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QUORAにみる歴史認識 伊藤博文公は、当初朝鮮併合に関しては反対だったって話ですが、実際は如何でしょうか?

公開日: : 最終更新日:2023/05/29 歴史認識

伊藤博文公は、当初朝鮮併合に関しては反対だったって話ですが、実際は如何でしょうか?

統監府の統監だった伊藤博文が日韓併合に反対した理由は、(1)朝鮮統治は日本の過重な財政負担となる、(2)朝鮮人には立派な統治能力がある、(3)朝鮮は朝鮮人のためにある、独立を尊重すべきだという考えだったと思われます。しばらく日本による改革をして道筋をつけたら後の朝鮮統治は朝鮮人に任せた方がいいという考えだったのでしょう。

(1)日本の過重な財政負担

日露戦争(1904–05)を終えたばかりの日本は、財政消耗甚だしく、朝鮮統治まで手が回らないという理由でした。当時の大韓は、閔妃・高宗の贅沢三昧が災いして完全に財政破綻、一国が買えるほどの巨額の借金をロシアに抱えていました。それまでも明治政府は、2回ほど返済の目途がつかない朝鮮の借金を返済してあげていたのに、またまた天文学的数字の借金を返してあげないといけないのです。実際、その後、明治政府は併合前にその大借金を完済してあげているのです。

日韓併合がなかったら、借金をカタに朝鮮半島はそっくりロシアに取られ、朝鮮人はシベリアか中央アジア送りされ、以降今でもロシア人が半島に住んでいたでしょう。実際、後年、ウラジオストクなど沿海州にいた多数の朝鮮人は全て中央アジア送りされて死んだり辛酸を舐めて、替わってロシア人が住んで今に至っています。元漢陽大学教授ミン・ヒシュク氏はこう語っています。「日本が韓国を占領したのを幸いに思っているんです。なぜかと言えばあの時は日露戦争でロシアが勝っていたら朝鮮はロシアの属国に入るんですね、韓国人でも勉強している人は、ロシア人がもし入ってきたら、どうなるかというとみんな捕まってシベリアに連れて行かれてロシア人が韓国を盗る訳なんですね。そうなると韓国人はものすごく惨めなんです。日本人が統治した場合とは比べられないほど惨めな状態になる。」(「韓国人大学教授が語る日本統治時代の真実」YouTube)と。

明治政府は、北海道・台湾などの「殖民地」指定地には、内地の県以上に特別予算を投下して開発に注力していましたから、朝鮮まで抱えたら財政負担が過重になると懸念したのです。西欧諸国の植民地支配は搾取主義でしたが、日本の植民地統治は「内地延長主義」「一視同仁主義」の方針を取っていました。何か物産でもあればですが、当時「朝鮮には何も無い」と明治政府要人の間で言われていたほど、朝鮮半島は極貧であり、搾取どころか、はじめから何の税収も期待できなかったのです。

朝鮮統治35年間、ずっと日本側の持ち出し過重でした。朝鮮総督府は、教育やインフラ整備などの朝鮮近代化に熱心で、たびたび東京を訪れてはロビー活動をし、朝鮮のための予算獲得に涙ぐましい努力をていたのです。戦後の日韓基本条約締結交渉の際、韓国側が植民地支配に対する賠償金を請求してきたのですが、日本側が計算してきた半島に遺してきた資産総額を示したら、韓国側の賠償請求額をはるかに上回っていたそうです。韓国側は慌てて、双方損害請求はなし、賠償ではなく日本が経済援助金を韓国に供与するということで決着をみたのでした。

(2)朝鮮は朝鮮人に任せよう

伊藤博文は、朝鮮人の資質を高く評価し、統治能力があるのだから、朝鮮統治は朝鮮人に任せようと考えていたと思われます。統監府の伊藤に面会に来た新渡戸稲造にこう語ったそうです。

「君、朝鮮人はえらいよ。 この国の歴史を見ても、その進歩したことは、 日本よりはるか以上であった時代もある。 この民族にしてこれしきの国をみずから経営できない理由はない。 才能においては決してお互いに劣ることはないのだ。 しかるに今日の有様になったのは、 人民が悪いのじゃなくて、政治が悪かったのだ。 国さえ治まれば、人民は量においても質においても不足はない。」(新渡戸稲造「偉人群像」<伊藤公>)

ただ、当時、両班が独占する朝鮮政界は、自利追求に走って国を顧みず、腐敗その極に達していたので、政治を改革して、後は心ある有能な朝鮮人に任せれば、ちゃんとやっていくだろうという期待を寄せていたと思われます。

(3)朝鮮は朝鮮人のためにある

また伊藤博文は「朝鮮は朝鮮人のためにある」と唱えていたそうです。他の民族の独立を尊重する精神だろうと想像しますが、私はその詳細を知りません。他の民族の独立を尊重しないと日本に取っても決して良いことはないという考えだったのでしょうか。伊藤は「後々、面倒なことになる」とも言っていたそうです。実際、この予言は的中したのではありませんか。現代の日韓関係がそうかも知れません

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