*

ハイフンツーリズム批判と『「日本の伝統」の正体』藤井青銅著

公開日: : 観光資源

観光研究者が安易に○○ツーリズムを提唱していることへの批判から、これまで伝統や歴史は後から作れると述べてきたが、本書はこれをまとめて解説しているので便利である。ただ、本書批判に「著者が文化史を専門にでもされているのかと思ったらそうではなく、ただこれまでの研究書なりを参考にして、単に好き勝手な自説を述べているだけだった。勉強にならない。」という厳しいコメントがアマゾンに出ていた。更には「しかし、この本はフェアではない。記述に誤りがあるし、他の人の苦心の研究成果を安易に丸写ししている。例えば「江戸しぐさ」の項目は原田実氏の研究の丸写し以上のものはほとんど無い。「武士道」の項目は安易な新渡戸武士道批判だけになっており、笠谷和比古氏らの武士道研究の成果が全く生かされていない。笠谷氏らの研究により、江戸時代に武士道という言葉が使われていた複数の用例があるのだが、著者の藤井氏はそれに全く触れない。新渡戸の武士道はまるで江戸しぐさのような創作実話であり、戦国~江戸時代の「武士道書」と全く異なることにふれないのはどんなものであろうか。また、古い伝統があるものについて逆に触れなかったりしている。例:魏志倭人伝に出てくる飲み会、平安とも鎌倉とも言われる忘年会、仁和元年(885年)を最古とする歌合戦[歌合]については触れられていない。著者が日本の伝統を蔑みたいという心底が透けて見えるようである。」という批判も掲載されている。本書に求めるものの違いがあるから仕方がない。
観光資源が刺激だとすると、フェイクでもいいから刺激があればいい。私はその刺激のために「伝統」というお化粧をするのは構わないと思っている。本書42頁に「日本人は新し物好きなのだ。それが新しいものだからいうだけでとりあえず飛びつく。そして一見新しいが実は古い伝統があるということを知って安心する。つまり「古い伝統をバックボーンにもつあたらしい風習が理想。それが商売と結びつくと、一気に「伝統行事」として広がるのだ。昔・デパート、今・コンビニ  歳時記をめくり、まだ使われていない「季節」「記念日」と「売り物」のセットを思いつけば新たな伝統ビジネスとなるだろう。」と記述。私が地方振興でいつも言っていることと同じである。しかし研究者が安易にそれにのっかって「○○ツーリズム」というのは曲学阿世である。
讃岐うどんになって約50年、田島牛が生まれて約80年
結婚式は日本にはなく、それも神前よりキリスト教式の方が古いそうだ。ブライダルの授業にあこがれる学生が多いがそれを知ったらどう思うか。
旅館とホテルの違いは和式か洋式かということ。しかし、日常生活が洋式化しているから今や靴を脱ぐか脱がないかになっている。アメリカドラマでは確かにベッドカバーの上で靴を履いて寝転んでいるシーンが当たり前だから、よくわかる。本書では「正座」が広まって300年、正座という字句になって約130年とある。明治の言葉なのである。

本書p78で「伝統とは「昔はよかった」と思える時代を起点に「それ以前からもずっとそうであった」という願望も含めて再設定される」とあり、「物語の世界でいうと小説「坂の上の雲」の時代と映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の時代」

「伝統」と呼ばれている習慣の多くが明治時代以降に定着したと聞いたら驚く人も多いかもしれない。例えば、喪服は黒色でなく、室町時代以降、江戸時代に入っても白色だったし、七五三は関東限定の地域イベントだった。正月の代名詞ともいえる初詣に至っては誕生したのは明治中期で、今、世間を揺るがしている相撲が「国技」と呼ばれ始めたのは国技館がつくられた明治末だ。歴史が浅いから価値が下がるわけではない。重要なのは、「伝統」と呼ばれる習慣の背後にはビジネスや権威付けをもくろむ人間が存在するという視点を持つことだと著者は指摘する。「伝統」の二文字が大好きな日本人にとっては耳が痛い話も多い。本書を読むと、我々がいかに深く考えずに前例を踏襲しているかに気づかされるだろう。

