*

任文桓『日本帝国と大韓民国に仕えた官僚の回想』を読んで

公開日: : 最終更新日:2023/05/29 出版・講義資料, 歴史認識

まず、親日派排斥の韓国のイメージが日本で蔓延しているが、本書を読む限り、建前としての親日派排除はなくならないものの、現実には人材登用はきちんとなされてきていたのではという感想をもった。

著者の家は、日本による通貨改革によって、祖父が自宅に貯め込んでいた葉銭(朝鮮の通貨)の価値は地に落ち、一家は急速に没落した。著者は親戚じゅうから借りた金を元手に、1923年、東京を目指すが関東大震災のため、異国での生活を京都で始める。以来、職工、新聞配達、人力車夫、便所掃除、牛乳配達、大学教授邸掃除夫、家庭教師、岩波書店小売部店員などの職業に従事し、経済的危機に陥るたびに日本人から学費の援助を受けながら、京都で同志社中学、岡山で第六高等学校、東京で東京帝国大学法学部を卒業、1935年日本の高等文官試験に合格して拓務省に採用され、朝鮮総督府に出向する。

本書は朝鮮での植民地官僚体制への批判を基調としながら、そこに語られる個人的ディテールに読み応えがある。それは植民地体制への批判を超えて、日本の官僚制への批評が的確だからである。公務員出身の私には皮膚感覚でわかる所が数多くある。就職する官庁選択に当たってのエピソードが描かれている「官場の縄張り」は、現代にもみられる。1942年朝鮮内の資材の担当をしているときに、陸軍と海軍の分捕り合戦への分析は日本の敗戦を予感させるくらい冷静に書かれている。朝鮮総督府における自らが受けた人事の不平等な取扱も淡々と語られているが、国籍を別にすれば、現代社会でも出身官庁や事務官・技官と言った区分による人事の不平等は、本書に描かれるほどではないにしてもみられるものである。

日本の敗戦時に親日派のレッテルがはられることを覚悟する。当時42歳の著者は、親日派の烙印を押されつつ、請われて務めていた商工部次官を降り、鉱業関連の公企業の社長を務めるとともに韓国の中央銀行である韓国銀行設立準備の仕事をした。李承晩政権での「団結・勤勉・節約という日本統治三六年間に培養された国民の価値観を守るため」という記述は、きちんと日本の官僚制の評価もしている表れである。

太平洋戦争中に本土に出張したとき「空襲に荒れた東京での宿食も楽ではなかった」「敵は空中にだけ出現するので、地上の人達はお互いに信じあい行動は全く自由で、地上に怖いものは何もなかった」と記述しているが、朝鮮戦争を経験しているだけに、「日本人をうらやましく思う。沖縄だけは例外だ。」「地上の人間を警戒した人間不信のしこりは、社会の中で長く尾を引く」と記述している。

関連記事

no image

運輸省(航空局監理部長)VS東亜国内航空(田中勇)のエピソード等

https://www.youtube.com/watch?v=flZz_Li7om8

記事を読む

no image

Quora に見る歴史認識 知られていない歴史上の出来事の中には、知る価値のあるものがあるのでしょうか? 第二次世界大戦後に行われた米兵による日本の民間人への大量レイプである。

以前にもこれについて書いたことがあるが、その程度や実際に如何程酷かったのかを理解している人は少ない

記事を読む

no image

動画で考える人流観光学 リーマン予想  素数

  ゲーテルの不確定性原理 https://youtu.be/hEG1cWJD

記事を読む

世界人流観光施策風土記 ネットで見つけたチベット論議

立場によってチベットの評価が大きく違うのは仕方がないので、いろいろ読み漁ってみた。 〇 200

記事を読む

no image

『カシュガール』滞在記 マカートニ夫人著 金子民雄訳

とかく甘いムードの漂うシルクロードの世界しか知らない人には、こうした動乱の世界は全く想像を超えるも

記事を読む

『知の逆転』吉成真由美 NHK出版新書

本書はジャレド・ダイアモンド、ノ―ム・チョムスキー、オリバー・サックス、マービン・ミンスキー、ト

記事を読む

no image

ネット右翼を構成する者 メディアが報じるような「若者の保守化」現象は見られない

樋口直人は『日本型排外主義』の中で、大部分は正規雇用の大卒ホワイトカラーであるとし、古谷経衡も「ネ

記事を読む

no image

『日本軍閥暗闘史』田中隆吉 昭和22年 陸軍大臣と総理大臣の兼務の意味

人事局補任課長 武藤章 貿易省設置を主張 満州事変 ヤール河越境は 神田正種中佐の独断

記事を読む

no image

『知られざるキューバ』渡邉優著 2018年

4年前のキューバ旅行のときにこの本が出版されていれば、また違った認識ができたとの思う。 カリ

記事を読む

『「食糧危機」をあおってはいけない』2009年 川島博之著 文芸春秋社 穀物価格の高騰は金融現象

コロナで飲食店が苦境に陥っているが、平時には、財政措置を引き出すためもあり、時折食糧危機論が繰り返

記事を読む

no image
ロシア旅行の前の、携帯wifi準備

https://tanakanews.com/251206rutrav

no image
ロシア旅行 田中宇

https://tanakanews.com/251205crimea

no image
2025年11月25日 地球落穂ひろいの旅 サンチアゴ再訪

no image
2025.11月24日 地球落穂ひろいの旅 南極旅行の基地・ウシュアイア ヴィーグル水道

アルゼンチンは、2014年1月に国連加盟国58番目の国としてブエノスア

no image
2025年11月23日 地球落穂ひろいの旅 マゼラン海峡

プンタアレナスからウシュアイアまでBIZBUSで移動。8時にPUQを出

→もっと見る

PAGE TOP ↑