『サイボーグ化する動物たち 生命の操作は人類に何をもたらすか』作者:エミリー・アンテス 翻訳:西田美緒子 白揚社
DNAの塩基配列が読破されても、その配列の持つ意味が分からなければ解読したことにはならない。本書の冒頭で、中国の工場(上海のウーダン大学)でミュータントマウスの製造がおこなわれていることの紹介があり、瞬時にその意味が分かった。DNAの塩基配列を一つ一つ変化させることにより新しい生物を生じさせ、その新しい生物に現れる特性を見つけ出すことにより、塩基配列の持つ意味を発見するという手法である。絨毯爆撃である。
人類はそのことを、長い時間をかけて交配という手法で行ってきたのだから、交配を効率化させることに批判を加えることはできない。農作物や畜産物の品種改良、さらにはペットとして犬を飼うようになると、育てやすいよう、あるいは見た目の可愛らしさをつくるために品種改良を進めてきた。今ではチワワやトイプードル、ドーベルマン、ブルドッグが同じ犬という分類であることが信じられないくらいバラエティに富んだ人工的な種が存在する。
現代のDNA操作やサイボーグ化は、そうした品種改良の延長と考えることもできる。しかし、それで納得する人はおそらく少ない。なぜなら、クローンや動物の脳のコントロールは、その延長線上に「人体への応用」が待ち構えているからだ。もし倫理的な歯止めが外され、それが実現するようなことになれば、人間社会の大混乱は避けられない。
本書の投げかける問題は、脳科学の世界でも発生するであろう。科学技術の進展はいずれ脳細胞の機能を隅々まで解明するであろう。既に蛍光物質を使用することによりシナプスの作用を把握する技術が進展している。そのシナプスの反応がどういう意味を持つかは、DNAの塩基配列とその配列の持つ意味の解明と同じ問題である。意識そのものも決して消えない神秘の霧に包まれたものではなく、観察できる身体システムの中に見えてきそうな勢いである。ミュータントマウスを用いることによりシナプスの反応の持つ意味が一つ一つ解明される日がくるであろう。そしてマウスから高等動物へと実験は進められ、最終的にはヒトの頭の中の神経細胞が外界の刺激に反応する仕方の持つ意味が解明されるかもしれない。手を伸ばすとどこのニューロンが発火するかは事前にわかっているのである。意識や感情が科学的に説明できるようになるのである。
関連記事
-
-
南米「棄民」政策の実像 遠藤十亜希著 岩波現代全書 最も南米移民を排出したのが最貧困地帯たる東北ではなく北部九州~山陽ラインだったのは何故か?
19世紀末から20世紀半ばまで、約31万人の日本人が、新天地を求めて未知の地ラテンアメリカに移住
-
-
観光資源の評価に係る例 米国の有名美術館に偏り、収蔵作品は「白人男性」に集中
https://www.technologyreview.jp/s/117648/more-th
-
-
岩波書店の丁稚奉公ストライキ
『教科書には載っていない戦前の日本』p.222 封建的な雇用制度の改善を求めて岩波書店側に突
-
-
ドナルド・トランプが大統領になる5つの理由を教えよう
https://www.huffingtonpost.jp/michael-moore/5-rea
-
-
『ざっくりとわかる宇宙論』竹内薫
物理学的に宇宙を考察すればするほど、この宇宙がいかに特殊で奇妙なものかが明らかになる。マルチバー
-
-
QUORAに見る観光資源 マヤ語とは何ですか?
マヤ語とは何ですか? マヤ語の研究を高校生にして大きく押し進め、現在もマヤ文化と考
-
-
河口慧海著『チベット旅行記』の記述 「ダージリン賛美が紹介されている」
旅行先としてのチベットは、やはり学校で習った河口慧海の話が頭にあって行ってみたいとおもったのであるか
-
-
AIに聞く、甘利俊一博士の「脳・心・人工知能」を参考にした、『観光資源反応譜』の提案
人流・観光に関する学生用の教科書として、amazonのkindleで『人流・観光学概論』を出版してい
-
-
QUORA ゴルビーはソ連を潰したのにも関わらず、なぜ評価されているのか?
ゴルバチョフ書記長ってソ連邦を潰した人でもありますよね。人格的に優れた人だったのかもしれませんが
-
-
コロニアル・ツーリズム序説 永淵康之著『バリ島』 ブランドン・パーマー著『日本統治下朝鮮の戦時動員』
「植民地観光」というタイトルでは、歴史認識で揺れる東アジアでは冷静な論述ができないので、とりあえずコ
