箱根について 藤田観光元会長の森本昌憲氏の話を聞いた結果のメモ書き ジャパンナウセミナー
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用語「人流」「観光」「ツーリズム」「ツーリスト」
2017年10月13日ジャパンナウ観光情報協会の観光立国セミナーで森本氏の話を聞く。日本ホテル・レスストランサービス技能協会の会長もされており、
「レストランサービス技能検定」という国家試験に興味もあったからだ。30年間に3万人が資格を得たとある。年間1000人であるから、一学年50名が資格を得たとしても、20校が参加をしなければならない。国家の後押しがないと継続できないであろう。
箱根は7湯17湯に拡大し、現在は20湯だそうである。一体感を持つには苦労があったようで、関所があった時代は全くバラバラであったそうだ。
昭和30年代藤田観光が加わるころに、富裕層の別荘地が一大観光地になってゆく。「1000円富士」で関東近郊からバスで大量動員を始めたころ、他の旅館でも日帰り入浴・休憩食事を始めた。
昭和50年代小涌園は箱根の1割を占める。毎日2千人から3千人の利用者、従業員1200名、温泉饅頭、温泉卵、
1983年東京でディズニーランドの開業 箱根が修学旅行のコースから外れる。それまでは70万人が鎌倉、皇居のコース 新婚旅行も完全に消える。
日本テレビの箱根駅伝実況中継 1987年~
知名度が全国区、冬場のシーズンオフから通年リゾートに変化。テレビ映りを気にして街の美化が促進
箱根の一体感が進む 江戸時代から箱根の山は「ケンカの険」であった。
三大駅伝 1920年~箱根駅伝 1970年~全日本駅伝 1989年~出雲駅伝
平成28年 宿泊415軒 一軒当たり平均96名収容 保養所等も入れると10年で90軒が減少
宿泊客434万人うち外人46万人
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