしてほとんどの人のお気に入りにラブソングが入っているのは、そんな理由かもしれない。

私たちの身の回りの世界に対する理解は、まず特定の個々のもの(人、木、曲)から始まる。そして周囲と関わる経験を通し、それらの特定のものを脳内でほとんど例外なく、あるカテゴリーのメンバーとして処理する。ロジャー・シェパードは、これまでここで考えてきたこと全体の一般的な問題を、進化の観点から説明した。すべての高等動物は、外面と事実について、三つの基本的な問題を解決する必要があるとシェパードは言う。生き延び、食べられる物と水と隠れ家を見つけ、捕食者から逃げ、子孫を残すために、生き物は三つのシナリオに対応しなければならない。第一に、二つのものがそっくりに感じられるときでも、それらは本質的に別のもののことがある。鼓膜、網膜、味蕾、触覚センサーに同じパターン、またはほとんど同じパターンの刺激を与えても、それぞれ違うものかもしれない。木になっているのが見えるリンゴの実は、今、この手にあるリンゴとは違う。交響曲から流れてくるヴァイオリンの音色は、すべてのヴァイオリンが同じ音符を演奏していても、何挺もの異なる楽器の音が集まったものだ。第二に、二つのものが異なっているように感じられるときでも、それらは本質的に同じもののことがある。ひとつのリンゴを上から見るのと横から見るのとでは、まったく違って見える。正しく認知するためには、このような別々の見え方を、筋の通ったひとつのものの表現にまとめあげられる計算体系が必要となる。感覚受容器が、重なり合わないまったく別々の活性化パターンを受け取っても、私たちはそのものの統一された表現を作り上げるのに欠かせない情報を抜き出さなければならない。私は、いつも話をする友だちの声を両耳で聞き慣れているかもしれないが、電話を通して声を聞いたときにも、片方の耳で、それが同じ人物だとわかる必要がある。外面と事実についての第三の問題には、さらに高次元の認知プロセスが関わっている。第一と第二は近くのプロセスで、ひとつのものにもいくつもの見え方や聞こえ方がある、また、複数のものが(ほとんど)同じ見え方や聞こえ方をすることもあると理解していく。そして第三は、外面が異なるものでも、同じ種類に属しているという考え方だ。これはカテゴリー化の問題で、最も強力で最も高度な原則になる。高等哺乳動物や鳥でも多くは、さらには魚さえ、カテゴリー化する力をもっている。カテゴリー化では、外面の異なるものを同じ種類として扱う。赤いリンゴは青いリンゴと違って見えるかもしれないが、どちらもリンゴだし、私の母親は父親は似ていないが、とぢらも私の保護者で、いざというときには頼れる存在だ。適応行動には、体の感覚器官が受け取った情報を分析できる計算体系が必要で、情報から(1)まわりにあるものや場面の不変の性質と(2)そのものや場面が示している瞬間的な状況を把握しなければならない。レナード・メイヤーは、作曲家、演奏家、聴き手が音楽的な関係の基準となっているきまりごとを内面的に自分のものにし、その結果としてパターンの意味するものを理解して、形式のきまりごとからの逸脱がわかるようになるには、分類が絶対不可欠だとしている。

音楽が基本的な特徴からの変形や歪みにとても強いということだ。曲で使われているピッチを変え(移調)、そのうえテンポと楽器を変えてしまっても、まだ同じ曲だとわかる。音程、音階、さらに長調から短調へ、短調から長調へと調性まで変えることができる。さらに例えばブルーグラスからロックへ、クラシックへとアレンジを変えても、歌は同じままだ。これほど劇的な変化があっても、まだその曲だとわかる。それならば、私たちの脳にある記憶装置は、こうした変形を経ても曲を聞き分けられるようにする何らかの計算式や計算記述を導き出しているように思える。

