中島洋『エネルギー改革が日本を救う』(日経BP社)を読んで、配車アプリを考える
昨日2015年3月25日夜、古い友人の中島洋氏と大門近くの居酒屋でお会いした。その時に日経BP社から出された『エネルギー改革が日本を救う』を頂き、私が持っている問題意識と共通するところを中心に思いつくまま書き留めた。
1 個人情報
まずデータは誰のものかという問題提起。病院のカルテのデータは医師のものではなく患者のもの、小売店や通販で商品を購入した履歴データは購買客のものであるという認識が社会的に形成され、個人情報保護法が制定されたことが紹介されている。本書ではエネルギー問題のイントロにもなるのだが、ロンドンで配車アプリの調査を終えた直後であっただけに、その重要性を再認識させられた。
スマートメーター(注)について、供給側(電力会社)完全主導の従来の電力システムを「根本から覆す」という危険なにおいを電力会社が直感し、本能的な拒否反応を示したことが紹介されている。そして「情報社会が進化して、情報の持ち主が変わったのである」「電力分野でそのパラダイムシフトを起こす道具立てになるのがスマートメーターである」「データがユーザーのものであれば、そのデータを、ユーザーが選ぶ電力小売り会社に提供できる。既存の電力会社に遠慮することはない」と中島氏は主張している。人流情報が誰のものかと問題点を置き換えれば、配車アプリ問題もより身近に感じられる。
国鉄分割民営化後、路線別収支等といった鉄道データがJRから出されなくなった。貴重な商品データが、その必要性や使用目的がはっきりしないまま出されることへの住田正二社長(当時)の考え方があったからである。世間ではあまり知られていなかったが、当時としては、かなり衝撃的なことで、これも民営化の影響だと思ったりしていたが、実は運輸省もそれまで鉄道会社からは法的権限があいまいなまま情報入手していたから、マスコミや国会には都合の悪い情報は開示しない傾向があった。例えば首都圏の路線がいかに儲かっているかがわかれば、沿線自治体や利用者から当該路線へのサービス改善や運賃値下げの要求が出てくることは明らかである。その一方で東北地方の在来線はすべて赤字であったが、その赤字の埋め合わせのことは論議されないし、運輸省も責任ある対応ができないといったことが予想された。この状況は今も変わらないが、データは誰のものかという議論に行き着く。勿論、個人情報保護法には、特定の個人が、何時、何処から何処まで乗車したかという情報が個人に属するもので、鉄道会社に属するものではなく、その延長にこれらが集合されビッグデータとなった情報も基本は同じであるという発想があるのであろう。
配車アプリによって収集された人流データはその規模、内容いかんではマーケティングツールとして宝の山である。そのことにいち早く気が付いた欧米投資家はUber等に出資するのであろう。ただし、Uberの経営幹部の個人情報悪用が問題となり、現在社会的反発があるのは自業自得であろう。
注 スマートメーター ITを活用して効率的な制御を行い、無駄の少ない、賢い運用を行える電力配給網がスマートグリッド。それを実現するためのスマートメーターという言葉がある
2 イノベーション
ロンドンでの調査時期に、福岡ではUberが「直接の対価を得ない」無償運送の調査を行っていた。一般社会の関心が薄い事案であったが、タクシー業界では当然敏感に拒絶反応を示していたから、国会議員も超党派で反応し、運輸行政当局も基本的にはその意向を受けた対応にならざるを得なかったであろうと推測された。Uberの調査(実験)の「無償性」にグレーであるとの印象があり、運輸当局から問題点も指摘されたのであるが、もちろん司法判断もなされておらず、判断そのものがグレーのまま終了している。
この点に関し、中島氏は「日本ではグレーな状況だと、まず、これが違法でないことを確認してからサービスやビジネスを始める。しかし、米国をはじめ、イノベーションの進展が早い国では、違法であることがはっきりしていなければサービスやビジネスを始める。後で、違法性を争えばいい、と割り切っている」として「グレー」はシロと信じるところから始めよと主張され、ヤマト運輸の小倉昌夫さんを例として引き合いに出している。ロンドンでのUber等の調査から帰国したばかりであったから妙に海外のことには納得できた。
2000年ころにはアメリカ政府の意向で、ノーアクションレタールールが日本でも取り入れられ、具体的事例が発生しなくても、問い合わせがあれば行政の見解を示さなければならいというルールができているのだが、この事案での取り扱いについては確認していない。Google等が世界戦略の一環で本気を出して来れば、配車アプリ問題も貿易問題として大きく取り上げられかねないだけに、海外ではマスコミの注目を引くのであろう。
なお、福岡のUberの実験の問題点は、実験の先にあるビジョンが曖昧であることである。社会的に無償ということはあり得ず、民放やGoogle検索のビジネスモデルのように、広告収入で成立するといった展望が示されなければならない。現在、無償運送が成立しているのは、病院、ホテル旅館等の送迎に代表されるものであり、「間接的な対価」である治療費や宿泊料で賄われている。Uberも日本で無償運送を成立させたいのであれば、Googleタクシーのようなコンセプトを提示すべきである。また、無償運送ではなく、自家用車の有償運送事業実施のためのデータ収集であれば、現行制度では可能性の極めて少ない大都市で実験するのではなく、高齢者の多い地方の地域で行うべきではなかったかと思う。
3 電力改革
まず、3月21日に北星会(石川県出身者有志で集まる個人勉強会)で宇治則孝(元NTT副社長)氏の講演を聞いたばかりであったので、中島氏が引用する宇治氏の「競争がなかったのが、電力分野での技術革新を遅れさせた本当の理由ではないか」との指摘には同感させられた。中島氏によれば、直流が見直されているようである。家庭では、装置が働く最後の段階では直流であるいうのは妙に理解できる。パソコンの電力も最後は直流であるのは誰しも肌で触れているからわかる。直流方式の採用により、生産と消費を同時同量に制御しないですむことが、電力網の合理的ありかたの一つであるようである。そして生産と消費の分離のカギを握るのは蓄電技術であるようだ。電力の仕組みにインターネットの発想を取り込めるかがデジタルグリッドの発想の原点であり、未来社会は小型発電所が超分散する社会であるようだ。
4 原発
微妙な問題の原発について、この本の母体となっている未来技術経営(FTM)フォーラムの議長の村上憲郎氏は「結局は両者の主張は価値観の違いが背景にあって、実りをもたらさない神学論争に陥る」として「原発の是非の議論は禁止」されたことを紹介している。同時に「発・送電部門を分離すれば、原発は自然に消えてゆくのではないか」という観測があったことも紹介されている。競争が激しくなった発電会社に「原発」を維持できるのか、使用済み核燃料は取り扱いに多額のコストがかかる負の資産であるともされている。私も常々原発論議は最後はコスト論議になり、そのコスト計算の前提はどこまで安全確保に費用をかけるかという政治判断になると思っていたので、納得がいく結論であった。
そして最後に紹介したい点は、「日本にエネルギー資源はないというのは誤り」であえていえば「ある時代にコスト的に国際競争力を持つエネルギー資源がなかった」というのが真実、「日本は潜在的にはエネルギー資源大国」ということが書かれている点である。
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