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『フクシマ戦記 上・下』船橋洋一   菅直人の再評価

公開日: : 最終更新日:2023/05/20 出版・講義資料

書評1

2021年4月10日に日本でレビュー済み国民の誰もがリアルタイムで経験したあの原発事故の状況が本作を読むと複層的に蘇ってくる。綿密に取材を繰り返し事実を積み重ねた筆者の努力には本当に頭が下がる。

未曽有の過酷事故を起こしながら、日本政府がその反省に基づいて総括を行おうとしない無責任な状態が第2次安倍政権以来放置されている。何よりも、大きな利権をもたらす原発建設を自分たちが長年にわたって推し進めてきたにもかかわらず、事故直後には民主党政権による復興のための支援策や予算にことごとく反対し、国会で85回も「審議拒否」を行って復興の足を引っ張り続けた自民党、特に司法が指摘したとおり原発事故の5年前に津波による深刻事故の危険を指摘された際に『全電源喪失はありえない』と地震対策を拒否したうえ、事故後には与党を攻撃するデマさえ執拗に流した安倍晋三には、日本を壊滅の淵に追い込んだ重い責任があるのだが、同じ口から『アンダーコントロール』という嘘をついて誘致したオリンピックに隠れて、自民党政権は汚染水を海に垂れ流そうとしている有様。世も末だ。自民党は、事故当時の民主党が計画していた津波被災住民の高台移転ではなく、被災者が望まない1兆円もの巨大堤防建設計画を強行し、福島第一原発周辺の核物質で汚染された地域からの住民の望む集団移転ではなく、汚染地域の除染に舵を切って補償を打ち切ることで住民の方々を無理やり原発近くに戻すよう強制したうえ、大手ゼネコンの利益にしかならない除染作業で20兆円を超える巨額の利権を生んだ。復興五輪という美名のもと招致した東京オリンピックのせいで、被災地は復興に必要な予算も補償金も奪われた。今度は、全国的なコロナウイルス変異株の蔓延で医療がひっ迫し死者が続出する非常事態にあるにもかかわらず、オリンピックを強行する政府は、今度は国民の命を守る医療資源と感染を防ぐ検査実施機会を国民から奪おうとしている。国は国民に犠牲を強いるIOCの言うがままで国民を守る気配もない。そのような劣化した政治家たちが主導してメディアをコントロールしていることもあり、ますます国民は、その質に見合った政治しか持てなくなるのだろう。

安倍政権下のクルーズ船でコロナ禍の対応に失敗して以来、1年以上経っても経済だけを優先して有効なコロナ対策を何ひとつやらず、市民に自粛を求めるのみで困窮する国民に対する補償もほとんど行わないなど、科学を無視して人命や人権を軽視する無責任極まる態度は、菅義偉政権になった今も、安倍政権の原発事故対応と本質的に何も変わらない。それにしても、あの原発事故の時、自民党政権でなくて日本人は本当に幸運だったと思う。彼らにとって重要なのは、自らの保身や自らに近しい経済界の電通やパソナなどへ中抜きされる利益であり、厚労省やIOCなど一部特権階級への利権だけである。権力を利用して自らの利益を最優先する姿勢は第2次安倍政権以降、原発事故の対応でも、60兆円ものODA(政府開発援助)の海外へのばら撒きでも、五輪誘致でも、最悪のコロナ対応でも変わらない。東日本大震災の原発事故の時、経済最優先の自民党・安倍政権が続いていれば、財界の言いなりである彼らは、対応を東京電力に任せていたことは間違いない。もし東電本社の要請通りに現場の作業員が現地を撤退していれば、それでアウト。首都東京を含む東日本は壊滅していた。忘れている人も多いようだが、本書にあるように、福島の原発事故は極めて高い確率で国を亡ぼしかねない戦後最大の国難だった。その対応の困難さでは新型コロナなど比べものにならない。

当時の官邸スタッフの一人が述べているように、戦後最大の国家的危機に際して指揮を執った菅直人首相は、これ以上ないほどの適任であった。東電の社員に命を賭けて踏みとどまれという権限も強制力も政府にはなかった。だが、原発事故発生の翌日に、決死の覚悟で事故現場に乗り込んで、破綻国家となるかもしれない瀬戸際での撤退はあり得ないし、そこでやるしかないんだと訴えた元首相の判断は日本を救ったと今でも思っているのは、私も同じである。少なくとも、あの時の国の指導者たちは、昨今の政権担当者とは違って、自分たちの利権や保身よりも国民や国の将来を第一に考えていた。

第44回大宅賞受賞作の原作を改訂した本作「フクシマ戦記」のアマゾン書評と、8年前の原作「カウントダウン・メルトダウン」のアマゾン書評を読み比べると、この間の日本人の劣化ぶりがよくわかる。福島をカタカナ表記することに難癖をつける意見もあるが、本文を読めばわかる通り、今回の深刻事故の影響は日本一国にとどまらない。トモダチ作戦を実行した米軍も大きく事故処理に関わった(同作戦で被爆した米兵23人が癌に罹患し訴訟を起こしている)。廃炉が事実上不可能となった福島第一原発から何百年にもわたってあふれ出す核汚染水(トリチウム水の状態まで除染できるのは汚染水中わずか2割)の海洋放出を政府が行おうとしている今こそ、海外から当然寄せられるであろう我が国に対する厳しい批判に向き合い、起こしてしまった原発事故が国際社会に与える影響を考えなければいけない時だ。未曽有の過酷事故の現場となり、今も「原子力緊急事態宣言下」にあるフクシマは、すでに世界中の誰もが知る一般語になっているのである。

書評2

福島第一原発では一日約140トンもの処理済みの汚染水が出ていて、保管用のタンクは2022年の夏頃には一杯になると計算されている。現政権は海洋に放出する、と先頃正式発表したが、これに対し中国・韓国は猛反発、ロシアなども深い懸念を表明している。また、これに反対する全漁連の動きも活発化している。

考えてみれば、福島原発事故はその備えが万全ではなかった人災によるもので、効果的なガバナンスが欠けていたことが最も大きな原因だったと言える。ソフトウェア面で一番欠けているものは「想像力」ではなかったかと著者は言う。巨大津波やメルトダウンなどのシナリオを「想定外」としてしまった想像力のなさが致命傷となってしまったようだ。

日本は国民が受容できるリスクを確率論的に評価することで国民に負担を強いることをしてこなかった。
「小さな安心を優先させ、大きな安全を犠牲にする」という政治的・組織的文化の中で、不人気政策は切り捨てられ、十分な予算や人員も割り当てられなかった
その結果、政府と地方自治体との連携や、ロジスティクス、コミュニケーション、ガバナンスや指揮命令系統などが有効に機能していないことを思い知らされたのである。

これは安全と安心を天秤にかけ、どちらに重点を置くかバランスの問題でもあった。
これらの問題について戦後の日本は正面から取り組むことはなかった。
国家的危機に臨んだ時のガバナンスのあり方は未だ構築されていないのである。

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