『明治維新を考える』三谷博 有志舎 2006年
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序章 明治維新の謎
維新という言葉 幕末から頻用されてきた「一新」という言葉を中国の古典に置き換えて用いるようになったもの明治2年くらいからである。
詩経の意味は、天命の更新、すなわち中華の世界での革命、王朝交代と同義 王政復古と矛盾という謎がある。
池田勇太氏の教示では、維新の指導者たち詩経の原典ではなく、『大学』の引用文脈に即して読んでいた可能性がある。日々の革新や作興という文脈に維新という言葉が置かれていた
第一の謎 武士の社会的自殺
幕末以降の武士が無意識のうちに「間接アプローチ」の経路に入り込んだ。明治初年に大名国家の解消に際して、まず版籍奉還としうステップを設け、それを実行するにあたってまず薩長土肥四藩主から自発的な上表を提出させた。徳川公方の代替わりごとに統治認可書を返上し、新公方から新しい認可書が下されるのが慣行であったから、王政復古に際しも不自然ではなかった
中期目標 公儀、王政復古、版籍奉還、秩禄処分のステップに、大名や上級家臣が抵抗を試みることを妨げた。
もし廃藩の以前、それが家禄廃止につながるものだと気づき、公言していたら、廃藩も不可能だっただろう。
遠山茂樹『明治維新』岩波全書
非共産党系の合法社会主義者、革命戦略の設定のために、明治維新と近代史に関する解釈論争を展開。本書は、この政治史に社会経済史を「講座派」マルクス主義の観点から接合し、維新を封建制から「絶対主義」への変革という大きな物語として把握して、その後の実証研究に指針を与えようという目的のもとに著された。
三谷は、日本史を世界史的普遍に対する特殊例とするのではなく、むしろ日本史の中から世界史的普遍性を見出す仕事をしたい
司馬遼太郎の国民史
自滅の戦争によって破壊された国民的アイデンティティの回復をしようとした。戦後の大学の知識人の多数派のように、正面切って日本国家自体を批判することに忍びなかった。それゆえ、「もうすこしまし」な過去を探し求め、江戸と維新にマシを超える理想の秩序を見出したのである。これに対して、アカデミズム史学は彼を無視して「救いがたい近代」というイメージを語り続けた。
いま彼の国民史を振り返るとき、それで十分だといえるか。奪い合いの獲物となった朝鮮人、居住地を戦場にされてしまい、後に勝手に帰属を変更させられた中国東北民の視点はない。この最大の被害者たちの欠落がある。 司馬氏自身は意識的な差別主義者ではなく、むしろ若年の頃から朝鮮中国人との対等な付き合いに心がけた人であったが、その人にして、このような視野の欠落があった。
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