*

『二・二六帝都兵乱』アマゾンの書評

公開日: : 最終更新日:2023/05/27 出版・講義資料, 歴史認識

著者は軍制、軍事面からアプローチしていると言っているが、それだけではない。当時の社会の通念、雰囲気、とりわけ東京の空気がいかに反乱に影響を及ぼしているか、そのあたりのアプローチもおもしろい

「二二六事件」について初めて読む読者は、なるほどと感心するかもしれないが、先行研究を完全に押さえたものではないので、事実関係に誤りが多く、途中まで読んだがそれから先を読むのはやめにした。たしかに陸軍の人事面にかんする記述は面白く感じたが、全体にわたって典拠についての注記がいっさいなく、専門家からみたらおそらく簡単に論破される内容であろう。  この本を読むくらいなら、『二・二六事件−「昭和維新」の思想と行動−』(高橋正衛、中公新書、1994)をまず読むべき。
 

そして、事件は徴兵制の危機をもたらしたこと。もし中国大陸での戦争がなかったなら、日本陸軍は根本的な出直しを迫られ、もっとましな軍になるチャンスを得られたかもしれない。

思うに、当時の軍人(特に陸軍士官学校出身者)は、現代の自衛隊幹部に比べ、ソースが良く、軍人の社会的地位が非常に高かった。ちなみに、決起将校の大部分は、将官、佐官の子弟である。著者は、例えば『貧乏少尉、やりくり中尉、やっとこ大尉』と旧軍将校の処遇の低さを指摘している。しかしながら、小生は、それは銀行員、高級官僚、事業家など、上流クラスの収入との相対的な低さであり、やはり旧軍人の処遇は現在の自衛隊幹部よりも遥かに高いと見ている。当然、旧軍の地位の高さも自衛隊とは比較にならない。今の俗論は、事件を青年将校達の跳ね上がり的行動と批判するが、本書では彼らの改革意識は当時の国民の問題意識の反映である。彼らは、兵役入隊して来た部下の兵隊達から彼らの出身である農村及び下層社会の実情を良く知っていたのである。再度強調するが、自衛隊の問題点と今後の国防のあり方を考えるために、本書は好個の資料である。

前段として東京が歩兵連隊6個を有する世界的にも稀な巨大な軍事都市であった事実、当時の軍人全体の地位、軍内「革新派」の動向、五・十五事件などの先行事例が解明される。

そして運命の二月二十六日(水曜日)である。しかし決起部隊が占拠した地域は国会議事堂を中心に東西(桜田門~赤坂見付)南北(溜池~半蔵門)各々の距離1.3㎞、円陣の周囲で4㎞という狭い地域であったし、決起部隊の兵力は8個中隊編成で合計1360名余、武器は小銃1044丁、軽機43丁、重機25丁で弾薬は9万発を用意したものの持参した糧食は乾パン一食分だけという片手落ちなもの。方や鎮圧部隊は戦車22両、装甲車14両のほか15㎝榴弾砲、7.5㎝野砲も配備しさらに化学戦(催涙材・嘔吐剤)も準備。海軍大将三名を襲撃された海軍の動きは早く東京湾に入港の主力戦艦「長門」の41㎝主砲は議事堂に向けて照準が定められた(実際には何の役にも立たなかったわけだが)。

兵乱は29日には収束するのだが、本書の特徴は随所で海外の同様な(成功した)兵乱と比較していることである。1961年5月韓国の無血クーデタ(5.16軍事革命)、タイで頻発する軍主導のクーデタ、1952年エジプト、1958年イラクなど。したがって、最終章の「なぜ決起は敗退したのか」が非常にわかりやすくなる。

最後の一文「二・二六事件は・・最終的には帝国陸軍壊滅の一因となった」が悲しくも的確である。

関連記事

no image

Quora6に見る歴史認識 イギリスが中国にアヘンを売ったのは有名です。あるイギリス人の言い訳が、アヘンを売り始めた頃中国には麻薬の売買を禁止する法律が無かったから問題ない。これ真実ですか?それにしても犯罪者の理屈ですよね?

アヘン戦争に対する一般的なイメージ。それは以下の様なモノです。 「大英帝国が清国を麻

記事を読む

no image

何故日米開戦が行われたか。秋丸機関の報告書への解説 『経済学者たちの日米開戦』

 書名は出版社がつけたものであろう。傑作ではある。書名にひかれて読むことになったが、およそ意思決定

記事を読む

no image

Quora 英語は文字通り発音しない単語が多い理由は、ペストの流行が原因?

Shiro Kawaiさんの名回答 1400年頃までの中英語(Middle English)

記事を読む

no image

『金語楼の子宝騒動』(「あきれた娘たち」縮尺版)少子高齢化を想像できなかった時代の映画

1949年新東宝映画 私の生まれた年である。嫁入り道具に風呂敷で避妊薬を包むシーンがある。優生保護

記事を読む

「ブラックアース~ホロコーストの歴史と警告」ティモシー・スナイダー著池田年穂訳 を読んで

ホロコーストについても、観光学で歴史や伝統は後から作られると説明してきたが、この本を読んでさらにその

記事を読む

no image

人間ってなんなの?:チンパンジーの4年戦争【 進化論 / 科学 / 人 類 】タンザニア

グドール 道具を使うチンパンジーを発見 ジェーン・グドール(Dame Jane Morris Go

記事を読む

no image

動画で考える人流観光学 マクスウェルの悪魔

【物理学150年の謎を日本人教授が解明】マクスウェルの悪魔が現れた!/東京大学 沙川貴大教授/教え子

記事を読む

『発掘捏造』毎日新聞旧石器遺跡取材班

 もう20年も前の事であるが、毎日新聞取材班の熱意により旧石器遺跡の捏造事件が発覚した。その結果、

記事を読む

no image

『日本経済の歴史』第2巻第1章労働と人口 移動の自由と技能の形成 を読んで メモ

面白いと思ったところを箇条書きする p.33 「幕府が鎖国政策によって欧米列強の干渉を回避した

記事を読む

no image

現代では観光資源の戦艦大和は戦前は知られていなかった? 歴史は後から作られる例

『太平洋戦争の大誤解』p.183 日本人も戦前はほとんど知らなかった。戦後アメリカの報道統制

記事を読む

no image
🌍🎒2024シニアバックパッカー南極太平洋諸国の旅 福建省(24番目)厦門

中国渡航にビザが必要な段階で計画したので、金門島から廈門に渡る

🌍🎒シニアバックパッカー南極太平洋諸国の旅 台湾省🏳‍🌈 金門島

  昨夜桃園空港から台北駅に鉄道で移

no image
🌍🎒シニアバックパッカー南極太平洋諸国の旅 台湾省🏳‍🌈 台北

国連加盟国第一か国目は中国。1970年に香港、台湾と旅行した。当時は、

🌍🎒2024シニアバックパッカー南極太平洋諸国の旅 パラオ共和国(国連加盟国188か国目)

    2024年12月4日早朝マニラから

🌍🎒2024シニアバックパッカー南極太平洋諸国の旅 セブ・マクタン島

youtubeで、マゼランの世界一周を 取り上げた動画があり、船

→もっと見る

PAGE TOP ↑