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日本人が海外旅行ができず、韓国人が海外旅行ができる理由   『from 911/USAレポート』第747回 「働き方改革を考える」冷泉彰彦 を読んで、

公開日: : 最終更新日:2023/05/30 出版・講義資料, 路銀、為替、金融、財政、税制

勤労者一人当たり所得では、日本も韓国も同じレベル
時間当たりの所得では、日本は途上国並み
これでは、韓国人の海外旅行率が高いのは当然

『from 911/USAレポート』第747回 「働き方改革を考える」冷泉彰彦

70年代までは、日本の多くの職場においては、現在ほどの長時間労働はありませんでした。中央官庁のエリート以外は、公務員の時間外勤務は限定的でした。教員が雑務やクレームで潰れたりということもありませんでした。多くの飲食店や小売は個人経営で、労働時間は長くても利益を確保して自分のものにできていたのです。そして、企業の事務職の多くは特別なことでもない限り、7時台には終業していたのではないかと思います。それが90年代に悪化したのには色々な理由があります。対面型コミュニケーションを止められないままに、グローバル展開をした結果、早朝や深夜にわたって時差対応をしているとか、コンプライアンス対応が形式的な書類作りが主となったために作業量が増えたとか、要員の縮小が起きて一人あたりの作業量が増えたというようなことは、多国籍企業や大企業では起きていきました。 同時に、飲食店や小売の場合は、大規模なチェーンのフランチャイズに取り込まれることで、本部経費の負担が重くのしかかっていくことになります。また、公務員や教員に関しては、民間同様の「厳しさ」をというような風潮が長時間労働につながって行きました。

 その結果として、長時間労働が常態化しているわけです。その結果として、辛うじてであっても日本経済が先進国として競争力と豊かさを保持しているのであればまだ良いのですが、そうではありません。この欄で、2016年の年初にお話したように、日本の一人あたりGDPは低迷しています。では、引退した高齢者が増えたから「一人あたり」が下がったのかという
と、そうではなくて、「現役の勤労者一人あたり」で計算しても数字は悪いのです。ここで最新の数字を確認しておきましょう。IMFによる2016年の「一人あたりGDP」の数字では、日本は38917ドルで22位。ところが、こちらは世銀のデータになりますが、「勤労者一人あたりのGDP」になると、日本は72618ド
ルで37位まで下がります。これはEUの平均値(82028ドル)より悪く、シンガポール(141226)の約半分という水準です。この「勤労者一人あたりGDP」の7万ドルという水準ですが、ギリシャ(72584ドル)や韓国(70011ドル)がほぼ同等となっています。

 これだけでもショッキングですが、仮に「労働時間の一時間あたり」という統計が可能となったとすれば、時間内プラス時間外の労働時間に、有給消化率やバカンスを加味していくのであれば、恐らく日本の場合はもっと順位が下るでしょうし、数字としては完全に途上国の水準になってしまうと思います。つまり、日本の「働き方」というのは完全に破綻レベルであり、国家は破綻していなくても、個々の職場における生産性というのは失敗レベルにあるわけです。このことは「働き方改革」を考える上の大前提ではないかと思います。

どうして「利幅の薄いビジネス」が横行しているのでしょう。改革をしないまま、デフレ的な消費の低迷や廉価志向に巻き込まれて受け身の経営が続いているということもあるでしょうし、何よりも新しい付加価値創造をしないでも許される体質が社会全体にあるのかもしれません。 その背景には、カネの問題もあるように思います。高齢者の個人資産が、金融資産の中で大きな比率を占める日本は、リスクを取れない代わりに低利に甘んじる種類のマネーが圧倒的です。反対に「ハイリスク、ハイリターン」のカネは日本円としては非常に限られるわけです。そこで、海外から調達ということになると、ここに為替リスクが乗っかりますから、特に国内向けのビジネスの場合はそのリスクも取れないということになります。

