『観光の事典』朝倉書店
公開日:
:
最終更新日:2023/05/28
人流 観光 ツーリズム ツーリスト, 出版・講義資料
「観光の事典」に「観光政策と行政組織」等8項目の解説文を出筆させてもらっている。原稿を提出してから4年近く経過しての出版であった。編集者の苦労が察せられる。朝倉書店の同書の担当者が、以前に私の学位論文『観光政策学』を出版したイプシロン企画出版・社長の義理の息子さんであった。私の原稿が一番早かったので、記憶されていたようである。
同書では1-1「観光の定義」から始まっている。その出筆者が、「研究では定義して使われることが求められる」とする点は当然である。しかし、「旅は「物見遊山」的な行動ともとられてきた」との記述は、近年進展している「近世旅行史」の研究成果とは見解が違うようであり、今後は、歴史研究者の参加を検討することが望ましいであろう。また「観光は大正期以降、旅、旅行、ツーリズムと同じような意味で用いられるようになった」とする記述は参考とする資料の明示が必要である。また観光の「公的定義」に審議会答申(諮問に対する答申であり拘束力はない)を引用するのはミスリードである。公的の概念が公的機関とするのであれば、行政機関になり、行政機関はそれぞれ諮問する役割が設置法で限定されているから一般論にはならない。研究者には権威はあるかもしれないが、権威に弱いのも問題である。
結局、カタカナ字句「ツーリズム」と字句「tourism」が同義ではありえず、字句「観光」とも完全には同義ではないから、それぞれ字句「観光、ツーリズム、tourism」の意味する概念を明確にしないといけないという、当たり前のことになる。
また、1-2「観光の語源」において「Tourismの訳語として一般的に「観光」が使用されるようにったのは大正期であったと筆者は推測する」と記述がある。これは私が「観光の事典」の「観光政策と行政組織」に記述した解説と平仄を併せるために「推測」と記述されたのであろうが、研究者であれば推測の根拠を示す必要がある。当時の鉄道省の資料には、それらしき記述が今のところ見当たらない。
昭和5年に初めて行政用語(政策用語でもある)として使用され国際観光局の英文名は(Board of Tourist Industry)であり、tourismではなかった。ましてや字句ツーリズムではないから、行政用語として字句ツーリストは存在しても字句ツーリズムは確立していなかったと考えることが妥当である。「観光の事典」に限らず、現在日本の多くの教科書は、大正時代に、tourismの訳語として字句「観光」があてられたと解説する。それは、戦後1967年に国際観光年記念事業協力会が発行した『観光と観光事業』に記述されているからだと思われるが、これらの観光の教科書では出典等は明らかにされていない。私が調べた当時の辞書を根拠にする限りにおいてはこのような解説には根拠がないことになる。ましてや、概念「観光」(字句には「物見」等が使用)の発生は、英国よりも日本の方が先でないかとする近世歴史学の研究もあるくらいであり、1827年に出版されたわが国で最初の英和辞典では『諳厄利亜大成』でも、観光関連字句として、travelle、trip、journey、passengerは紹介されているいるが、tour、touristは出てこず、ましてやtourismは出てきていない。
関連記事
-
-
『高度経済成長期の日本経済』武田晴人編 有斐閣 訪日外客数の急増の分析に参考
キーワード 繰延需要の発現(家計ストック水準の回復) 家電モデル(世帯数の増加)自動車(見せびら
-
-
動画で考える人流観光
Countries Earning the Most from International Tour
-
-
言語とは音や文字ではなく観念であるという説明
観光資源を考えると、言語とは何かに行き着くこととなる。 愛聴視して「ゆる言語学ラジオ」で例のエ
-
-
書評『ペストの記憶』デフォー著
ロビンソン・クルーソーの作者ダニエル・デフォーは、17世紀のペストの流行に関し、ロンドン市長及び
-
-
観光資源と伝統 『大阪的』井上章一著
今年も期末試験問題の一つに伝統は新しいという事例を提示せよという問題を出す予定。井上章一氏の大阪
-
-
『観光紀遊』岡千仭著 明治19年
明治19年であるから、観光は国際観光の意味が強い時代であろう。
-
-
語源論の終焉~概念「観光」と字句「観光」~
27年度帝京平成大学紀要に原稿を入稿した。昨年度に続き概念「観光」に関連するテーマであるが、今回は国
-
-
井伏鱒二著『駅前旅館』
新潮文庫の『駅前旅館』を読み、映画をDVDで見た。世相はDVDの方がわかりやすいが、字句「観光」は
-
-
コロナ後の日本観光業 キーワード 現金給付政策を長引かせないこと、採算性の向上、デジタル化、中国等指向
今後コロナ感染が鎮静化に向かうことが期待されているおり、次の課題はコロナ後の回復に向けての施策に重
