*

「戦争を拡大したのは「海軍」だった」 『日本人はなぜ戦争へと向かったのか戦中編』NHKブックス 歴史は後から作られる例

公開日: : 最終更新日:2023/05/29 歴史認識, 軍隊、戦争

https://www.j-cast.com/bookwatch/2018/12/09008354.html

我々の世代ではこの表題でわかるのであるが、50歳年の離れた大学生にはわからなくなってきているのであろう。つまり、太平洋戦争は知っていても、陸海軍の問題は深く知られなくなってきている。今となっては、海軍、陸軍ではなく、国家機能の在り方、セクショナリズムという見方の方がいいのかもしれない。霞が関の各省庁の権限争議も、陸海軍ほどではないにしても戦後引き続き存続した。日本に限ったことではなく、開戦前のアメリカであったことである。国務省と国防省、大統領府の競争はあり、ナチス下のドイツでも、スパイゾルゲの中で映像化されているが、陸海軍の問題はその程度が激しすぎたということであろう。なお、組織の小さかった海軍は、終戦処理にあたって組織ぐるみで見事にその責任を回避できたという経緯もある。

ここで戦争の終息を図るべきだという声

 「戦中編」と銘打たれているのは、開戦から半年ぐらいの間のことに絞っているから。その時期に戦争を終わらせることも可能だったはずだが、逆に戦線が拡大した。

 実際のところ、1941年12月8日の真珠湾奇襲が大成功して、南方でも破竹の勢い。瞬く間にフィリピン、ボルネオ、マレー半島を制圧し、開戦前の重要資源調達量を大幅に上回る状態になった。そこで緒戦勝利で有利なうちに、収拾を図ろうとする動きも浮上する。本書の冒頭ではそのあたりが詳しく報告されている。

 政府内からは、企画院を中心に当初の目的を達したのだから、ここで戦争の終息を図るべきだという声が相次いだ。開戦前の「列強の勢力下にある資源を確保」「自存自衛の確立」という目的を達したというわけだ。陸軍も同調したという。ところが海軍が反対する。情勢が有利な今こそアメリカに徹底的な決戦を挑む好機である、オーストラリアなどにも戦線を広げてアメリカの戦意をくじくことで初めて講和の可能性が引き出せると主張した。

 本書の20ページには、陸軍が考えていた戦線の範囲と、海軍のそれが同じ地図の中に図示されている。海軍の範囲は陸軍のざっと二倍。両者の主張は対立したが、17年3月の「戦争指導の大綱」では拡大策が事実上容認される。そして海軍がニューギニアに上陸、という流れだ。もう引き返せない。

「大東亜共栄圏」は新たなビジネスチャンス

 一般に戦争責任を考える時、俎上に上るのは当時の政府であり、軍の判断だ。加えて本書では「経済界」も引きずり出す。「大東亜共栄圏」に群がり、利権を漁った関係者が少なくなかったからだ。

 南方への進出企業は、資源開発や輸送、現地のインフラ整備など多岐の業種にわたり、巨大商社から中小企業まで、実に480社に上ったという。各企業は先を争うように占領地軍政を統括する軍に接近した。海軍省の廊下には、南方進出を希望する業者が担当者との面会を求め、列をなしていたという。

 要するに国内経済の悪化であえいでいた経済界にとっては、「大東亜共栄圏」は新たなビジネスチャンスだった。経済界の有力者が、「向こうから取ってきた資源は、対価を払わなくてもよろしい」というような発言をする。企画院の総裁も「日本がやっていることは、欧米の思想からみれば搾取かもしれぬ。しかし、自分のなすことに正義感を持ってやる場合には、搾取という思想にはならないと思う」という理屈で経済界の背中を押した。

 戦争で潤い、戦争拡大を歓迎した経済界の責任は、余り問われることがないが、本書は軍と経済界の癒着にもメスを入れている。

「”名将”山本五十六の虚実」

 一般に先の戦争は陸軍の暴走による、と見られることが多い。だが本書は「海軍の責任」についても手厳しい。「”名将”山本五十六の虚実」という項目も設けている。取材班によるインタビューに防衛研究所歴史研究センターの相澤淳氏が答えている。

