『外国人労働者をどう受け入れるか』NHK取材班を読んで
日本とアジアの賃金格差は年々縮まり上海などの大都市は日本の田舎を凌駕している。そうした時代を読み違えて、安くて都合のいい労働者としてアジア人を使い捨てにしている実態を伝えようとしているが、その逆の面が、外国人観光客の急増による手放しの日本文化礼賛論である。
外国人労働者問題に関心が集まっているが、海運の世界では1990年代には既に終盤戦に入っていた。残念ながらその実態が日本社会全体では共有されなかった。私は、学生に観光学の講義のなかで、外国人観光客と外国人労働者の違いを説明しているのも、この経験に基づいている。
本書の特色は、Amazonの書評にもあるように、次の2点である。
1 外国人労働者、特に技能実習生の置かれた「『奴隷労働』と言われるほどひどい状況(p.11)」を「人権問題」として告発するだけでなく、労働力不足に陥っている日本企業や日本社会の将来にとって、外国人労働者の「使い捨て」が(他国との労働力の奪い合いの中で)いかに問題かを指摘している点(日本総研が「二〇二〇年の東京オリンピック・パラリンピックの年には、四一六万人の労働力が不足すると試算(p.98)」している一方、国連の推計では、中国では同年までに2000万人の労働力が不足するという(p.104))
2 従来の「単純労働者の受け入れ拒否」から、抜本的改革とは言い難いものの、現在、軌道修正を図ろうとしている、政府の「外国人労働者」に関する方針についても紹介している点
欧米に比べ、極端に制限されている日本への移民、一方ますます深刻化する若年労働者の不足、これらの現状と課題について、解説している。都市部の留学生等の実態については、ある程度わかっているつもりでしたが、近年の、特に本書の説明にある外国人技能実習生の労働環境がこれほど過酷とは私も思わなかった。『黒いスイス』という本があるが、いつの間にか日本もインバウンドで目くらましにあっているうちに『黒い日本』になってきているのであろう。
実習生に「奴隷労働」を強いている経営者たちも、相手が日本人なら、労働法制の縛りもあるし、このような非人道的な扱いはしないのだろう。こうした経営者たちは、発展途上国から来た実習生を、正規の労働者とは全く見ておらず、低賃金で過酷な労働を強いても許される存在と思い込んでいるとしか思えない。実習生たちに現に自分が非人道的な扱いをしていても、自分が非人道的な扱いをしているという自覚すらなく、むしろ、本国で働くよりは好待遇に処しているくらいに思っているのかもしれない。代わりの実習生は依頼すればいくらでも斡旋してくれるので、正当な苦情を申し立ててくる実習生は面倒な人であり、そうした面倒な人は、さっさと強制帰国させて、文句を言わない他の人を雇えばいいという発想なのだろう。
自民党の特命委員会が2016年5月24日にまとめた提言の中では、外国人を技能実習制度や留学生といった「就労目的以外の在留資格」によって受け入れるのではなく、移民政策と誤解されないように配慮しつつ(当面在留期間を5年間と限定)、必要性がある分野については個別に精査した上で正式に労働者として受け入れるべきだとしているとのことで、この提言を土台として、政府は特区制度を活用した制度の見直しなどに着手している。この点は日本の労働組合がきちんと対応できておらず、野党も制作能力が欠如していることの反映なのであろう。
『おわりに』で、「これまで、あらゆる分野でグローバル化の波に遅れまいとしてきた日本で、人材の受け入れという一点において、グローバル化の議論が置き去りにされてきたのは、なぜなのだろうか」と述べている。
『ルポ ニッポン絶望工場』(出井康博著 講談社)では留学生についてもルポしており、そこでは、「現在、日本で最底辺の仕事に就き、最も悲惨な暮らしを強いられている外国人は、出稼ぎ目的の偽装留学生たちだと断言できる」としている。
関連記事
-
-
三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』なぜ日本に政党政治が成立したのか
1 なぜ日本に政党政治が成立したのか (これまではなぜ政党政治は短命に終わったかを論じてきた)
-
-
『天安門事件を目撃した日本人たち』
天安門事件に関する「藪の中」の一部。日本人だけの見方。中国人や米国人等が作成した同じような書籍があ
-
-
『日本車敗北』村沢義久著 アマゾンの手厳しい書評
車の将来の議論の前提に、地球温暖化への見解 ガソリン車 電気自動車 エンジンではな
-
-
ネット右翼を構成する者 メディアが報じるような「若者の保守化」現象は見られない
樋口直人は『日本型排外主義』の中で、大部分は正規雇用の大卒ホワイトカラーであるとし、古谷経衡も「ネ
-
-
『日本語スタンダードの歴史』野村剛士は、「日本の話しことばについて」『現代国語三』所収 木下順二著1963年を否定
私の自説に、日常と非日常が相対化しており、観光資源もあいまいになってきているというアイデアがある
-
-
『中国人のこころ』小野秀樹
本書を読んで、率直に感じたことは、自動翻訳やAIができる前に、日本型AI、中国型自動翻訳が登場す
-
-
新華網日本語版で見つけた記事
湖南省で保存状態の良い明・清代の建築群が発見 http://jp.xinhuanet.com/20
-
-
『総選挙はこのようにして始まった』稲田雅洋著 天皇制の下での議会は一部の金持ちや地主が議員になっていたという通説が実証的に覆されている。いわば「勝手連」のような庶民が、志ある有能な人物(国税15円を納める資力のない者)をどのような工夫で議員に押し立てたかを資料に基づいて丹念にドキュメンタリー風に解説
学校で教えられた事と大分違っていた。1890(明治23)年の第一回総選挙で当選して衆議院議員にな
-
-
『近世社寺参詣の研究』原淳一郎
facebook投稿文章 「原淳一郎教授の博士論文「近世社寺参詣の研究」を港区図書館で借りて