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[158]2019.09.30~10.02  ニューカレドニアNOU 

公開日: : 最終更新日:2019/10/17 海外観光

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先進地域ニューカレドニア

ニューカレドニアの一人当たりGDPは、三万五千ドルから4万ドル。面積が同じ四国の人達よりは豊かである。どおりで、ヌメアのホテル代や食事代が高いわけだ。失われた三十年の結果でもある。 パケ放題がまだ半分以上残ってるが、この国では使えない。よく考えて開始しておくべきだった。慌ててモバイル通信を切る。空港での無料wifiが見つからない。探しているとバッテリーの消耗。 両替窓口の女性、愛想がいいが、手数料一割。江戸時代から両替は儲かる商売。フランス領土だけどユーロが使われている雰囲気はない、小銭がないと不便と思い、2000だけかえる。帰りに結果的に500余らせてしまう。また一割とられて、4ドルになった。 空港にはシャトルバスもあり、ホテルルパリもたちよることになっている。料金は3100フランと高い。手数料はわからないが、ホテルからも盛んにシャトル斡旋のメールがきていた。但しネット割引などあり、もっと安くのれるようだ。私が頼んだ乗合は往復5000円。三組目が出てこない。私より30分は遅い。案の定、女性二人連れ。あとからなので、待たせたという意識もない。乗合というのは、難しい。 ホテルで、タクシー手配をしてくれた日本人女性の鈴木さんがカード払い機を持って待っていた。5000円。送りは同じ運転手だといっていた。6時で、客は私一人だが、到着者がいるので商売になるという。後でメールが来て迎えは5:45に変更。運転手もちがうようだ。地元の人らしい人を一人ピックアップして空港に向かった。鈴木さんは昔旅行会社を経営していたようだが、今は一人でやっているようだ。日本人が大挙してカレドニアに来た時代もあったからだろう。案内に日本語があり、まだ中国語がないのは、フランス領だから、援助してもメリットが少なく、進出がないのだろう。 一万円のホテルは今回の旅行では最高値のホテル。悪くないが、フロントのアルバイトらしき男性がwifiの暗唱番号を二つくれ、それぞれ一日限定とかいてある。部屋でwifiを開くと自動的につながるので、番号は何のためにあるのかわからない。あとでホテル従業員の誰に聞いてもわからない。最後はボスに聞いてくれという。日本語に翻訳すると、上のものに聞いてくれということ。まあ、繋がるからいいが、番号のほうにはスピードが無制限とかいてある。朝の朝食が六時半から。受付の男性に二日めは間に合わないというと、マネージャーにリファンドを伝えるという。あまり信じられないが。部屋にはコーヒーマシンがあり、ゆっくりコーヒーを飲む。 十月一日、日本では消費税値上げ。六時半に朝飯。まだ準備が出来ておらず、少しまつ。オムレツを食べている人がいたので注文すると、わたしのにはふくまれていないようだ。 明日の朝食が間に合わないのでリファンドを頼むと、ブッキングコムにいさってくれと、二人いた係員が同じようにいう。マニュアルがあるようだ。同じトラブルがあるのだろう。けれどこちらも上手。ブッキングコムに頼んだら、ホテルに頼んでくれと言われたと伝える。これは間違いがないし、また、規約もホテルポリシーである。しかも、アプリでは、食事代も支払っているのに、部屋代しか書かれていない。ここまでクレームをいって、できないなら、ランチボックスを頼むと、了解したようだ。ただし本当にランチボックスが届くかはその時にならないとわからないが。従業員もそこまでの給料をもらってないかもしれない。

