めも 「ドイツにおけるカジノ規制 ―ゲームセンターとの比較の観点から―」 国立国会図書館調査及び立法考査局 専門調査員国土交通調査室主任齋藤 純子 海外立法情報課渡辺 富久子
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最終更新日:2019/07/07
人口、地域、
人間の射幸心に働きかける賭博には様々な形態があり、それぞれ固有の発展と規制の歴 史を有する。例えば、カジノ(Spielbank)とゲームセンター(Spielhalle)は、どちらも賭博依存症(Glücksspielsucht)(1) を引き起こす危険性の高いゲーム機賭博を提供する点は共通で あるが、ドイツではその規制のあり方は大きく異なる (2)。両者は賭博市場において競合関 係にあるだけに、規制のあり方は競争結果を左右する可能性がある。このため、賭博規制 の一貫性のなさ、アンバランスは、厳しく批判されることになる。
2012 年に発効したドイツの賭博に関する州間協定(以下「賭博州間協定」という。)(3) は、 こうした批判に応えて、カジノとゲームセンターを含む5 種類の賭博について共通規定を 設けた。賭博州間協定は、賭博依存症の防止という根本的な目標のもとに、一貫性のあ る統一的な賭博法制を構築することを目指す政策の成果の1 つである。州間協定は、本来、 各州の間で規定の調和を図るための法形式であるが、賭博州間協定は、これに加えて、種類の異なる賭博の間でも規定の調和を図ろうとするものと見ることができる。
Ⅰ 賭博法制
ドイツの刑法典 (9) は、官庁の許可のない賭博の開催を禁じている(第284 条)。しかし、 国民の射幸心を根絶することはできないため、賭博を適切な範囲で合法化する方が合理的 であるとドイツでは考えられている (10)。国家は国民の射幸心を合法な方向へ導く役割を果 たすべきとされており、ドイツでは、賭博の多くは国家独占事業(Staatsmonopol)として 行なわれている (11)。
ドイツは連邦制国家であるため、各州も「国家(Staat)」であり 「国家独占事業」とは具体的には「州の公営事業」である。
ゲームセンターが賭博の一種とされているのは、ドイツのゲームセンターには、金銭を 賭けて利益を得ることができるゲーム機(以下「利得可能性のあるゲーム機」という。) が設置されていることが多いためである (14)。
、連邦は経済法の立法権限を有しており(基本法第74 条第1項第11 号)、この権限に基づく賭博に関係する連邦法として、競馬・富くじ法 (16) 及び営業法がある。競馬・富 くじ法は、競馬のブックメーカー(民間業者)の許可等を定める。営業法にはゲームセン ターに設置される利得可能性のあるゲーム機を規制する規定(第 33c 条から第33h 条まで) があり、連邦はゲーム機令 (17) も定めている。連邦が利得可能性のあるゲーム機の立法権限 を有するのは、ゲーム機業界を州ごとに異なる規制下に置くことはできないという理由に よる (18)。 競馬及び利得可能性のあるゲーム機は経済法に基づき規制されている。こ のため、州の賭博法制により規制を受ける富くじやカジノ等と比べて、競馬及び利得可能 性のあるゲーム機の規制は緩く、住民を賭博依存症に陥らせる危険が大きいにもかかわら ず、民間事業者がこれを営業することができるのは、政策に一貫性がないという批判がな されてきた (19)。現在、ドイツにおいては、これらも含めて、より統一的な賭博法制を構築 することが目指されている。
1 賭博州間協定の制定経緯と概要 ドイツの賭博法制の中心は州法であり、その根幹を成すのが賭博州間協定である。その 前身は2004 年の富くじ州間協定 (20)(2004 年 7 月 1 日施行)であり、富くじ及びスポーツ賭 博のみを適用対象としていた。当該協定は2007 年に賭博州間協定として新たに締結され (2008 年 1 月 1 日施行)、適用対象にカジノが加えられた。賭博州間協定は2011 年に改定 され(2012 年 7 月 1 日施行 (21))(22)、現在に至っている。