 そうなると、社会全体として融通の利くお金というのは、「ローリターン」でいいから、徹底的に「ローリスク」ということになります。つまり、利益は薄くてもいいから手堅いビジネス、しかも信用力のある大企業でないと、カネを引っ張ってくることが難しいのです。ですから、結果的に保守的で大きな失敗はしないが、粗利益率は低いという種類のビジネスにカネが集まるし、反対にリスクはあるが粗利益率のターットを高めに取ったビジネスは、資金を用意するのは難しいということがあります。

 つまりは、構造的な問題であり、そこをどう突破するのかという問題は、アベノミクスによる国内の株高効果、輸出産業の好業績というだけでは、「先行き不安が解消しない」という問題に絡めた議論が必要なのだと思います。いずれにしても、ビジネスの基本である高めの粗利益率が確保できるビジネスモデルがあり、それを可能にする資金調達ができて、その上で余裕人員も確保した上で、仕事が回るし成長もするという流れ、つまり当たり前の経済成長の仕組み、あるいは自由経済の基本という部分をどう再建するかという問題があるわけです。

 今度は、オフィスワークの話になりますが、顧客対応、他部門対応において、「その担当者しか知らない・できない」という状態が日本の職場にはまだまだ残っていると思います。社会全体として「有休は取りにくいが、一斉に休めれば大丈夫」という考え方から、国民の祝日がどんどん増えてきたというような問題も、このことに起因しています。

 この問題は、資金調達とか、アベノミクスといった大きな話とは関係なく、もっと地に足の着いた実務の問題です。例えば、Aという社員が不在の場合に、Aが担当している取引先からの問い合わせが入ったとします。その場合に、取引の現状についてA本人にしか分からない問題があれば、A以外の社員には返答のしようがありません。一方で、誰がどのように休暇を取ったとしても、他の人間がその人の業務を代行できるように情報が共有化されていれば、問題はないわけです。これは、Aの会社の側だけの問題ではありません。取引先の方も、「どうして平日なのに休んでいるんだ?」とか、「Aさんじゃなくては話ができない、他の人では困る」というような対応をしては「いけない」のです。勿論こうした問題は100%追放するのは難しく、技術的に高度な話であったり、契約内容が複雑であったりという場合には、そうは簡単に「チームで共有化」ということにはならないかもしれません。ですが、高度な問題でもないのに、「Aにしか分からない」という状況を残していれば、結局はAという人は休暇が取りづらいことになります。ゼロにするのは無理でも15%とか20%にまで減らせれば、問題はだいぶ楽になります。加えて、チームの中で、取引の途中経過を共有化できていれば、ミスや不正も減らせますし、相手からの無理な要求等への対処も可能になるはずです。

 これに加えて、「リードタイム」の問題もあります。細かな問い合わせなどについて、即答を求める文化が根強いのが日本です。3月末に終わった年度の決算が6月中旬までかかる一方で、上司や取引先からの問い合わせへの回答については、即答を求められるというのでは、休暇は取れないし、上司が活動している時間帯には連絡が取れないといけないということになります。

 これは日本の組織風土をかなり変えないといけない問題ですが、本当に切羽詰った問題でなければ「即答」ではなく、「リードタイム」を置けるようにすることで、全体的には大きな効率化ができるように思います。

 では、どうして問い合わせが発生するのかというと、権限のある人間にはスキルと情報が欠けているという組織の構造が前提になっている場合が多いようです。情報もスキルもないが、他分野での経験があり、そのために権限を付与されている管理職は、何かと「聞きたがる」わけです。その管理職が、専門知識ゼロかつ飲み込みの悪い人材であれば、現場からのブリーフィングにムダな時間を要するばかりか、とにかく部下は延々と付き合う必要があるわけです。

 勿論、スキルと知識のない管理職の側としては、真面目であればあるほど、細かな部分まで納得しようとするし、会社のトップとしても、そのように「畑違いの管理職を配置」すれば、これまで見過ごされてきた不正や非効率を発見してくれるなどという期待をするわけです。ですが、結果的に、権限とスキル・情報が分離されているために、異常な長時間労働が発生し、しかも全体では非効率になるという問題は大きいと思います。