10.01 ヌメアとアヴァンテ

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朝八時にホテルを出て、アバンテに向かう。徒歩7500の見当。 道道考えたが、少なくとも今は他の太平洋諸国より豊か。国民投票すれば、フランスに属していた方が良い。リン鉱石などがあったにしろ、地元民が治める場合は、内部がまとまらず、あるいは独裁者がでて、ジンバブエみたいになる。北海道や沖縄だって、地元のプライドはあろうが、東京に属していた方が御利益はある。ウベアの戦いなどを見れば、当時のフランスはとても中国共産党を批判できるものではないが、今この時点では、独立する意味はなく、むしろEUにしがみつくべきと思う。 なお、アバンテは原宿であり、とっくに日本は出藍の誉れになっている。 アバンテから戻り、ホテルで一休みして、ヌメア中心部散策。日本語表記の観光案内が主要施設にはある。第二次大戦記念館が代表。無料かと思ったら300。後でシニアは100とわかり、200余分だったが、ヌメア博物館で300なのか.多分ここも100だろうから、結局は100余計に払ったことになる。太平洋を挟んで日米の戦いがよくわかる。ここでは、フランスなどでるまくはなかったと思うが、結果は戦勝国だ。広島、長崎の原爆が終戦に効果があったという説明ビデオがある。ヌメア博物館に着いたのは、閉館15分前。親切な現地人男性係員が、ただで入れてくれたが、展示物を見る限りやはりフランス国博物館だった。帰路サンドイッチを買おうと店を探したが見つからない。夕刻は早くに店じまいするようだ。スーパーがあり、持ち金を使いたく、なんとか食べ物を購入。やはりたかい。EUなのだ。何だかんだで12000歩。 二日の朝。迎えが5:45 ランチボックスは用意されていた。一軒立ち寄る。 空港の出国手続きが出発の45分前にようやく始まる。いくら朝が早いといっても8:45発だ。免税売店は上がったりだろう。 ニューカレドニアでの消費額 ホテル代20200円 空港往復5000円 その他1500円 二泊三日で26700円

ニューカレドニア事情 ウベア事件

ニューカレドニアは1986年以来、一度は1947年に外された国連非自治地域リストに再度掲載されている。このリストには近隣の島国であるアメリカ領サモア、ニュージーランド領トケラウなどが含まれている。

GIGNの隊長が1990年に発表した手記によれば、制圧後に無抵抗だった過激派は暴行・射殺され、その事実をフランス政府は隠蔽したとしている 。動乱の中、フランス政府は1987年に約束どおり住民投票を行い、翌1988年にマティニョン合意が成立し自治拡大が約束された。合意を結んだジャン=マリー・チバウは独立過激派により1989年に暗殺されてしまいFLNKSは混乱に陥った。 カソヴィッツ監督はこの「ウベア島事件」に興味を持ち映画化に着手、10年費やし製作した。自身で監督と脚本、編集、そして主演までを演じている。監督としてだけでなく、出演した「アメリ」等のヒット作で俳優としても有名なカソヴィッツ監督。事件の入念な調査に加えフランス政府、ニューカレドニアと、事件に関わった関係者各位に映画化の許可を得るために奔走し、本作品を作り上げた。だが、その内容をフランス政府は否定し、両サイドの遺族感情をも巻き込んだ賛否両論の問題作となった。

天国にいちばん近い島』は、森村桂の旅行記。1966年に出版  作者の意図とは別に、反乱者には「天国に一番先に行ってしまった島」となってしまった。

 ニューカレドニアは日本からは非常に遠く、当時はまだ馴染みのない国であったが、この映画のおかげでブームをひきおこし、日本人観光客が増え、ロケが行われたウベア島には、島内に唯一のリゾートホテル「パラディ・ド・ウベア」ができた。その一方、映画の撮影が行われた翌1985年より、フランスの植民地支配に対する独立運動が激化。撮影当時1984年夏の時点でも既に危険な雰囲気があったが、大林はあえてニューカレドニアの美しい自然をそのまま撮り、新聞で流血の独立運動が起きていることを知るという作品にしたいと考えたため「政治」や「社会」は何も描いておらず酷評された。

「裏切りの戦場 葬られた誓い」。カソヴィッツ監督は脚本、編集、主演もこなした。 (C)Nord-Ouest Films - UGC Images - Studio 37 - France 2 Cinema

この後も自治への運動や協議が行われ、1998年にはヌーメア協定が結ばれた。この協定では住民への権限譲渡プロセスを「不可逆なもの」と位置づけ、フランス市民権とは別の「ニューカレドニア市民権」を導入すること、ニューカレドニアのアイデンティティを表す公的なシンボル(ニューカレドニア「国旗」など)をフランス国旗とは別に制定すること、フランス政府がニューカレドニア特別共同体に段階的に権限を譲渡し、最終的には外交、国防、司法権、通貨発行以外の権限はニューカレドニアに全面的に譲渡されること、2014年から2018年にかけてのいずれかの時点で独立かフランス残留かの住民投票を行うこと、などが定められた。2018年11月4日にフランスからの独立の是非を問う住民投票が実施されたが、独立反対が得票率56.40%で過半数となり否決された

