任文桓『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』を読んで
まず、親日派排斥の韓国のイメージが日本で蔓延しているが、本書を読む限り、建前としての親日派排除はなくならないものの、現実には人材登用はきちんとなされてきていたのではという感想をもった。
著者の家は、日本による通貨改革によって、祖父が自宅に貯め込んでいた葉銭(朝鮮の通貨)の価値は地に落ち、一家は急速に没落した。著者は親戚じゅうから借りた金を元手に、1923年、東京を目指すが関東大震災のため、異国での生活を京都で始める。以来、職工、新聞配達、人力車夫、便所掃除、牛乳配達、大学教授邸掃除夫、家庭教師、岩波書店小売部店員などの職業に従事し、経済的危機に陥るたびに日本人から学費の援助を受けながら、京都で同志社中学、岡山で第六高等学校、東京で東京帝国大学法学部を卒業、1935年日本の高等文官試験に合格して拓務省に採用され、朝鮮総督府に出向する。
本書は朝鮮での植民地官僚体制への批判を基調としながら、そこに語られる個人的ディテールに読み応えがある。それは植民地体制への批判を超えて、日本の官僚制への批評が的確だからである。公務員出身の私には皮膚感覚でわかる所が数多くある。就職する官庁選択に当たってのエピソードが描かれている「官場の縄張り」は、現代にもみられる。1942年朝鮮内の資材の担当をしているときに、陸軍と海軍の分捕り合戦への分析は日本の敗戦を予感させるくらい冷静に書かれている。朝鮮総督府における自らが受けた人事の不平等な取扱も淡々と語られているが、国籍を別にすれば、現代社会でも出身官庁や事務官・技官と言った区分による人事の不平等は、本書に描かれるほどではないにしてもみられるものである。
日本の敗戦時に親日派のレッテルがはられることを覚悟する。当時42歳の著者は、親日派の烙印を押されつつ、請われて務めていた商工部次官を降り、鉱業関連の公企業の社長を務めるとともに韓国の中央銀行である韓国銀行設立準備の仕事をした。李承晩政権での「団結・勤勉・節約という日本統治三六年間に培養された国民の価値観を守るため」という記述は、きちんと日本の官僚制の評価もしている表れである。
太平洋戦争中に本土に出張したとき「空襲に荒れた東京での宿食も楽ではなかった」「敵は空中にだけ出現するので、地上の人達はお互いに信じあい行動は全く自由で、地上に怖いものは何もなかった」と記述しているが、朝鮮戦争を経験しているだけに、「日本人をうらやましく思う。沖縄だけは例外だ。」「地上の人間を警戒した人間不信のしこりは、社会の中で長く尾を引く」と記述している。
関連記事
-
-
「温度生物学」富永真琴 学士会会報2019年Ⅱ pp52-62
(観光学研究に感性アナライザー等を用いたデータを蓄積した研究が必要と主張しているが、生物学では温
-
-
『プロヴァンスの村の終焉』上・下 ジャン=ピエール・ルゴフ著 2017年10月15日
市長時代にピーターメイルの「プロヴァンスの12か月」読み、観光地づくりの参考にしたいと孫を連れて南仏
-
-
平野聡『「反日」中国の文明史 (ちくま新書) 』を読んで
平野聡『「反日」中国の文明史 (ちくま新書) 』に関するAmazonの紹介文は、「中国は雄大なロ
-
-
国際観光局ができた1930年代の状勢 『戦前日本の「グローバリズム」』
大東亜共栄圏の虚構を指摘 「バダヴィアに派遣された小林一三商相」国内世論の啓発に努める小林は
-
-
山泰幸『江戸の思想闘争』
社会の発見 社会現象は自然現象と未分離であるとする朱子学に対し、伊藤仁斎は自然現象
-
-
QUORAにみる歴史認識 大坂なおみが二重国籍を認められたことで、日本は二重国籍を認めていることが表に出ましたが、これまで二重国籍はダメだと思いこまされてどちらかの国籍を諦めたり、秘密にしてきた人も多いのではないですか?
大坂なおみが二重国籍を認められたことで、日本は二重国籍を認めていることが表に出ましたが、これまで二
-
-
保護中: 『市場と権力』佐々木実を読んで
日銀が量的緩和策で銀行に大量にカネを流し込んだものの、銀行から企業への融資はそれほど増えなかった。
-
-
『2050年のメディア』下山進
日本の新聞がこの10年で1000万部の部数を失っていることを知り、2018年4月より、慶應義塾大学
-
-
『海外旅行の誕生』有山輝雄著の記述から見る白人崇拝思想
表記図書を久しぶりに読み直してみた。学術書ではないから、読みやすい。専門家でもないので、観光や旅行
-
-
『はじめての認知科学』新曜社 人工知能研究(人の知性を人工的に作ろうという研究)と認知科学研究(人の心の成り立ちを探る研究)は双子
人工知能研究(人の知性を人工的に作ろうという研究)と認知科学研究(人の心の成り立ちを探る研究)は
- PREV
- ゴッツン免許とUber
- NEXT
- シャマンに通じる杉浦日向子の江戸の死生観