「初詣」は江戸時代になかった? ★「江戸しぐさ」のいかがわしさ ★神前結婚式は古式ゆかしくない ★「古典落語」は新しい? ★恵方巻は、本当はいつからあったのか? ★アレもコレも「京都マジック」! ★初めて「卵かけご飯」を食べた男とは? ★サザエさんファミリーは日本の伝統か? ……一見、古来から「連綿と続く伝統」のように見えるしきたりや風習・文化。しかし中には、意外に新しい時代に「発明された伝統」もある。もっともらしい「和の衣裳」を身にまとった「あやしい伝統」と、「ほんとうの伝統」とを対比・検証することで、本当の「ものの見方」が身につく一冊。 フェイクな「和の心」に踊らされないための、伝統リテラシーが磨かれる

恵方巻も、肉じゃがも、卵かけご飯もあたらしい。
マトリョーシカや木彫りの熊・・・その伝統の品が造られた理由も面白い。
初詣のもとは恵方参りだが、年ごとの方角に合わせて神社を参詣するものであり、今のように特定の社寺に人が集まるようになるのは120年前の鉄道会社の宣伝によるという。中元は、元々上元と下元もあり道教の教え(罪をゆるす日)だったが、お盆が合流して「祖先に贈り物する」になり、さらに江戸時代あたりから「お歳暮」も同じ流れに合流し、明治30年ごろから「世話になった人に贈り物をする」習慣となったという。最後の変化はデパートの出現と商業戦略が影響しているという。
神前式結婚式はキリスト式や仏式(こちらの方が早い)よりも遅れて、1900年の大正天皇の結婚式が最初だという。告別式は無宗教の中江兆民の死を悼んだ人々が始めたのが最初だという。
「古典落語」という命名は戦後の安藤鶴夫の時期が最初だというし、越前竹人形も戦後、京都三大祭の時代祭さえ19世紀末だとか。

関連記事

no image

『訓読と漢語の歴史』福島直恭著 観光とツーリズム

「歴史として記述」と「歴史を記述」するの違い なぜ昔の日本人は、中国語の文章や詩を翻訳する

記事を読む

no image

観光資源としての明治維新

義務教育やNHKの大河ドラマを通じて、日本国民には明治維新に対するイメージが出来上がっている。 し

記事を読む

no image

観光資源としての吉田松陰の作られ方、横浜市立大学後期試験問題回答の例 

今年も一題は、歴史は後から作られ、伝統は新しい例を取り上げ、観光資源として活用されているものを提示

記事を読む

no image

『「食べること」の進化史』石川伸一著 フードツーリズム研究者には必読の耳の痛い書

食べ物はメディアである 予測は難しい 無人オフィスもサイバー観光もリアルを凌駕できていない 

記事を読む

no image

シャマンに通じる杉浦日向子の江戸の死生観

モンゴルのシャマン等の観光資源調査を8月に予定しており、シャマンのにわか勉強をしているところに、ダイ

記事を読む

no image

畑中三応子著『ファッションフードあります』日本食は変化が激しい。フードツーリズムに法則があるのか?

ティラミス、もつ鍋、B級グルメ……激しくはやりすたりを繰り返す食べ物から日本社会の一断面を切り

記事を読む

『「鎖国」という外交』ロナルド・トビ 2008年 小学館 メモ 歴史は後から作られる

ロナルド・トビさんは、江戸時代から日本には「手放し日本文化礼賛論」があったことを説明し、富岳遠望奇譚

記事を読む

no image

明治維新の見直し材料  岩下哲典著『病と向きあう江戸時代』第9章 医師シーボルトが見た幕末日本「これが日本人である」

太平の世とされる江戸時代に自爆攻撃をする「捨足軽」長崎奉行配下 福岡黒田家に「焔硝を小樽に詰めて肌身

記事を読む

no image

欧米メディアの負の本質 ナイラ証言(Nayirah testimony)

ナイラ証言とは、「ナイラ」なる女性(当時15歳)が1990年10月10日に非政府組織トム・ラントス

記事を読む

no image

『ピカソは本当に偉いのか?』西岡文彦 新潮新書 2012年 を読んで

錯覚研究会での発表に備えて読んでみた。演題が「ピカソの贋作は本物を超えるか」としたため、慌てて読んで

記事を読む

PAGE TOP ↑