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希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書) 新書 – 2010/8/17

公開日: : 最終更新日:2023/05/27 出版・講義資料

ピースボートというクルーズ旅行商品があり、かつて週刊誌にその悪評が掲載されたことがある。消費者保護を求める訴えが行政当局にあり元、その訴えの扱いに不満を持ったピースボート側からの抗議のチラシが、霞が関第三合同庁舎付近で配布されていたことを記億している。まだ辻本清美が世に出てくる前の事である。 さて、旅行作家協会のメンバーのピースボート体験乗船の講演等はきいたことがあるものの、寡聞にして、マスコミに登場する機会の多い古市憲寿氏が、自身の修士論文をもとに、光文社から『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』を出していることを、今まで認識しておらず、初めて読んでみた。修士論文が土台になっていることからも想像できるように、観光研究の観点からは、あまり得られるものはなく、むしろ、旅立たない若者たちというセクションで、若者たちの旅行離れを元に記述を展開していることに問題意識をもたされてしまった。本書において、若者が旅行をしなくなったという誤った事実を元に記述していることは、この著書のテーマにもかかわる重要な点であり、元データにあたらないで論を展開した古市氏の責任は重大である。もととなる修士論文の審査をした教官にも当然責任があるが、それ以上に、古市氏が参考にしたデータにかんして、若者が旅行離れをしているとした、関係業界や行政に責任があるであろう。 このブログや、NPO法人ジャパンナウ観光情報協会の機関紙2020.07号に掲載でも発表しているが、再掲しておく。 https://jinryu.jp/blog/wp-admin/post.php?post=18266&action=edit 『「若者の海外旅行離れ」を読み解く:観光行動論からのアプローチ』という法律文化社から出版された書籍があり、日本学術学会から平成28年度著作賞を受けている。この出版は、JATAの報告書をうのみにしているからであろうが、ジャパンナウ観光情報協会の機関紙に、この認識が誤りではないかという雑文を掲載しておいた。

https://www.japannow.org/infomation/PDF/JN132

観光庁のHPに「近年、若者の旅行離れ、特に海外旅行離れに関するさまざまな指摘がされ」「若者旅行の振興に取り組んでいます」とある。その判断の基礎には、2007年の日本旅行業協会が行った調査があると思われる。しかし、某大学観光学部の教科書作成のため調査したところ、そのような傾向は見当たらず、むしろ日本人青年の旅行行動は、欧州主要国と比較して国際的にも遜色がないものであることが分かった(表1)。誤解された原因は、若者人口の絶対数が減少していることと、旅行を牽引してきた団塊世代が旅行しなくなったこと(表2)にある。それよりショッキングな表・グラフがある(表3)。一目瞭然で日本の地位の低下がわかる。1995年をピークに日本の海外旅行力が低下し他国の力(灰色部分)が増加している。世界の旅行市場が大きく拡大(灰色部分)しているにもかかわらず、日本の送り出し市場は縮小し、増加したインバウンド市場はそれを補うだけの拡大もしていないということがわかる。他国との比較において、実際に旅行をする日本人の海外、国内におけるパフォーマンスは悪くなく、日本人全体としての出国数が長期に横這いの間に、多くの国に追い抜かれ、日本のプレゼンスが低下したのである。現状維持のまま推移しているうちに、極東諸国民の行動が向上し、我々の周りに増加した。それをインバウンドと称し、日本の文化が見直されたと思ったのであろう。失われた25年が観光の世界でも理解できる。

政府は訪日外客数の目標を2000万人から4000万人(2020年目標)に改定している。観光立国推進基本法の理念が国の誇りにあり、国際社会にふさわしい外客数の確保にあるとする限り、4000万人の目標は日本の人口の33%程度であり国際水準からすれば妥当である。 訪日客の増加以上に受取額は増加し、2018年に日本4210億ドルと初めて中国を上回った。外客数、受取額の増加にもかかわらず日本のドル建てGDPは増加せず、むしろ減少している。所得水準において、北はアイスランドから南はハワイに至るまで、日本のローカル地域は大きく水をあけられ、珠江デルタの都市住民にも日本の地方住民は所得で追い抜かれつつある。日本国民の所得を伸ばすことができれば、出国率も高まり、観光立国推進基本法が目的とする、国の誇り、地域の誇りの確保もはかれるのである。

参考 QUORAにおける最近の投稿

https://qr.ae/pyvJZN

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