イギリスの探検家ジェームズ・クックが1774年、海上からニューカレドニア本島(グランドテール島)を「発見」し、山の多いスコットランド(カレドニア)を思わせる眺めからニューカレドニアと名づけた

白檀貿易が衰退すると、新たな商売が誕生した。ニューカレドニア、ロイヤルティ諸島、バヌアツ、パプアニューギニア、ソロモン諸島などで先住民を捕らえ、フィジーやクイーンズランドのサトウキビプランテーションで奴隷労働をさせる「ブラックバーディング」である。こうした奴隷貿易で島々の社会や文化は荒廃したが、20世紀初頭まで終わることはなかった。 1853年9月24日、イギリスのオーストラリア・ニュージーランド領有に対抗しようとしたナポレオン3世の派遣した提督によってフランス領と宣言   ニッケル鉱山の発見により流刑植民地の時代が終わり、第二次世界大戦では、ニューカレドニアは自由フランス側に付いたため、太平洋戦線でのアメリカ軍の拠点となった。島にはフランスと違うアメリカの文化や物資が豊富に流入した。この出来事は、フランス人支配下であえいでいた現地人には肯定的に受けとめられている。一方、日本人労働者や日系人は「敵性外国人」としてオーストラリアなどへ強制移送

カナックマティニョン合意 1985年以降、メラネシア系先住民カナックによる激しい独立運動が行われ、現在では沈静化したが一時は暴動や内戦に近い状態を呈していた。1986年、国連非植民地化委員会 (United Nations Committee on Decolonization) はニューカレドニアを国連非自治地域リストに掲載した。2018年11月4日には独立を問う住民投票が実施され、反対派が56.4%を占めて独立は否決された。

ニューカレドニア本島とイルデパン島を取り囲むサンゴ礁(堡礁)、ニューカレドニア・バリア・リーフはオーストラリアのグレート・バリア・リーフ(長さ2,600km)に次ぐ世界第二の大きさを誇るサンゴ礁である。その長さは1,500kmに達する。サンゴ礁は種がきわめて多様性に富み、絶滅の危機に瀕するジュゴンの生息地であり、アオウミガメの重要な産卵地でもある。ニューカレドニア・バリア・リーフは2008年にユネスコの世界遺産に登録された。

カグー


有名なのは山岳部の密林に住むニワトリ大の灰色の鳥、カグーで、威嚇や求愛の際には頭の巨大な飾り羽をはね上げ大きな翼を広げ、犬にも似た奇妙な大声で鳴き、飛ぶことはできず林の中を走り回っている。ニューカレドニアのシンボルともいえる鳥であるが、人間の持込んだ犬や猫などにより絶滅が心配されている。また、道具を自ら作って獲物を捕るカレドニアガラスなども有名である。

「ニューカレドニア ヌメア」の画像検索結果

最終的には200万部を超える大ベストセラー

次いでニューカレドニア旅行の体験を描いた旅行記『天国にいちばん近い島』を発表した。この本は発売と同時に絶賛され、最終的には200万部を超える大ベストセラーとなった。同書はNHK朝の連続テレビ小説『あしたこそ』の原作にもなっている。その後続々とエッセイや小説を書き、1960年代末には、書店では川端康成と共に、個別のコーナーが設けられていたと言われる人気作家となり、1970年代には講談社から「森村桂文庫」約30巻が刊行された。

角川春樹と親しく、著作は角川文庫にも多く収められた。1984年には『天国にいちばん近い島』が原田知世主演で映画化され、再び同作が注目された。しかし、映画と原作のストーリーはまったく異なっている(実際、映画では「森村桂・作『天国にいちばん近い島』より20年の歳月が流れて――いま、また、自らの愛の所在を求め、この伝説の島を訪れた、ひとりの少女の心の冒険を描く、これは、もうひとつの『天国にいちばん近い島』物語である」という説明が最初に流れる)。

2004年9月27日、うつ病のため入院していた長野県内の病院で自殺。64歳没。

上皇后美智子(当時は皇后)の友人で、葬儀の際は美智子が弔辞を読んだ。

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