現在の賭博州間協定に大きな影響を与えた判決が2 つある。1 つは、2006 年 3 月 28 日 の連邦憲法裁判所の判決 (23) である。この判決は、スポーツ賭博の国家独占が職業の自由を 侵害するか否かという問題について、住民の射幸心を抑制するために賭博を国家独占事業 とすることは許されるが、そのためには、本来の目的である住民の射幸心の抑制に沿って 賭博を提供しなければならないというものであった (24)。
もう1 つ、賭博州間協定に影響を与えたのは、2010 年 9 月 8 日の欧州司法裁判所の判 決 (25) である。この判決は、EU におけるサービス及び開業の自由の原則とドイツにおける 賭博の国家独占との関係について、加盟国が国家独占という制約を設けることは公益を考 慮すれば許されるが、射幸心の抑制という賭博州間協定の目的を達成するために国家独占 の手段が必要である場合に限り、かつ、これがドイツの中で一貫した方法で行なわれてい る場合に限る、とするものであった。そのため、2011 年に改定された賭博州間協定には、 従来連邦法が対象としていた領域である競馬(26) 及びゲームセンターを規制する規定が盛り 込まれ、様々な形態の賭博に統一的な規制の枠組みを適用していく方向性が一層明確と なった。
、2011 年に改定された賭博州間協定による規制の概要を表2 に示す。賭博州間協定 では、全賭博に共通して適用される目標(依存症予防、住民の射幸心のコントロール、青 少年保護、賭博の適正な実施、犯罪防止、スポーツ賭博の競技公正性)を含む総則(許可 制、インターネット賭博禁止、広告の規制、官庁の監督等)、賭博依存症に関する規定が あり、その下に各々の賭博(富くじ、スポーツ賭博、競馬、カジノ、ゲームセンター)に ついての規定がある。カジノについては定義規定がないのを始め、具体的な規定が少なく、 総則以外は各州のカジノ法に規制が委ねられている。
1 カジノの歴史と現況の概観 ドイツ最初のカジノは、1720 年、温泉保養地バート・エムス(Bad Ems)(31) に開設された が、その前身のいわゆる「ゲームの家(Spielhaus)」の起源は古く14 世紀末に遡ると言わ れる。19 世紀にはフランスとイギリスで賭博が禁止されたため、ドイツのカジノが繁栄し、 立地市町村の財政を潤した。しかし、1868 年 7 月施行のプロイセンの法律 (32) により状況は 一変し、カジノは1872 年末までに閉鎖することを求められた。その後、1933 年の公共カ ジノ許可法 (33)(以下「1933 年法」)及び1938 年の公共カジノ令 (34) により、カジノは再び開 設可能となった。(35)
1950 年に7 しかなかったカジノは、1970 年代以降増加を続け2005 年には81 に達した (38)。 2013 年末現在、ドイツには70 のカジノが存在し、2013 年のカジノ利用者数は576 万人、ゲー ム総収益は6 億 1000 万ユーロ、カジノから納付された税の総額は2 億 4800 万ユーロであ る (39)。ここ10 年は金融危機や非喫煙者保護法の影響、競合するゲームセンターや違法なイ ンターネット・カジノの発展等 (40) を背景に売上が大幅に減少し、総数も減少傾向にある。 現代のカジノは、ルーレット等の伝統的なテーブルゲームだけでなくゲーム機のゲームを 提供するのが標準となっており、ドイツ全体のカジノのゲーム総収益の7 割以上はゲーム 機によるものである (41)。また、ゲーム機のみを置くカジノが全体の約4 割を占める (42)。
1 ゲームセンターの賭博化 2000 年から2014 年までにゲームセンターの総数はそれほど変わらなかったが、ゲーム 機の設置台数は8 万台未満から約15 万台へほぼ倍増した。この間に、ゲーム機6 〜 8 台 の小さなゲームセンターは姿を消し、複数の営業許可を得て合計の許可台数の上限まで ゲーム機を設置した大型のゲームセンターが登場した。この傾向は、ゲーム機令の改正 (54) によって2006 年からゲーム機の設置基準が緩和されたことで助長され、またゲーム機の 進化によりゲームの魅力が増したため、ゲームセンター・ブームが起きたと言われている。 (55)