 その他には、繁忙期の仕込みを通年に分散できているか、という問題があります。例えば、決算の問題があります。多くの企業は、3月末に決算を締めても、6月中旬まで決算は固まりません。どうしてかというと、月次決算は簡単に済ませておいて、四半期や本決算時だけ「決算対応」というのをするからです。例えば老朽化した資材を廃棄して、残存価値を損金で落とすとか、色々な積立金や引当金といった帳簿上の処理をするわけです。こうした問題は、月次にキチンとやってれば本決算の時に残業したりする必要はないわけです。

 会計のような分かりきった作業でもそうなのですが、特に新製品開発などの新しいプロジェクトになると、どうしても締め切り間際に作業が集中することになります。そこを最終的な完成から逆算して、プロジェクト期間全体に作業量を分散できれば、長時間労働は避けられるし、効率もアップします。つまり緻密な計画性ということです。それが、日本企業の場合は残念ながら多くの産業でできていない、それが繁忙と非効率の原因になっているわけです。

 効率化、生産性向上の一つの切り札は、自動化、電算化であるわけですが、その導入が「正しくない」ために却って繁忙や混乱を招いているという問題があります。一つには、電算化と同時に標準化がされているかという問題です。この標準化ですが、例えばAという銀行と、Bという銀行が合併したとして、AはC電気の電算システムを使用し、BはD通信のシステムを使っていたとします。当然に合併後のAB銀行としては一つの統一した電算システムを立ち上げるべきなのですが、当分の間はC電気のものとD通信のものを並行して走らせるということになります。

 これは、C電気はA銀行の、D通信はB銀行の大口取引先であったために、互恵的取引が不公正という思想の弱い日本では、どうしてもCもDも切れないという問題があり、同時にAの電算部門の人材はCのシステムしか使えないし、BはDしかダメ、しかも合併と同時に電算部門の要員を解雇するわけにもいかない、といった問題があるわけです。

 勿論、このような話は、まだまだ経済に余裕のあった90年代までの話であって、現在はそんなバカなことは減ってきていますが、それでも今でも非効率な問題はたくさんあります。これは民間ではなく、官公庁の話になりますが、マイナンバーをどう使っていくかという問題においても、標準化や簡素化という思想はなかなか支持されなかったりするわけです。

 電算化を阻むものとしては、他にも「原本重視」とか「印鑑」の問題、そして「現金取引」の問題もあります。特にキャッシュレスの問題は、日本の場合に進んできているとはいえ、個人にしても法人にしても、なかなか進んでいかない問題があります。法人の場合は、さすがに現金取引ではありませんが、旧態依然とした銀行振込が続いているために、法人の側も金融機関の側もワークロードが削減できていないという問題があります。

 その他に、対面型コミュニケーションや儀式的な会議の問題なども非効率の原因になっています。例えば、東京と新大阪の間を結ぶ東海道新幹線には、大変な数の「ビジネス利用」があるわけですが、その出張目的として「社外の取引先」への訪問だけでなく、「同じ会社の本支社間の出張」というのも大きいと思います。

 国内であればまだしも、海外の場合も、本社に「報告出張」が年に何度もあって、そのたびに「夜の部」という懇親会や酒席に出席しては「国内における人事上の、つまりは社内政治上の噂話」などに延々と時間を費やしているという企業はまだまだたくさんあります。そうした終身雇用につきものの、爛熟したカルチャーというのも、組織の保守性を強めるだけでなく、全体的な非効率の原因になっているのではないかと思うのです。

 出張というと、昭和的な発想では、そのように「懇親会」があるとか、見聞を広められるなどという「良いイメージ」もありますが、特に子育て中の世代にとっては、宿泊出張とか、そうでなくても早朝出発・深夜帰宅というのは、非常な負荷になります。そして、どんなに儀礼性が高いものであっても、出張命令を拒否するというのは、日本の組織に取ってはタブーになっているのが現状です。

 いずれにしても、働き方の改革というのは、有休の消化率や残業削減ではありません。それは結果であって、本当の「働き方の中身」において、徹底的な生産性向上を行う中で、その達成した生産性を全員で分かちあうものであるし、そもそも、そのような生産性の向上ができなければ、日本経済の繁栄は永遠に失われてしまうように思います。

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