『日本軍閥暗闘史』田中隆吉 昭和22年 陸軍大臣と総理大臣の兼務の意味
人事局補任課長
武藤章 貿易省設置を主張
満州事変 ヤール河越境は 神田正種中佐の独断
石原莞爾は、満州事変で辛酸をなめ、世界の大勢と中国の実力を知り、また日本の国力の限度も知り尽くしていた
統制派 事変の発展と永続は、国防兵力の増強をきたし、これに伴う軍用資材に増加は国内の経済機構の計画性をもたらすと確信した
憲兵の暴威と機密費の濫用
東条夫人の機密費からの支弁に石原が押印しなかったので、左遷
憲兵 陸軍にありながら海軍にも職権があった。東条英機の憲兵乱用は周知
p.126 機密費 内閣機密費の相当額を陸軍が負担。陸軍の横やりに内閣が敢然とできない。東条内閣では公然とばらまく、昭和17年総選挙 臨軍代議士の登場 臨時軍事費支弁代議士
デーコロとピーコロ
大政翼賛会 武藤章の発想 転向右翼の集団昭和研究会が協力
大政翼賛会が公事結社となったため、翼賛壮年団
東条氏は武藤氏のロボット 政策はすべて武藤氏から出ている
武藤氏は「来栖派遣は単なるカモフラージュであった」と語る
東条談「12月7日のルーズベルトの親電が来たときには愕然とした。陛下が戦争はせぬと仰せられたらどうしようかと思った」
『証言』p.170 装甲車とクリークと
上海事件は、満州事変から目をそらせるために実施。排日運動を中国側はやめることを承知。しかし日本人居留団が承知しない。険悪になり、軍が衝突。爆弾三勇士は事故。 海軍と陸軍のもめごと発生・田中隆吉襲撃
武藤章評価は?Wikiでは武藤章は「近衛内閣末期に対米関係が極度に悪化、近衛文麿首相は内閣を投げ出し同年11月に東条内閣が成立する。 組閣に当たり天皇より開戦を是とする帝国国策遂行要領白紙還元の御諚が発せられ、東條英機首相も姿勢を対米開戦の回避に改める。 武藤はこれを受け、開戦に逸る参謀本部を制して最後まで対米交渉の妥結に全力を尽くした。開戦後は戦争の早期終結を主張し、東條や鈴木貞一、星野直樹らと対立、リヒャルト・ゾルゲにかねてから軍務局長の名で全面的な情報提供を命じていた[1]ことから1942年(昭和17年)4月にゾルゲ事件の発覚等により更迭され、近衛師団長となる。フィリピンの地で終戦を迎えた。終戦の際、山下に共に切腹することを提案するが、説得され、現地で降伏。山下らが起訴されたマニラ軍事裁判では、逮捕起訴されないどころか、弁護人補佐として出廷し山下らの弁護につとめた。 しかしこの裁判の後、極東国際軍事裁判(東京裁判)に逮捕起訴されるため日本に戻された。東京裁判で捕虜虐待の罪により死刑判決を受ける。東京裁判で死刑判決を受けた軍人の中で、中将の階級だったのは武藤だけである。武藤の死刑の理由については、検察側の隠し玉的証人として法廷を驚かせた田中隆吉元陸軍少将の「軍中枢で権力を握り、対米開戦を強行した」という証言によるものだという説、また開戦時の東條の腰ぎんちゃく的存在だったとみられたからだという説などがある。 東條英機は判決後、武藤に「巻き添えにしてすまない。君が死刑になるとは思わなかった」と意外の感を漏らしたとも言われる。また武藤と田中隆吉は互いに相手に対して嫌悪感をいだいており、田中がジョセフ・キーナン主席検察官への証言が元になったと説明されることが多い。 武藤は田中が軍部内の動きを法廷で暴露し自分を叩く証言をしたことについて、笹川良一に「私が万一にも絞首刑になったら、田中の体に取り憑いて狂い死にさせてやる」と語ったという。 これと関連があるのか不明だが、田中は晩年「武藤の幽霊が現れる」と精神不安定の状態に陥り、何度か自殺未遂を起こしている。また、武藤は日頃の言動に問題がある毒舌家であり(後述)、当然人望もなく、生前も死後も擁護する者はほとんどいなかった。
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