🌍🎒シニアバックパッカーの旅 5月9日、10日、11日 セルビア(国連加盟国90か国目)ベオグラード
公開日:
:
最終更新日:2023/06/14
シニアバックパッカーの旅
facebooK投稿文
ベオグラード。NATOの空爆の跡。宿泊した中央駅のそばの目抜き通りにありました。キチンと残せば立派な観光資源です。
*追記 この時のアメリカ軍の攻撃は国連決議に基づくものではない。クリントンのMONICAルインスキースキャンダルによる低迷している人気回復のためとも言う人がいる。アメリカの行動は、キューバ、ベトナム、アフガン、イラク、どれをとっても選挙民対策が影響している。
NATOによるベオグラード空爆跡、動画の方が臨場感があります
https://www.facebook.com/shuichi.teramae/videos/629059787291119
https://goo.gl/photos/bJMMbm3BiKirCiqu5
〇9日
夜空港に到着。タクシーでホテルに向かう。別館の部屋だった。暗くて階段で転びそうになる
朝起きて散策。空爆を受けたビルを見る。バスで空港まで行く方法も考え、市場近くまで散策する。鉄道駅の隣にある巨大バスターミナルは空港線がない。
結局A1という空港行きミニバスに10時20分に乗る。マケドニア、コソボの旅のためである。
セルビア側に問題がなかったとは言わないが、クロアチア側等にも虐殺の問題はあり、双方に問題があった。しかし、欧米メディア戦略にたけたクロアチア側の効果があり、NATOはベオグラードを空爆している。日中戦争時、国民党の米国でのメディア戦略は日本を上回っていたという解説があるように、昔からある問題である。中東、シリア報道や、サリンガス報道も、後から徐々に解明されるのであろう
10日
10日朝早起きして、ホテルの周りを散策。空爆観光資源を後に、今度は中央駅、バスターミナルの視察をした。
今度はベオグラードの観光名所めぐり。
セルビアの中心都市だけあり風格を感じさせられる。日本のとしに比べサイズが大きい。ドナウ川を眺めるおかは素晴らしい。カレメグダン公園
ベオグラードCity HOTELは、地球の歩き方では2009年開業の新しいとあるが、共産主義時代のものなのであろう。エレベータも記事とはことなり本館にはある。別館にはないので、別館経験者が書いたのだろうが、中央駅の目の前にあり、便利。日本円で6000円にしてはすべてが整っている。朝食、wifi CNN等の有線、両替にカジノまである。Cityツアーも50€で半日できる案内があった。
ズナーク・ピターニャは1823年創業の老舗。偶然木曜日だったので民族音楽の生演奏あった。私は室内のレストランで食事したのでわからなかったが、カフェで行っていた。注文はコバシッツァというセルビア風ソーセージを注文。ビールを注文したのは正解、一品の量が多く、一人向きではない。しかし、コーヒーを含めて1500円程度だから日本人には高くはない。食後暗くなっていたので、リュビッツァ妃の屋敷が綺麗であった。セルビア正教大聖堂がある。バロック風の塔とあるが正直バロックがわからない。オスマントルコから自治を獲得した英雄のミロシュ公がトルコ風から欧州風に町を変えたよう
空港行きの相乗りタクシー、中国かと聞かれた
FACEBOOK投稿文
ベオグラードで空港バスをまっていると、500円でゆくとタクシー運転手が声をかけてきた。あいにくバス代300円しか持ち合わせがないというと、引き下がったが、他に乗客がいたらしく、よく分からなかったが300で良いというので乗り込んだ。あと五分もすると空港バスが来るところであったから、交渉力はあった。ホテル手配では20ユーロ、空港のタクシーカウンターでは1800デナール(円)。他の乗客の代わりに運転手が声をかけてきた様子であった。動画にあるようにメーターが作動しており、他の乗客の料金は私の300円を差し引くようだ。日本も法解釈上、他の乗客の代わりに声をかけても良さそうだが、業界と組合が反対するから、行政も指導性が発揮できないのであろう。法規範意識は常識の上に成り立つ。、スマホアプリ時代に日本の行政が、バスの時は乗り合いを推奨して、マイカーの相乗りも推奨していたのであるから、多少時代錯誤であろう。私は乗り合いと貸切の相対化現象と捉え、見込み生産の乗り合いが、スマホによりリアルタイムで貸切に対応できる時代だと認識している。旅行業法を活用すれば今でも可能だから、その気になればいつでもベオグラードと同じことが可能なはずだ?
タクシーの動画
https://www.facebook.com/shuichi.teramae/videos/629974367199661
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