『創られた伝統』
公開日:
:
最終更新日:2023/05/21
伝統・伝承(嘘も含めて), 出版・講義資料
第一に、全ての「伝統」は歴史の中で恒常的に取捨選択された結果であり、長年の「伝統」であれ、その都度の時代への適応の中で、常に重心の移動が起こっている。第二に、したがって、「伝統」には変えてよいものと変えられるべきでないものとがあり、「伝統」か「新しいもの」かという二分法は否定される。第三に、「伝統」というラベリングにより特定のものを聖域化する発想は思考停止であり、場合によっては差別の温存にもつながりかねない。第四に、その取捨選択の基準は常にその都度の「現在」(政治的、経済的、文化的要因)にある。第五に、どれだけの人に普及していれば「伝統の存続」と言えるのか、はいったん検討されるべきであり、社会には常に相矛盾する無数の「伝統」が並存していると考える方が妥当である。
「伝統」研究の古典としてお勧め。
本書は「創られた伝統」が、1870〜1914年の時期のヨーロッパで大量生産されたという史実を紹介している。そしてその原因として、当時の急激な産業社会化が、為政者に国民同士の連帯感やアイデンティティーの確保について不安を感じさせたことをあげて、社会を安定させようとして試みた様々な工夫が結果的に「伝統」の大量生産になったのだと論じている。考えてみると、この時期は国民国家としての日本が確立した時期にもあたっている。欧米の影響下で急激に日本社会の近代化が進展したが、やはりこの時期に、主として近代天皇制にまつわる様々な伝統が創り出されたことがわかる。それにしても、明治維新以降の近代化に伴なう社会の激変にもかかわらず、社会の安定が大きく損なわれなかったことは、伝統を創る際に参照可能な、豊かで長い日本の歴史があったからこそだと思った。
関連記事
-
-
『ざっくりとわかる宇宙論』竹内薫
物理学的に宇宙を考察すればするほど、この宇宙がいかに特殊で奇妙なものかが明らかになる。マルチバー
-
-
『尖閣諸島の核心』矢吹晋 鳩山由紀夫、野中務氏、田中角栄も尖閣問題棚上げ論を発言
屋島が源平の合戦の舞台にならなければ観光客は誰も関心を持たない。尖閣諸島も血を流してまで得るもの
-
-
『天皇と日本人』ケネス・ルオフ
P114 マイノリティグループへの関心 p.115 皇室と自衛隊 他の国の象徴君主制と大きく
-
-
田岡俊二さんの記事 陸軍は「海軍の方から対米戦争に勝ち目はない、と言ってもらえまいか」と内閣書記官長(今の官房長官)を通じて事前に働きかけた。だが、海軍は「長年、対米戦準備のためとして予算をいただいて来たのに、今さらそんなことは言えません」と断り、日本は勝算のない戦争に突入した。
昔、国際船舶制度の件でお世話になった田岡俊二さんの記事が出ていたので、面白かったところを抜き書き
-
-
ダークツーリズムと『脳科学からみた「祈り」』中野信子著
ダークツ―リズム 怖いもの見たさの時の脳内物質を調査する必要がある。その調査をせずして、ダークツー
-
-
『近世旅行史の研究』高橋陽一 清文堂出版 宮城女子学院大学
本書の存在を知り港区図書館の検索を探したが存在せず都立図書館で読むことにした。期待通りの内容で、
-
-
『財務省の近現代史』倉山満著 馬場鍈一が作成した恒久的増税案は、所得税の大衆課税化を軸とする昭和15年の税制改正で正式に恒久化されます・・・・・通行税、遊興飲食税、入場税等が制定されたのもこの時であり、戦費調達が理由となっていた 「日本人が汗水流して生み出した富は、中国大陸に消えてゆきました」と表現
p.98 「中国大陸での戦争に最も強く反対したのは、陸軍参謀本部 p.104 馬場
-
-
書評『法とフィクション』来栖三郎 東大出版会
観光の定義においても、自由意思を前提とするが、法律、特に刑法では自由意思が大前提。しかし、フィク
-
-
『「日本の伝統」の正体』
現在、「伝統」と呼ばれている習慣の多くが明治時代以降に定着したと聞いたら驚く人も多いかもしれない
- PREV
- 山泰幸『江戸の思想闘争』
- NEXT
- 『「日本の伝統」の正体』