ゲームセンターは、2014 年 1 月 1 日現在、全国に9,000 か所以上(許可数は約1.5 万件) 存在し、ゲームセンターと飲食店に置かれているゲーム機の総数は20 万台(うち4 分の 3はゲームセンター分)を超える(56)。これらゲーム機による年間売上額の合計は約69億ユー ロ、総ゲーム収益額は27.5 億ユーロに達する (57)。 ゲームセンターに関する規制は、連邦の営業法とゲーム機令により行われてきた。営業 法には、①利得可能性のあるゲーム機を設置する場合には管轄官庁の許可を要すること、 設置が許可されるのは連邦物理工学研究所(Physikalisch-Technische Bundesantalt: PTB)の型 式認定を受けたゲーム機のみであること(第33c 条)、②これらを主に設置するためのゲー ムセンター及び類似施設を営業する場合には管轄官庁の許可を要すること(第33i 条)が 定められている。ゲームセンターを営業するためには、①の設置許可に加えて、②の営業 許可も必要となる (58)。さらに、ゲーム機令には、利得可能性のあるゲーム機の配置基準や 設置場所の制限等、ゲームセンターの運営そのものに関わる規定が含まれている
カジノとゲームセンターは、本質的な違いはないと言われる (85) にもかかわらず、異なる 規制が行われている。カジノの規制原理は「城門原理(Burgtor-Prinzip)」と言われる。入 口でのチェックにより未成年者と利用停止中の者をゲームに参加させないが、ゲームの利得と損失の額には限度がなく、一旦入場すれば制限的な措置はほとんど受けない。一方、 ゲームセンターの規制原理は「家畜小屋の番人原理(Stallwachen-Prinzip)」と言われる。入 口ではチェックがないのでゲームセンターには誰でも立ち入ることができる。しかし、そ こで提供されるゲームには賭金や利得と損失、ゲーム時間等の制限がある。(86) カジノとゲームセンターの規制を同じレベルとするためには、ゲームセンターにカジノ 並みの入場規制を導入するか、逆にカジノのゲーム機にもゲームセンターのゲーム機規制 を導入するかが必要である。前述のとおり、ゲームセンターへの入場規制の導入はいく つかの州で試みられている。また、賭博州間協定第10 条に基づく賭博依存症専門委員会 (Fachbeirat Glücksspielsucht)(87) も、利用者保護を効果的なものとするためには、現行の州間 協定を改正して、利用停止システムにゲームセンターを接続するか又は全種類の賭博の接 続を義務付けることが緊急に必要であるという勧告を2013 年 11 月に提出している (88)。し かし、バーデン・ヴュルテンベルク州法の例が示すように、ゲームセンターの規模を考え ると、入場管理の義務化はゲームセンターの経営者に過重な負担を課すものとみなされる おそれもある。また、利用停止システムは、期待されたほどカジノで登録者が増えていな いという問題もある (89)。 逆に、カジノのゲーム機部門にゲームセンター並みの規制を導入することも検討されて いない訳ではない。例えば、ザールラント州でゲームセンター法の立案が行われた際には、 最終的には断念されたものの、カジノのゲーム機部門にも間隔規制と営業時間規制を適用することが計画された (90)。ゲームセンター法の制定後も、同州議会には、野党(同盟90/ 緑の党)からカジノのゲーム機賭博に対する規制強化を求める動議が提出されている (91) が、 政府与党(キリスト教民主同盟・社会民主党)は、圧倒的に数が多いゲームセンターこそ 賭博依存症の温床である上に、カジノのような利用停止システムによる保護がないことを 問題視する立場を保持している (92)。ちなみに隣国スイスでは、2005 年 4 月からカジノ以外 (特にゲームセンターと飲食店)での賭博ゲーム機の設置を禁止している (93)。 カジノとゲームセンターは、縮小する賭博市場のパイを奪い合う競合関係にある。州政 府は、ゲームセンターに対する規制強化を図ろうとしているが、州政府自体がカジノ運営 の当事者であるため、カジノに対する規制強化には消極的であるように見える。 賭博州間協定により、形式的には5 種類の賭博をカバーし、複数の賭博に共通の利用停 止システムを導入したとはいえ、賭博の種類ごとに規制は大きく異なる。類似性の高いカ ジノのゲーム機部門とゲームセンターとの間でさえ均衡をとることが難しいことを考える と、EU から求められているような一貫性のある賭博規制の実現は、ドイツにとって遥か 遠くの目標と言わざるをえないだろう。
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