私たちの音楽の記憶が、階層的にコード化されていることを示すものだ─すべての単語が等しく目立っているわけでも、曲のフレーズのすべての部分が等しい立場をもっているわけでもない。私たちが歌を途中から始められる場所や止められる場所は決まっていて、それは音楽のフレーズに対応している。これも、テープレコーダーとは違う点だ。この階層的なコード化という考え方は、ミュージシャンを対象にした実験によって、別の方法で確認されている。ほとんどのミュージシャンは、よく知っている曲を演奏するにあたって、途中のどこからでも始められるわけではない。ミュージシャンたちは曲を、階層的にフレーズ構造に従って覚えている。音符の集まりが練習の単位となり、小さい単位が集まってもっと大きい単位になり、それが集まってフレーズになり、さらにフレーズが集まってヴァースやコーラスや楽章になり、最後にはすべてが集まってひとつの曲になる。演奏家や歌手に、自然なフレーズの区切りの二、三個前や後の音符から始めるように言っても、普通は無理だろうし、楽譜を読むときでさえ同じことだ。別の実験では、ある音符が曲に出てくるかどうかをミュージシャンに思い出してもらうと、その音符がフレーズの先頭やダウンビートにあるときのほうが、フレーズの中間やウィークビートにあるときより、早く正確に思い出せることがわかった。音符も、その音符が曲にとって「重要な」音符かどうかに応じて、カテゴリーに振り分けられているようだ。素人が歌を歌うとき、曲のすべての音符を記憶しているわけではない。「重要な」音─音楽の訓練を受けなくても、どの音が重要かについては誰もが正確で直観的な感覚をもっている─と音調曲線だけを記憶している。そして歌う時点で、ひとつの音から別の音に進む必要があるのを知っていて、間の抜けている音は個々に覚えずに、その場で埋めていく。この方法によって記憶の負荷は大幅に減り、効率も高まる。
多痕跡記憶モデルは、私たちが曲を聴きながらメロディーの不変の特性だけを抜き出せるという事実を、どのように説明するだろうか?メロディーについて考えてみると、私たちは計算を行っていることは間違いないだろう。絶対値、表現の詳細─ピッチ、リズム、テンポ、音質などの細部─を登録しているほかに、私たちはメロディーの音程や、テンポを除いたリズム情報について、計算しているにちがいないのだ。マギル大学のロバート・ザトーアらの神経画像研究が、これを示唆している。側頭葉の背側(上部)─ちょうど両耳の上あたり─にあるメロディー「計算センター」が、音楽を聴いているときにピッチとピッチの間の音程の差と距離に注意を払い、移調した曲も分かるために必要となる、ピッチを取り除いたメロディーの値だけのテンプレートを作っているらしい。私が行った神経画像研究では、よく知っている曲によってこれらの領域と海馬の両方が活性化する。海馬は脳の中心深くにある構造で、記憶のコード化と取り出しに不可欠であることが知られている。こうしたさまざまな実験結果は、私たちがメロディーに含まれている抽象的な情報と固有の情報のどちらも蓄えていることを示している。これは、感覚に対するあらゆる種類の刺激に共通していると思われる。記憶は文脈も保存するので、多痕跡記憶モデルは、私たちがほとんど忘れかけていた古い記憶を呼び戻すことがあるのも説明できる。通りを歩いていたら、長く嗅いだことのなかった香りが漂ってきて、それがきっかけとなって遠い昔の出来事を思い出したことはないだろうか?または、ラジオから流れてきた古い歌を耳にした途端、心の奥深くに埋もれていた、その歌が流行ったころの思い出が、急に頭に浮かんできたことはないだろうか?こうした現象は、記憶というものの核心に迫るものだ。たいていの人は、アルバムやスクラップブックのように一連の記憶をもっている。友だちや家族に何度も話したエピソードや、苦しいとき、悲しいとき、落ち込んだとき自然に想い浮かぶ過去の経験は、自分が誰なのか、どこからやってきたのかを思い起こさせてくれる。これは自分の記憶のレパートリーで、ミュージシャンのレパートリーや演奏方法を知っている曲のように、何度も再生を繰り返している記憶だと考えることができる。多痕跡記憶モデルに従えば、すべての経験が潜在的に記憶の中でコード化されている。脳の特定の場所に保管されているわけではない。脳は倉庫のようなものではないからだ。記憶はニューロンのグループによってコード化され、それらが正しい値に設定されて一定の方法で構成されると、記憶が呼び戻されて、心の劇場で再生される。思い出したくても思い出せない壁があるのは、それが記憶に「保管」されていないからではない。問題は、該当する記憶にたどり着く正しい手かがリが見つからず、神経回路を適切に構成できないことにある。同じ記憶に何度もたどり着けば着くほど、思い出を呼び戻して回想する回路が活発になり、その記憶を呼び戻すために必要な手がかりを簡単に見つけられるようになる。理論的には、正しい手かがりさえあれば、どんな過去の経験でも思い出せるということだ。多痕跡記憶モデルでは、記憶の痕跡とともに文脈もコード化されていると見なすので、人生を歩みながらことあるごとに耳にしてきた音楽は、それを聞いたときの出来事と組み合わせて保存されている。だから、音楽はあるときの出来事に結びつき、それらの出来事は音楽に結びついている。
記憶は音楽を聴くという経験に、あまりにも深遠な影響を与えるため、記憶がなければ音楽はないと言っても過言ではない。たくさんの理論家や哲学者が言ったように、音楽の土台は繰り返しだ。音楽は、私たちが聞いたばかりの音を記憶に蓄え、それを耳から入ってきている音と関連づけることで、成り立っている。そうした音の集まり(フレーズ)が、変奏や移調という変化を伴って後からもう一度聞こえてくれば、記憶システムが喜ぶと同時に感情センターが刺激される。神経科学者たちはこの10年間で、記憶システムが感情システムにいかに密接にむすびついているかを明らかにしてきた。長いこと哺乳動物の感情の在り処と見なされてきた扁桃体は、海馬のすぐ隣にある。そしてその海馬は長いこと、記憶の呼び戻しではないにしても、記憶の保管に不可欠な構造だと見なされてきた。今では、扁桃体が記憶に関与していることがわかっており、とくに強烈な感情を伴う出来事や記憶によって強く活性化される。私の研究室で行ってきた神経画像の研究ではいつも、扁桃体は音楽に反応して活性化するのに、ただの音や音楽的な音を、でたらめに寄せ集めただけのものには反応しないという結果が出ている。大作曲家によって巧みに作り上げられた繰り返しが、私たちの脳を感情的に満足させ、音楽を聴くという経験をこんなに楽しいものにしているのだ。

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