*

書評『大韓民国の物語』李榮薫

公開日: : 最終更新日:2023/05/21 出版・講義資料, 歴史認識

韓国の歴史において民族という集団意識が生じるのは二十世紀に入った日本支配下の植民地代のことです。日本の抑圧を受け集団の消滅の危機に瀕した朝鮮人は、自分たちは一つの政治的な運命共同体であるという新たな発見に至り、民族という集団意識を共有するに至りました。白頭山が民族の生地に変わるのは、まさにその過程においてです。

世界的にみて一九四五年まで存続した帝国主義下の世界体制は、植民地の民族が勇猛果敢に武装独立戦争を行なった結果として解体されたものではないという事実です。私が知る限りではそのような経緯で独立した国は一つもありません。その点において、私たちが自分の力で日本から解放されなかったという事実を恥じる必要はありません。全世界がそうだったわけですから。

 日本の植民地時代に民族の解放のために犠牲になった独立運動家たちが建国の主体になることができず、あろうことか、日本と結託して私腹を肥やした親日勢力がアメリカと結託し国をたてたせいで、民族の正気がかすんだのだ。民族の分断も親日勢力のせいだ。解放後、行き場のない親日勢力がアメリカにすり寄り、民族の分断を煽ったというのです。そして、そのような反民族的な勢力を代表する政治家こそ、初代大統領の李承晩であるというのです。

李承晩が農地改革を遅らせたというのは誤りだ。李承晩は当初こそ地主を基盤とする韓民党を頼っていたが、独裁権を握ると大衆的基盤を固めるために地主層を切り捨て農地改革を積極的に進めた。1949年3月の国会に上程された改革案では農民負担額は平年収穫高の300%となっていたが、無理矢理150%に引き下げさせた。反共主義者で国家の強制という形を嫌った李承晩は法案をちらつかせて地主層に圧力をかけ、自主売買で小作農に土地を売るように仕向けたが、自主売買の価格は法定価格より低いのが一般的だった。

 農地改革が成功したことを何よりも物語るのは北朝鮮侵攻時に農民蜂起が起こらなかったことだ。金日成は北朝鮮軍がソウルを占領すればアメリカ帝国主義に虐げられた小作農が各地で蜂起し、韓国という国家は一挙に崩壊すると信じ、スターリンや毛沢東にもそう請け合っていたが、その目論見は完全にはずれた。全耕地の96%が自作農の私有財産になっていたからだ。むしろ哀れなのは北朝鮮の農民だ。無償で土地を分配されたものの、すぐに国家にとりあげられ、農業集団化が強行されたからだ。

 農地については日本統治時代朝鮮総督府が土地調査を口実に40%の農地を強奪し、日本からの移民に安くわけあたえ日本人地主を大量に誕生させたという土地収奪神話がある。

 この説は比較的新しく1950年代に生まれた。最初に主張したのは李在茂で農民が所有観念が希薄で申告という手続に不慣れなことにつけこみ、総督府は期限を設けることで大量の無届地が出るようにしむけ、その無届地を国有地にして日本人や東拓に廉価で払い下げたとするものだ。この説は1962年に一部の中学用国史教科書に採用されたが、1974年に教科書が検定から国定になった際すべての教科書に載るようになり40%収奪説が定説化してしまった。それに輪をかけたのが歴史小説である。1994年から刊行のはじまった趙廷来の『アリラン』シリーズは土地調査事業の時代を舞台にしており、朝鮮人買弁が日本人巡査と結託して愚かな農民から土地を奪い、抵抗する農民を日本人巡査が即決で銃殺するストーリーだった。

 教科書に載るほどの説なのに学術書が出たのは1982年の慎鏞廈『朝鮮土地調査事業研究』が最初だった。慎氏は「片手にピストルを、もう片手には測量器を抱えて」という扇情的な表現で土地調査事業を批判したが、とりあげられた事例は1918年出版の土地調査事業の報告書からとったもので、紛争当事者の主張を中立的に紹介した原本を、ことごとく国有地と判定されたかのようにねじまげて紹介していた。

結論的にいえば、総督府は国有地をめぐる紛争の審査においては公正であり、さらには、既存の国有地であっても民有である根拠がある程度証明されれば、これを民有地に転換するという判定を下すのに吝かではありませんでした。そのような紛争を経たのち、残った国有地は全国の四千八百四万町歩の土地の中で十二・七万町歩に過ぎませんでした。それすら大部分は一九二四年までは日本の移民に対してではなく、朝鮮人の古くからの小作農に有利な条件で払い下げられていました。

関連記事

GOTOトラベルの政策評価のための参考書 『震災復興 欺瞞の構造』2012年 原田泰 新潮文庫

いずれ、コロナ対策としてのGOTOトラベル等の観光政策の評価が必要になると思い、災害対策等の先例を

記事を読む

no image

書評『山形有朋』岡義武 岩波文庫

p.208- 晩年とその死  世界戦争に関し、米国の対日態度は懸念される。ドイツの敗戦が必ず

記事を読む

no image

Quoraにみる歴史認識 高2です。東京書籍の教科書には、朝鮮総督府が言論などの自由を奪い、武断政治をした。所有者の明確でない土地を没収し多くの農民が困窮したとあります。これを戦前の日本に肯定的な人はどう捉えるのでしょうか。?

私は別に「戦前の日本に肯定的な人」ではないのですが、東京書籍の教科書がそれしか書いていないのだと

記事を読む

『パッケージツアーの文化史』吉田春夫 草思社    

港区図書館の新刊本コーナーにあり、さっそく借り出して読んだ。JTBでの実務経験が豊富な筆者であり、

記事を読む

no image

高木由臣 公研2019.1月「ゾウリムシ研究でたどり着いた『私の生命観』」

生命とは死なないのが本来の姿であり、死ぬことができるように進化した どうして? どのように?

記事を読む

コロニアル・ツーリズム序説 永淵康之著『バリ島』 ブランドン・パーマー著『日本統治下朝鮮の戦時動員』

「植民地観光」というタイトルでは、歴史認識で揺れる東アジアでは冷静な論述ができないので、とりあえずコ

記事を読む

no image

明治維新の評価 『経済改革としての明治維新』武田知弘著

明治時代の日本は世界史的に見て非常に稀有な存在である。19世紀後半、日本だけが欧米列強に対抗し

記事を読む

no image

「太平洋戦争末期の娯楽政策  興行取締りの緩和を中心に」 史学雑誌/125 巻 (2016) 12 号 金子 龍司

本稿は、太平洋戦争末期の娯楽政策について考察する。具体的にはサイパンが陥落した一九四四年七月に発

記事を読む

no image

観光立国から経済立国へ Recommendations with Respect to U.S.Policy toward Japan(NSC13/2)

この翻訳テキストは、細谷千博他『日米関係資料集1945~97』(東京大学出版会,1999)<当館

記事を読む

『国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶』 (幻冬舎新書) 加谷 珪一 

題名にひかれて、三田図書館で借りて読む。表題は営業用に編集者がつけたのであろう。先進国が消費拡大

記事を読む

PAGE TOP ↑