観光資源論と 観光学全集「観光行動論」を考える ベニスのクルーズ船反対運動への感想と併せて
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最終更新日:2016/11/25
観光学評論等
現在「観光資源論の再構築と観光学研究の将来」と題した小論文をまとめているが、観光資源(正確には観光対象)とは人を移動させる力という整理の仕方を基にして考えている。そこではその力により行動する人が観光客であり、当該行動を「観光行動」ということになり、同義語反復の矛盾が発生する。観光という基本概念が明確化されない限り、観光資源を論じることは観光行動を論じることと本質的な違いがないことに気づかされるのである。
「観光資源論の再構築と観光学研究の将来」の小論文は、最終的には観光学の将来は脳観光学から脳科学に収斂するというまとめになる予定である。脳科学が流行語であるが、その前は行動科学であった。十年前に4、5年間、消費者行動論の講義を行ったことがある。私にとっても勉強するよい機会であった。消費者行動論も基礎的なところが理解できなかったが、とにかく現象面を解説した記憶がある。この消費者行動論も行動科学の分野なのだが、言葉が先行している。
行動科学は、人間の行動を科学的に研究し、その法則性を解明しようとする学問ということである。諸科学の境界を超え、人間行動についての統合的な解明を目指している。アメリカの心理学者J.G.ミラーら、シカゴ大学の研究者たちによって唱えられたようだ。学際的共同研究を強調する環境科学、政策科学、管理科学などの呼称が「行動科学」にとってかわる傾向もみられた。しかし政治学の分野では、行動科学は、膨大なコストをかけてつまらぬ仮説しか並べていないという批判も行われている。観光行動論は批判の対象にもなっていない。
観光学全集4巻「観光行動論」の冒頭(はじめに)において「観光場面での行動研究も、多くの分野にわたっている」「観光行動研究の知見として統合されるには至っていない」「本書は、観光行動の仕組みや影響等を説明する「基礎理論編」と、実際の観光場面での行動を分析する「現場解析編」とに分けて」とある。
この基本的認識は同感であるが、具体的展開をする記述となると、疑問を感じるところが少なくない。「観光場面での行動研究」と簡単な記述にとどまり、一章から五章までにおいて観光行動が観光行動以外の人間行動との違いに基づいた基礎理論が仮説レベルでも打ち立てられていないからである。その原因は基本の「観光」概念が確立されていないからである。私は「観光」概念の樹立は科学的にできないと思っているから「人流」概念に収斂させるべきと考えている。
本書の第一章「自由時間行動としての観光行動」では、「遊び」「自由時間行動」といった概念が観光特有のものではないところから抜け出ておらず、現象面の記述に偏している。「遊び」の概念、その概念を必要とする生理的、社会的必要性、さらには観光として観光以外のものとの間に遊びに違いがあるのかないのかといったことである。
第二章「観光者の欲求・動機とパーソナリティ」は旅行動機をピアスのトラベルキャリア・ラダー・アプローチがマズローの要求の階層理論に基づき行ったものを解説する。
しかし、私が『「人流」学の提案』http://www.jinryu.jp/public/wp-content/uploads/2014/07/future_of_content.pdf で移動ニーズの五段階説を記述したように、マズローの要求段階説については科学的根拠がないとの結論が出されている(高橋信夫『虚妄の成果主義』2004年日経BP社p.165)から、基礎理論としては観光行動論以前の問題を抱えてしまっているのである。しかしながら本書のみならず、多くの解説書が欲求段階説を引用するから、説明概念としては極めて受け入れやすいのであろう。
第三章「「成長する観光者」への動態的アプローチ」に至っては、アンケート調査を使用する限界はもとより、パッケージツアーへの認識に問題がある。パッケージツアーそのものが法的な概念であり、パッケージツアーとパッケージツアー以外のツアーの理解を基本的にしておかなければならない。そのことだけでも包括旅行、主催旅行、企画旅行、募集型企画旅行と旅行業法の概念を変化させてきたように、既存の運送法との関係を明確化するのに危うさを抱えるものなのである。ここでは「キャリア途上型」「パッケージ依存型」等と概念に曖昧さを抱えたまま分析を行っている。修学旅行等大人数の旅行団はパッケージツアーというよりもむしろ手配旅行(現在では受注型企画旅行)であり、手配旅行である限りは個人旅行と本質的な変わりはない。絶えず社会的に変化する契約形態である「旅行」と観光対象に対応した目的である「観光」を峻別して考えて見てはどうかと思う。
(追記)なお、BBCではクルーズ船に対するベニスの地元の評価を報道してる。これまで、観光革命等を標榜する研究者はマスツーリズム批判を繰り返すわりにはクルーズには好意的であったが、このダブルスタンダードがベニス報道で許されなくなったのであろう。http://www.bbc.com/news/world-europe-19415485
第四章「観光行動に影響を及ぼすイメージと情報」においては、情報とイメージは観光行動の仕組みを説明するうえで重要とする。その上ですでに知っているか否かにより内部情報と外部情報に分類する。私は観光資源論の記述において、西田正憲が分類する「意味の風景」(歌枕や定数名所)と「視覚の風景」の区分ですら、文化や個人的認識を前提とする点で本質的な変わりはないと思っているから、言語を用いる段階では科学的分析にはならないと思っている。ガイドブックのうち、読んでしまった部分と、これから読む部分を区分するのであろうが、それ以前に観光する人を取り巻く文化がある。地理的概念が確立していない時代には海洋も山岳も岬も認識できないからからである。
第五章「観光における接遇」に至っては基礎理論とするには無理がある。ジョークかもしれないが、AI研究者の認識では接遇はロボットの役割に代わってゆき、人間の役割は最後に土下座(お詫び)をすることしかなくなると語っている。お詫びは生身の人間でないと許せないからだと笑って解説する。現状では職人の技論議であり、科学的分析には程遠いのではなかろうか。第六章「観光回遊行動」、第七章「滞在型観光」といった分類もいずれ宇宙旅行が普及すると、分類そのものの本質的な違いは何かということを問いかけられるであろう。
若手研究者には少し手厳しい批判かもしれないが、感性アナライザー等ウェアラブルデバイスが活用できる時代になってきているのである。人が移動するデータをその移動する感性とともにビッグデータとして収集して分析する研究を行わなければ、永遠に観光研究は進展しないだろうと思っているのであえてこのブログで雑文として記述してみた。
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