 日露戦争以後の日本海軍の基本的な思想は、アメリカを仮想敵として、いかにしてそれに軍事的に対抗していくかということだった。そのあたりは本欄で紹介した『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮社)にも書かれていた。

 したがって、相澤氏は、「英米との開戦をめぐって反対派と賛成派に分けるとすれば、山本は反対派だったことになると思います。しかし、彼が戦争そのものを忌避していたという意味で非戦派というのであれば、それは事実ではないでしょう」と語っている。

 ロンドン海軍軍縮会議で「劣勢比率」を押し付けられた海軍。山本は当時、「アメリカと戦争になった時にはまず空襲を持って一撃する」と語っており、それがのちの「真珠湾」に結びついたと相澤氏は見ている。

関連記事

no image

横山宏章の『反日と反中』(集英社新書2005年)及び『中華民国』(中央公論1997年)を読んで「歴史認識と観光」を考える

 歴史認識を巡り日本と中国の大衆が反目しがちになってきたが、私は歴史認識の違いを比較すればするほど、

記事を読む

no image

Quoraに見る歴史認識  日本には高校の日本史の教科書に載っている南京事件(南京大虐殺)をなかったと主張する人が高学歴の人にもいるのはなぜですか?

敗残兵が大量に流入した状態で司令官が降伏手続きを取らずに逃亡してしまった大都市を占領するの

記事を読む

『ニッポンを蝕む全体主義』適菜収

本書は、安倍元総理殺害の前に出版されているから、その分、財界の下請け、属国化をおねだりした日本、

記事を読む

『本土の人間は知らないことが、沖縄の人はみんな知っていること』書籍情報社 矢部宏治

p.236 細川護熙首相がアメリカ政府高官から北朝鮮の情勢が緊迫していること等を知らされ、米国は

記事を読む

no image

『永続敗戦論  戦後日本の核心』、『日米戦争を起こしたのは誰か ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録を論ず』『英国が火をつけた「欧米の春」』の三題を読んで

「歴史認識」は観光案内をするガイドブックの役割を持つところから、最近研究を始めている。横浜市立大学論

記事を読む

no image

御手洗大輔「示威の自由に関する日中比較と日本人の課題」

『横浜市立大学論叢』第68巻社会科学系列2号 御手洗大輔「示威の自由に関する日中比較と日本人の課題」

記事を読む

『総選挙はこのようにして始まった』稲田雅洋著 天皇制の下での議会は一部の金持ちや地主が議員になっていたという通説が実証的に覆されている。いわば「勝手連」のような庶民が、志ある有能な人物(国税15円を納める資力のない者)をどのような工夫で議員に押し立てたかを資料に基づいて丹念にドキュメンタリー風に解説

学校で教えられた事と大分違っていた。1890(明治23)年の第一回総選挙で当選して衆議院議員にな

記事を読む

no image

QUORAにみる歴史認識  伊藤博文を殺したのは安重根ではないという説を見ました。もし安重根以外が殺したとしたら誰が何の為に殺したのですか?回

伊藤博文を殺したのは安重根ではないという説を見ました。もし安重根以外が殺したとしたら誰が何の為に殺

記事を読む

no image

Quoraにみる歴史認識 高2です。東京書籍の教科書には、朝鮮総督府が言論などの自由を奪い、武断政治をした。所有者の明確でない土地を没収し多くの農民が困窮したとあります。これを戦前の日本に肯定的な人はどう捉えるのでしょうか。?

私は別に「戦前の日本に肯定的な人」ではないのですが、東京書籍の教科書がそれしか書いていないのだと

記事を読む

no image

ヨーロッパを見る視角 阿部謹也 岩波 1996 日本にキリスト教が普及しなかった理由の解説もある。

     キリスト教の信仰では現世の富を以て暮らす死後の世界はあ

記事を読む

PAGE TOP ↑