ヒトラー肝いりで建造の世界最大のホテル・プローラ
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最終更新日:2023/05/21
観光資源論
観光政策というより、福祉政策なのかもしれませんが、現代なら民業圧迫という声が出るでしょう。
https://en.wikipedia.org/wiki/Prora
世界最大のホテルはドイツ、バルチック海に浮かぶリューゲン島にあります。海に面したこのホテルの客室数は10,000。70年ほど前に建てられました。最も驚くべきなのは、今日までホテルには一人たりとも宿泊したことがないという事実です。
この巨大なホテルは1936年から1939年にかけて、ナチス体制下のドイツによって建てられました。作業者の人数は9,000人、かかった工期は三年です。 ナチスはこのホテルを「歓喜力行団」プログラムの下に構想しました。巨大施設の建造の目的は余暇活動を通じて国民にナチスのプロパガンダを広めることでした。地元の人々は建物の威容な姿から、プローラの巨人と呼びました。 全体は八棟の同じような建物によって構成されています。すべての棟を合わせた全長は4.5キロに渡ります。海岸線からはわずか150メートルしか離れていません。ナチスは長期間、計画を練っていました。四棟のこれまた同一の娯楽施設には映画館、フェスティバル・ホール、プール、そしてクルーズ船が寄港することが可能ま桟橋まで備えられていました。 第二次世界大戦が終わると、避難民たちは東ドイツに留め置かれました。東ドイツは建物を軍事拠点として使用します。1990年の東西ドイツの統一後は、軍の技術訓練施設として使われました。その後、バルカン諸国からの難民を収容する施設となります。 今日でも当時の美しい姿を留めている棟もいくつかありますが、残りは廃墟となっています。2011年、一つのブロックが400床規模の病院となりました。現在、プローラは300の客室を持つ、テニスコート、プール、ショッピングセンターを備えたリゾート施設として再整備される計画があります。
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