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5月12日 成田から西安へ 13日 城壁、大雁塔、華清池、兵馬俑、始皇帝陵

公開日: : 最終更新日:2018/05/23 海外旅行感想, 海外観光

12日 ユーラシア旅行社の企画旅行に参加。チベットには団体旅行に参加しないと現実的にはいくことができない。チベットの騒動前は個人旅行も可能であったらしい。成田の団体旅行カウンターに15時に集合。13名参加。東北、九州からも参加されていたが、この時間であれば便利である。若い人は添乗員だけである。時期と費用を考えればそうであろう。夜西安空港に到着。城壁のライトアップがわくわく感を引き起こし観光用にはよかった。やはり西安とローマが世界の古都なのだろう。姉妹都市の京都、奈良もかなわないのは仕方がない。突然、総合旅行業務取扱主任者資格のことを思い出した。研修は終了し、国内の実務研修は終わったのだが、海外の実務研修は、去年のマニラ、あるいは今年のモスクワ参加でもらえるのか気になり、メールをN氏に出しておいた。添乗業務など絶対に私には無理であるが、学生に教えるには取得しておいた方が便利であるからだ。

13日午前 城壁、大雁塔と華清池
https://photos.google.com/share/AF1QipMy65nDno-DNC-O4CILSZe1y-gQ654FCi1IBpfwE9ENG6jQZeL3EL2bxVqOyipFAg/photo/AF1QipMA1uzQ3YJQlS-fpLznzsf2MbK_7c8JC9dIf0rU?key=bnRBeEZWaVk1ZUp6NHA4YVEyWk91RmJQQ09kMXZ3

ウィキペディアによれば、西安は人口850万人、一人当たりGDP 120万円の大都会である。ガイドの李さんは人口1千万人といっていた。集計時期の違いであろう。新幹線が人口1500万人の成都と結ばれ、観光客が大幅に増加したようだ。東海道新幹線でも採算が取れるのであるから、間違いなく黒字路線である。

〇 城壁は国という漢字の語源になっているからわかりやすいが、その規模の大きさは現地に行ってみないとわからない。観光の語源「国の光」でもある。なぜそんなに無理をして城壁を作ったのか実感がわかなかったが、今回来てみて、西域の遊牧民族との争いの歴史を肌で感じると、城壁がなければ安全は確保できなかったのであろうことが理解できた。この城壁一つで、姫路城との違いがすぐに理解できた。

〇 大雁塔は、正直言ってよく知らなかったが、旅行業務取扱管理者試験の受験時にしっかりと記憶したから是非見学してみたかった。三蔵法師がインドから持ち帰った経典が残っている。7層64メートル、西安の町全体が見渡せる。20元支払えばだれでも登らせてくれる。塔の南に慈恩寺歴代の大住職(一部)の霊骨塔が並んでいる。その中で仏歴2543年に亡くなった普慈法師の霊骨塔があり、慈恩寺ガイドの普慈法師の説明があった。玄奘が般若心経を翻訳した建物(再建)内に案内され、書家である普慈法師の書である掛軸の販売勧誘があった。法師は文化大革命時に紅衛兵にただひとり立ち向かったと紹介され、天皇陛下も訪れている写真が掲げられている。案内の人から、法師の書の値段を当ててみろと言われ、百万円、一千万円と思っていたら5万円と聞き、安いと感じた。法師が高い値段を好まなかったからだという説明。さっそくツアー参加者の一人がカードで購入。商売上手である。2010年冬に書かれたブログを読むと、大雁塔の上から見る西安のスモッグがひどいことがわかるが、今では電気自動車等の普及でかなり改善されているように思う。街の中の清掃も行き届いている。

〇 華清宮
 華清宮は華清池として知られている。観光用のシンボルは半裸の楊貴妃が湯あみをしている胸像であろう。間違いなく新しいものであるが、わかりやすく、旅行業試験のテキストでも出てくる。学校教育では白居易の長恨歌の名前を記憶させられ、その延長で源氏物語や枕草子が出てくるから、受験勉強で比翼の鳥と連理の枝は、否が応でも覚える。しかしそれ以上の知識もないのである。華清宮には山頂までのロープウェイがあり、中国人は家族でそのロープウェイに乗って遊覧しているようであるが、我々にはそんな時間はない。境内にはザクロの花が咲いており、きれいであった。中国のザクロは大きく、秋に収穫できるという。昨年雲南省でみたことを思い出した。
 案内の途中、ガイドの李さんは、中国四大美人は誰かと我々に聞いてきた。西施(春秋時代)、王昭君(前漢)、貂蝉(後漢)、楊貴妃(唐)であり、いずれも傾国、傾城の美女である。西施は芭蕉の句「象潟や 雨に西施が合歓の花」で日本人も名前だけはよく知っているが、あまり内容は知らない。王昭君は個人的には君がついているのに女性なのだと思ったことから記憶はあるが、勿論詳しくは知らない。貂蝉(ちょうせん)に至っては私は不覚にも名前も知らなかったが、架空の人物らしい。勿論中国人はよく知っている。昔の教養ある日本人であればすべてよく知っていたであろうが、我々の世代では名前くらいになってしまったから、孫の世代になると、楊貴妃くらいしか出てこないのかもしれない。世界三大美女は、楊貴妃、クレオパトラに小野小町と習ったが、前二者はローマ時代と唐時代の代表であるから、本当はギリシャ時代かペルシャ王朝時代から一人選ばれてもおかしくないのであるが、日本では小野小町になってしまう。日本だけにしか通用しないであろう。

13日午後 兵馬俑と始皇帝陵

https://photos.google.com/photo/AF1QipM_AX_FC1C4vqTpl7yB0SE7nBcGilmOPfEvPU9k

これから先もゆっくりと発掘作業が行われてゆき、そのたびに新しい発見がさなれるのであろう。歴史はまた変えられるのであろう。
兵馬俑の出口には土産物店。1974年に兵馬俑を発見した楊志発のポスターが飾ってある店があった。地元名物ぴゃんぴゃん面の看板。漢字の国である。
始皇帝の話は、司馬遼太郎の小説で読んだ記憶があるくらいであり、阿房宮も内田百閒の阿房列車で連想したくらいであるから、ほとんど知らないが、貨幣と漢字を統一したのは素晴らしい。アメリカが核とドルと英語を握っているようなものである。

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