『二・二六帝都兵乱』アマゾンの書評
著者は軍制、軍事面からアプローチしていると言っているが、それだけではない。当時の社会の通念、雰囲気、とりわけ東京の空気がいかに反乱に影響を及ぼしているか、そのあたりのアプローチもおもしろい。
「二二六事件」について初めて読む読者は、なるほどと感心するかもしれないが、先行研究を完全に押さえたものではないので、事実関係に誤りが多く、途中まで読んだがそれから先を読むのはやめにした。たしかに陸軍の人事面にかんする記述は面白く感じたが、全体にわたって典拠についての注記がいっさいなく、専門家からみたらおそらく簡単に論破される内容であろう。 この本を読むくらいなら、『二・二六事件−「昭和維新」の思想と行動−』(高橋正衛、中公新書、1994)をまず読むべき。
そして、事件は徴兵制の危機をもたらしたこと。もし中国大陸での戦争がなかったなら、日本陸軍は根本的な出直しを迫られ、もっとましな軍になるチャンスを得られたかもしれない。
思うに、当時の軍人(特に陸軍士官学校出身者)は、現代の自衛隊幹部に比べ、ソースが良く、軍人の社会的地位が非常に高かった。ちなみに、決起将校の大部分は、将官、佐官の子弟である。著者は、例えば『貧乏少尉、やりくり中尉、やっとこ大尉』と旧軍将校の処遇の低さを指摘している。しかしながら、小生は、それは銀行員、高級官僚、事業家など、上流クラスの収入との相対的な低さであり、やはり旧軍人の処遇は現在の自衛隊幹部よりも遥かに高いと見ている。当然、旧軍の地位の高さも自衛隊とは比較にならない。今の俗論は、事件を青年将校達の跳ね上がり的行動と批判するが、本書では彼らの改革意識は当時の国民の問題意識の反映である。彼らは、兵役入隊して来た部下の兵隊達から彼らの出身である農村及び下層社会の実情を良く知っていたのである。再度強調するが、自衛隊の問題点と今後の国防のあり方を考えるために、本書は好個の資料である。
前段として東京が歩兵連隊6個を有する世界的にも稀な巨大な軍事都市であった事実、当時の軍人全体の地位、軍内「革新派」の動向、五・十五事件などの先行事例が解明される。
そして運命の二月二十六日(水曜日)である。しかし決起部隊が占拠した地域は国会議事堂を中心に東西(桜田門~赤坂見付)南北(溜池~半蔵門)各々の距離1.3㎞、円陣の周囲で4㎞という狭い地域であったし、決起部隊の兵力は8個中隊編成で合計1360名余、武器は小銃1044丁、軽機43丁、重機25丁で弾薬は9万発を用意したものの持参した糧食は乾パン一食分だけという片手落ちなもの。方や鎮圧部隊は戦車22両、装甲車14両のほか15㎝榴弾砲、7.5㎝野砲も配備しさらに化学戦(催涙材・嘔吐剤)も準備。海軍大将三名を襲撃された海軍の動きは早く東京湾に入港の主力戦艦「長門」の41㎝主砲は議事堂に向けて照準が定められた(実際には何の役にも立たなかったわけだが)。
兵乱は29日には収束するのだが、本書の特徴は随所で海外の同様な(成功した)兵乱と比較していることである。1961年5月韓国の無血クーデタ(5.16軍事革命)、タイで頻発する軍主導のクーデタ、1952年エジプト、1958年イラクなど。したがって、最終章の「なぜ決起は敗退したのか」が非常にわかりやすくなる。
最後の一文「二・二六事件は・・最終的には帝国陸軍壊滅の一因となった」が悲しくも的確である。
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