*

『外国人労働者をどう受け入れるか』NHK取材班を読んで

公開日: : 最終更新日:2023/05/30 人口、地域、, 出版・講義資料

日本とアジアの賃金格差は年々縮まり上海などの大都市は日本の田舎を凌駕している。そうした時代を読み違えて、安くて都合のいい労働者としてアジア人を使い捨てにしている実態を伝えようとしているが、その逆の面が、外国人観光客の急増による手放しの日本文化礼賛論である。
外国人労働者問題に関心が集まっているが、海運の世界では1990年代には既に終盤戦に入っていた。残念ながらその実態が日本社会全体では共有されなかった。私は、学生に観光学の講義のなかで、外国人観光客と外国人労働者の違いを説明しているのも、この経験に基づいている。

本書の特色は、Amazonの書評にもあるように、次の2点である。
1 外国人労働者、特に技能実習生の置かれた「『奴隷労働』と言われるほどひどい状況(p.11)」を「人権問題」として告発するだけでなく、労働力不足に陥っている日本企業や日本社会の将来にとって、外国人労働者の「使い捨て」が(他国との労働力の奪い合いの中で)いかに問題かを指摘している点(日本総研が「二〇二〇年の東京オリンピック・パラリンピックの年には、四一六万人の労働力が不足すると試算(p.98)」している一方、国連の推計では、中国では同年までに2000万人の労働力が不足するという(p.104))
2 従来の「単純労働者の受け入れ拒否」から、抜本的改革とは言い難いものの、現在、軌道修正を図ろうとしている、政府の「外国人労働者」に関する方針についても紹介している点

欧米に比べ、極端に制限されている日本への移民、一方ますます深刻化する若年労働者の不足、これらの現状と課題について、解説している。都市部の留学生等の実態については、ある程度わかっているつもりでしたが、近年の、特に本書の説明にある外国人技能実習生の労働環境がこれほど過酷とは私も思わなかった。『黒いスイス』という本があるが、いつの間にか日本もインバウンドで目くらましにあっているうちに『黒い日本』になってきているのであろう。

実習生に「奴隷労働」を強いている経営者たちも、相手が日本人なら、労働法制の縛りもあるし、このような非人道的な扱いはしないのだろう。こうした経営者たちは、発展途上国から来た実習生を、正規の労働者とは全く見ておらず、低賃金で過酷な労働を強いても許される存在と思い込んでいるとしか思えない。実習生たちに現に自分が非人道的な扱いをしていても、自分が非人道的な扱いをしているという自覚すらなく、むしろ、本国で働くよりは好待遇に処しているくらいに思っているのかもしれない。代わりの実習生は依頼すればいくらでも斡旋してくれるので、正当な苦情を申し立ててくる実習生は面倒な人であり、そうした面倒な人は、さっさと強制帰国させて、文句を言わない他の人を雇えばいいという発想なのだろう。

自民党の特命委員会が2016年5月24日にまとめた提言の中では、外国人を技能実習制度や留学生といった「就労目的以外の在留資格」によって受け入れるのではなく、移民政策と誤解されないように配慮しつつ(当面在留期間を5年間と限定)、必要性がある分野については個別に精査した上で正式に労働者として受け入れるべきだとしているとのことで、この提言を土台として、政府は特区制度を活用した制度の見直しなどに着手している。この点は日本の労働組合がきちんと対応できておらず、野党も制作能力が欠如していることの反映なのであろう。

『おわりに』で、「これまで、あらゆる分野でグローバル化の波に遅れまいとしてきた日本で、人材の受け入れという一点において、グローバル化の議論が置き去りにされてきたのは、なぜなのだろうか」と述べている。

『ルポ ニッポン絶望工場』(出井康博著 講談社)では留学生についてもルポしており、そこでは、「現在、日本で最底辺の仕事に就き、最も悲惨な暮らしを強いられている外国人は、出稼ぎ目的の偽装留学生たちだと断言できる」としている。 

関連記事

no image

遠くない未来、学問は人間が理解するものではなくなる(かも)【ゆっくり科学】

  https://www.youtube.com/watch?v=yCIxsaLg

記事を読む

『諳厄利亜大成』に見る、観光関連字句

諳厄利亜大成はわが国初の英語辞典 1827年のものであり、tour、tourism、hotelは現

記事を読む

no image

横山宏章の『反日と反中』(集英社新書2005年)及び『中華民国』(中央公論1997年)を読んで「歴史認識と観光」を考える

 歴史認識を巡り日本と中国の大衆が反目しがちになってきたが、私は歴史認識の違いを比較すればするほど、

記事を読む

no image

『日本が好きすぎる中国人女子』桜井孝昌

内容紹介 雪解けの気配がみえない日中関係。しかし「反日」という一般的なイメージと、中国の若者

記事を読む

no image

『2050年のメディア』下山進

日本の新聞がこの10年で1000万部の部数を失っていることを知り、2018年4月より、慶應義塾大学

記事を読む

no image

2019年11月9日日本学術会議シンポジウム「スポーツと脳科学」聴講

2019年11月9日日本学術会議シンポジウム「スポーツと脳科学」を聴講してきた。観光学も脳科学の

記事を読む

no image

『知られざるキューバ』渡邉優著 2018年

4年前のキューバ旅行のときにこの本が出版されていれば、また違った認識ができたとの思う。 カリ

記事を読む

no image

『支那四億のお客様』カール・クロ―著 

毎朝散歩コースになっている一か所に商業会館ビルというのがある。この本を出版したのが倉本長治氏のよう

記事を読む

『尖閣諸島の核心』矢吹晋 鳩山由紀夫、野中務氏、田中角栄も尖閣問題棚上げ論を発言

屋島が源平の合戦の舞台にならなければ観光客は誰も関心を持たない。尖閣諸島も血を流してまで得るもの

記事を読む

Is it true only 10% of Americans have passports?

http://www.bbc.com/news/world-us-canada-42586638

記事を読む

no image
ロシア旅行の前の、携帯wifi準備

https://tanakanews.com/251206rutrav

no image
ロシア旅行 田中宇

https://tanakanews.com/251205crimea

no image
2025年11月25日 地球落穂ひろいの旅 サンチアゴ再訪

no image
2025.11月24日 地球落穂ひろいの旅 南極旅行の基地・ウシュアイア ヴィーグル水道

アルゼンチンは、2014年1月に国連加盟国58番目の国としてブエノスア

no image
2025年11月23日 地球落穂ひろいの旅 マゼラン海峡

プンタアレナスからウシュアイアまでBIZBUSで移動。8時にPUQを出

→もっと見る

PAGE TOP ↑