『国債の歴史』(富田俊基著2006年東洋経済新報社)を読んで
公開日:
:
最終更新日:2023/05/28
出版・講義資料, 路銀、為替、金融、財政、税制
標記図書を読み、あとがきが要領よくまとめられていた。財政に素人の私には、非常に参考になる。
要約すると以下の通り。
議会の誕生とともに、絶対君主の私債は国民の借金、つまり国債に生まれ変わった。
国債は、発行時に約束した貨幣で償還される。
元利金は金に兌換可能な貨幣で支払われていた。
国債を大量に発行するために金本位制を停止することがあっても、人々のインフレ期待は抑えられていた。
金ではなく国債を担保に貨幣が発行されるようになると、中央銀行の行動如何が貨幣価値と国際価格に大きな影響を与える。
貨幣の発行が人知の裁量に大きくゆだねられるようになると、目先の便宜が優先されがちとなり、・・・・政治の了解が必要とされるようになった。
言い換えると、貨幣を裁量で発行できるようになった。
対外資本移動を禁止し、政府が中央銀行に影響力を行使すれば、ほぼ無制限の国債発行が可能となる。
市場の否定は、民主主義の否定であった。
中央銀行による国債引き受けを禁止した。暴走の危険がある民主主義に、制約を設けたのである。
国債は最も安全な資産である。
国内で最も信用力の高い資産であっても、・・・各国の国債間には金利差がついてきた。
各国の国債の信用力の格差を示している。
将来にわたる財政収支の予想があたかも金本位制下の金準備のような役割を果たしている。
国債市場は絶えず民主主義の健全性を推し量ろうとしている。
以上である。
北陸の有名旅館が倒産したことがある。銀行が支援しなくなったからである。大型旅館の経営状況は当時の社会経済状況を繁栄しているから、どこも似たようなものであったろう。それにもかかわらず、ある旅館の支援は打ち切りある旅館の支援は継続された。その判断は国際市場に似ている。
日本政府の借金状況は、他国と比較して優れているわけではないにもかかわらず、国際市場での評価が高いのは、日本経済社会の健全性が評価されているからであろう。北陸の有名旅館も、同じであろう。経営者というか、旅館の管理体制が評価されれば支援が継続され、管理体制に問題があれば支援が中止されたということである。有名旅館に限らず、融資一般に言えることであろうから、富田氏の結論はごく常識的なことを言っていることになる。当たり前だからこそ、説得力があるのであろう。
ところで、貨幣の発行であるが、Bitcoinの普及が始まりつつある報道がなされている。コンビニでも使用が開始されたようだ。このBitcoinの評価の評価も市場が行うのであろう。まだ頭の中で整理がついていないのであるが、Bitcoinの普及は安易な国債の発行を許さなくなるとすれば、大いに評価されなければならない。しかし、世界市場が金本位制度と同じく単一化されるとすれば、世界市場が安定しないと、Bicoinも評価されないということになる。それはそれで国を単位とした体制が崩れることを意味し、新しい社会が始まるのかもしれない。
関連記事
-
-
『芸術を創る脳』酒井邦嘉著
メモ P29 言葉よりも指揮棒を振ることがより直接的 P36 レナードバースタイン 母校ハー
-
-
『徳川家康の黒幕』武田鏡村著を読んで
私が知らなかったことなのかもしれないが、豊臣家が消滅させられたのは、徳川内の派閥攻勢の結果であったと
-
-
『日本語スタンダードの歴史』野村剛士は、「日本の話しことばについて」『現代国語三』所収 木下順二著1963年を否定
私の自説に、日常と非日常が相対化しており、観光資源もあいまいになってきているというアイデアがある
-
-
『発掘捏造』毎日新聞旧石器遺跡取材班
もう20年も前の事であるが、毎日新聞取材班の熱意により旧石器遺跡の捏造事件が発覚した。その結果、
-
-
書評『ペストの記憶』デフォー著
ロビンソン・クルーソーの作者ダニエル・デフォーは、17世紀のペストの流行に関し、ロンドン市長及び
-
-
『兵士のアイドル』押田信子著 盧溝橋事件勃発で、新聞の報道合戦開始 慰問団ブーム
陸軍恤兵(ジュッペイ)部 日清戦争時に少なくともそのたぐいの組織はできていた?
-
-
『ミルクと日本人』武田尚子著
「こんな強烈な匂いと味なのに、お茶に入れて飲むなんて!」牛乳を飲む英国人を見た日本人の言葉である。
-
-
保護中: 『植物は未来を知っている』ステファノ・マンクーゾ 、動物が必要な栄養を見つけるために「移動」することを選択。他方、植物は動かないことを選び、生存に必要なエネルギーを太陽から手に入れるこにしました。それでは、動かない植物のその適応力を少しピックアップ
『植物は<未来>を知っている――9つの能力から芽生えるテクノロジー革命』(ステファノ・マンクーゾ著、
-
-
山泰幸『江戸の思想闘争』
社会の発見 社会現象は自然現象と未分離であるとする朱子学に対し、伊藤仁斎は自然現象
