*

『国際報道を問いなおす』杉田弘毅著 筑摩書房2022年

公開日: : 歴史認識

 ウクライナ戦争が始まって以来、日本のメディアもSNSもこの話題を数多く取り上げてきている。必ずしもYoutubeなどはロシア批判一辺倒ではないが、マスメディアはほぼロシア批判一辺倒であり、公の場で私人がウクライナ批判をすることが憚れる状態である。その原因が、日本のマスメディアが欧米メディアを情報源にして報道しているからであり、日本のメディアが現地取材と称して報道しているものも、ウクライナが用意した舞台で行っている。そのような中、本書が発行されたので、急いで読んでみた。

 国際報道の中では珍しく報道量が多いウクライナ戦争報道である。しかし国際報道と言いながら、国際競争にさらされていない日本のメディアの限界が正直感じられる。本書はカタールの報道機関アルジャジーラは、ウクライナ難民が特別扱いを受け、シリア難民は冷遇されているという報道視点があるとする。アフリカやインド等では、方々で内戦や暴動が起きており、BBCなどは旧宗主国の視点なのかもしれないが、毎日報道している。日本の報道はパレスティナやバルカン関係について比較的客観的であるとされるが、その分日本人の視点というもが感じられない。ウクライナも歴史は共有していないが、攻撃者がNATO(アメリカ)ではなく、ロシアであったことから嫌露がベースの報道になっていると感じていたので、その点からも本書に興味を抱き読んでみたが、メジャーな報道機関関係者というなのか、ほぼ西欧メディアと同じ論調であった。本書では北方領土返還への過大期待報道も解析されているが、その分ウクライナ戦争報道では嫌露姿勢が強くなっているのであろう。

 それでも本書は、1990年代の旧ユーゴスラビア紛争で、米国大手広告代理店がセルビアを悪者に仕立て反セルビア(反ロシア)報道を煽り、その結果米国の軍事介入が 実現したこと、湾岸戦争でクウェート人少女の米議会における虚偽証言の騙されて報道されたことについて記述する。その米メディアに頼る日本のアメリカ理解では、世界理解はゆがんだものになるとする。確かに私も、アメリカの脅しに従い核兵器を放棄した結果、カダフィー政権は崩壊し、一人当たり2万ドルあったリビア国民を極貧状態に陥れていると思う。アメリカ政府とメディアがカストロを共産主義者と勝手に決めつけた結果、革命後カストロは共産側についてしまったと思っている。 

 第2章の南ベトナム解放戦線びいきの報道の反省が興味深い。ベトナム戦争は、現役公務員時代に物流政策の意見交換にベトナムを訪問した時、向こうの公務員から「ベトナムはアメリカに負けなかったが、日本はアメリカに負けたので経済成長を早く達成できてよかった」的な話を夜の酒の時に聞かされたように思う。北ベトナム兵士が陥落解放させたサイゴンを訪れて、その経済繁栄に驚いたという逸話もよく聞く話である。と言って、植民地支配者のフランスや、トンキン湾事件をでっち上げ、ソンミ村虐殺事件等を引き起こした米軍を擁護するつもりにはなれないが。

 本書で記述している、中国を正確に見据えるのが日本人は不得意で、誤った予測を積み重ねてきたというところも完全に同意できる。紅衛兵、文化大革命は、私が高校大学時代であり、朝日新聞等を通して美化されて報道され、信じ込んでいた。美化しない産経新聞は追放されてしまった。駒場時代の国際関係論の授業で、衛藤瀋吉先生が盛んに朝日新聞批判をし、いまとなっては真実を講義されていたことが理解できた。学生運動家は授業中衛藤先生に猛烈に講義をしていたことを思い出すが、そのつけが後になって朝日新聞の凋落となって跳ね返っているようにも思う。もっとも今のネトウヨや嫌中派のメディアは、それ以上に害悪であろうが。

第3章は、アメリカのメディアは世界で過大評価されているが、実は政治家のスキャンダル報道には熱心な一方、戦争については、愛国心に染まりやすく、戦争のお先棒を担いでしまう欠陥があるとする。米メディアを通して米国像、世界像を描くと間違えるとする。最高裁がメディアの評価を下げていると記述する。ウォーターゲート事件では報道の自由を掲げたメディアを支えた最高裁であるが、 ブッシュ対ゴアの大統領選の勝敗を最高裁が決めるとき、メディアへの評価は否定的(民主党の宣伝機関と批判)であったとする。国民の意識の反映であると記述する。

