QUARA コロナ対処にあたってWHO非難の理由にWHOの渡航制限反対が挙げられていますが、これをどう思いますか?
渡航制限反対は主に「中国寄りだから」という文脈で語られています。しかし調べてみれば、今回のコロナウイルスだけでなく、昔の伝染病ブレークアウトもWHOが一様に渡航制限に反対してきたことが分かります。
例えば
2009年のインフルエンザパンデミック
国立感染症研究所の旅行に関するQ&A
WHOはパンデミックインフルエンザ(H1N1)2009に関して渡航制限を設けていない。
パンデミックインフルエンザウイルスはすでに世界中に存在する。拡散防止のために国際的な渡航を延期することを指示する科学的根拠はない。世界各国は、予防手段、適正な医療機関への平等なアクセス、そして公衆衛生的な対応計画を開始しようとする国々を支援することでウイルスのインパクトを最小限にとどめることを最大の目的としている。
2014年のエボラ
世界保健機関(WHO)は23日、西アフリカで感染が拡大しているエボラ出血熱について、専門家による緊急委員会が「渡航や貿易の禁止はすべきでない」と改めて強調したと発表した。渡航や貿易の禁止は感染国の経済を悪化させ、不法な出入国が増えて一段の感染拡大につながるとみている。米国などで渡航禁止を求める声が出ているのにクギを刺した格好だ。
また、渡航制限はブレークアウトした国にマイナスな影響をもたらす一方、それだけで伝染病の拡大防止に役立つ根拠があんまりありません。
上記国立感染症研究所のQ&Aで、渡航制限についてこんなことも言いました。
科学的研究に基づいた数理モデルの結果では、渡航制限による感染拡大防止効果はほとんど、あるいは全くないとなっている。過去のパンデミックインフルエンザやSARSがこのことを立証している。
マイナスな影響について、上記エボラに関する記事も言及しましたね。
渡航や貿易の禁止は感染国の経済を悪化させ、不法な出入国が増えて一段の感染拡大につながるとみている。
感染が集中的に起きた3カ国では、航空便の運航中止などの影響で経済状態が急速に悪化。支援もしにくくなったとされる。また、食料調達にも支障が出始めている。
また下記は米国の外交問題評議会の傘下組織が、今まで中国へ渡航制限をかけた国とかけてない国の感染状態を追跡してまとめた画像です。
赤い線はかけた国を意味し、青い線はかけてない国を意味します。
感染人数を比べる場合
百万人当たりの感染人数を比べる場合
Tracking Coronavirus in Countries With and Without Travel Bans | Think Global Health
渡航制限をかけた国が明らかに感染状態が良いということはありません、というかかけてない国と分別がつかないような状態です。
これについて、レポートは幾分遅らせることが可能だが、「渡航制限により、この新しいコロナウイルスの蔓延を止めることも、パンデミックになることを妨げることもない」と言い切っています。
実際、WHOもただの渡航制限ではなんの効果ももたらさないと警告したことがあります。
世界保健機関(WHO)で緊急事態対応を統括するライアン氏は十六日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、世界各国が相次いで導入している入国制限措置について「包括的な感染拡大防止策の一つにすぎない」と述べ、乱用は避けるよう訴えた。各国が入国制限で満足し、国内での感染拡大防止の取り組みがおろそかになることを懸念した発言。
記者会見でライアン氏は、感染者や感染経路の割り出し、クラスター(感染者の集団)の封じ込めといった感染拡大防止策を並行して行わなければ、渡航制限措置は「何の効果ももたらさない」と強調した。
つまり、WHOは過去の経験や研究から渡航制限に一貫して反対してきたし、実際中国への渡航制限の有無で感染状態が大きく異なったわけではありません。
ただ、過去がそうでも、百年以来のこのコロナウイルスのパンデミックにおいて、渡航制限がどれだけ感染の防止に役立ったかは後で研究が必要でしょうし、それに応じてWHOもやり方を変える必要があるかもしれません。それが人類の知恵や進歩というものですが、今それを特定の国と結びつけて批判するのは、このパンデミックを政治利用する感が否めない、というのが正直なところです。
関連記事
-
-
政治制度から考える国会のあるべき姿 大山礼子 公研2019年1月号
必要なのは与党のチェック機能 どこの国でも野党に政策決定をひっくり返す力はない 民主主義は多数決だ
-
-
『脳の誕生』大隅典子 Amazon書評
http:// www.pnas.org/content/supp1/2004/05/13/040
-
-
『デモクラシーの帝国』 藤原帰一2002岩波新書 国際刑事裁判所 米国の不参加
国際刑事裁判所の設立を定めたローマ規程は、設立条約に合意していない諸国にも適用されるところから、アメ
-
-
観光学を考える 『脳科学の教科書 神経編・こころ編』岩波書店 理化学研究所脳科学総合研究センター編 をよんで
図書館でこの二冊を借りてきて一気に読む。岩波ジュニア選書だから、子供が読む本だけれど私にはちょうどい
-
-
横山宏章の『反日と反中』(集英社新書2005年)及び『中華民国』(中央公論1997年)を読んで「歴史認識と観光」を考える
歴史認識を巡り日本と中国の大衆が反目しがちになってきたが、私は歴史認識の違いを比較すればするほど、
-
-
河口慧海著『チベット旅行記』の記述 「ダージリン賛美が紹介されている」
旅行先としてのチベットは、やはり学校で習った河口慧海の話が頭にあって行ってみたいとおもったのであるか
-
-
倉山満著『お役所仕事の大東亜戦争』1941年12月8日『枢密院会議筆記』真珠湾攻撃後に、対米英宣戦布告の事後採決
海軍が真珠湾攻撃のことを東条に伝えたのは直前のこと 倉山満著『お役所仕事の大東亜戦争』p.2
-
-
『官僚制としての日本陸軍』北岡伸一著 筑摩書房 を読んで、歴史認識と観光を考える
○ 政治と軍 「軍が政治に不関与」とは竹橋事件を契機に明治政府が作ったことである。そもそも明治国家
-
-
新華網日本語版で見つけた記事
湖南省で保存状態の良い明・清代の建築群が発見 http://jp.xinhuanet.com/20
-
-
コロニアル・ツーリズム序説 永淵康之著『バリ島』 ブランドン・パーマー著『日本統治下朝鮮の戦時動員』
「植民地観光」というタイトルでは、歴史認識で揺れる東アジアでは冷静な論述ができないので、とりあえずコ