さて、トランプ対クリントンの選挙時、ロシアの関与を示唆する「スティール文書」が報道され、トランプ批判になったことは記憶に新しい。しかし、この文書は根拠があいまいで、クリントン側の仕掛けたものであるとすることの方がむしろ有力であるようだ。そのように思うと、CNN等でのトランプ批判報道も半分差っ引いて聞いておかないといけないのかもしれないから、バイデン大統領のロシア批判もうのみにする気にはなれないのである。

関連記事

イサベラバードを通して日韓関係を考える

Facebook投稿文(2023年5月21日) 徳川時代を悪く評価する「薩

記事を読む

歴史認識と書評『暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏 』長谷川毅

日本降服までの3ヶ月間を焦点に、米ソ間の日本及び極東地域での主導権争いを克明に検証した本。

記事を読む

no image

QUORAにみる歴史認識 第二次世界大戦時、なぜ戦況は悪化したのに、(日本は)戦争は辞められなかったのですか?

第二次世界大戦時、なぜ戦況は悪化したのに、戦争は辞められなかったのですか? 日本では、開戦時

記事を読む

no image

『日本軍閥暗闘史』田中隆吉 昭和22年 陸軍大臣と総理大臣の兼務の意味

人事局補任課長 武藤章 貿易省設置を主張 満州事変 ヤール河越境は 神田正種中佐の独断

記事を読む

no image

QUORA 李鴻章(リー・ホンチャン=President Lee)。

学校では教えてくれない大事なことや歴史的な事実は何ですか? 李鴻章(リー・ホンチャン=Pre

記事を読む

no image

平野聡著『大清帝国と中華の混迷』を読んで

ヴァーチャル旅行韓国中国東北編を記述する際の参考に読んでみた。大変参考になったが、筆が走りすぎてい

記事を読む

no image

QUORAに見る歴史認識 「日本は韓国に今までこんなことをしてあげた~」的な話をよく聞きますが、そもそもそこまで親身に韓国の発展を支援したのにはどのような魂胆があったんでしょうか?

「 普段は専門外の事には答えないようにしているのですが、あまりに回答者の回答内容が目に余るの

記事を読む

no image

書評 三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』日本の近代化にとって天皇制とは何であったか

日本の近代とは明確な意図と計画をもって行われた前例のない歴史形成の結果 前近代の日本にはこれ

記事を読む

no image

Quoraに見る歴史認識  太平洋戦争(大東亜戦争)は侵略戦争だったのでしょうか?

侵略には外交用語として明確な定義があります。計画に基づいて軍事作戦を先制発動することです。

記事を読む

『からのゆりかご』マーガレット・ハンフリーズ 第2次世界大戦後英国の福祉施設から豪州に集団移住させられた子供たちの存在を記述。英国、豪州のもっと恥ずべき秘密

第2次世界大戦後英国の福祉施設から豪州に集団移住させられた子供たちの存在を記述。英国、豪州のもっ

記事を読む

no image
🕌🎒2025シニアバックパッカー国連加盟国192か国達成の旅  リビア トリポリ

https://youtu.be/MDVZuy3TE3o

no image
🕌🎒2025シニアバックパッカー国連加盟国192か国達成の旅 計画作成

国連加盟国192か国を訪問するという計画も残り4か国となっている。その

no image
🌍🎒2024シニアバックパッカー南極太平洋諸国の旅 福建省(24番目)厦門

中国渡航にビザが必要な段階で計画したので、金門島から廈門に渡る

🌍🎒シニアバックパッカー南極太平洋諸国の旅 台湾省🏳‍🌈 金門島

  昨夜桃園空港から台北駅に鉄道で移

no image
🌍🎒シニアバックパッカー南極太平洋諸国の旅 台湾省🏳‍🌈 台北

国連加盟国第一か国目は中国。1970年に香港、台湾と旅行した。当時は、

→もっと見る

PAGE TOP ↑