『素顔の孫文―国父になった大ぼら吹き』 横山宏章著 を読んで、歴史認識を観光資源する材料を考える
岩波書店にしては珍しいタイトル。著者は「後記」で、「正直な話、中国や日本で、革命の偉人として、孫文がなぜここまで称揚されるか、不思議でたまらない」と書いている。鈴江言一「孫文伝」(1950.岩波書店)も「人びとは彼を『孫大砲』と綽名した。これは、大隈重信の『大風呂敷』と同じ意味である。この綽名はともに愛嬌味を含んでおり、かつ本人達の言動そのものも愛嬌たっぷりのものだった」(1977.10版.420p)と書いている。
孫文が眠る南京の中山陵は立派だそうだ。共産党も国父と評価する。有益な本だ。孫文の女性好きは有名だが、これについての本書の記述はいささか品位に欠けるが、観光資源としてみれば、南京大虐殺記念館を見学した日本人にはそのほうが南京観光の価値は高くなるのかもしれない。
孫文は辛亥革命時には日本にいた。つまり清朝を倒した男ではないのに、臨時大総統になった。アメリカ、日本で亡命生活を余儀なくされていたが、在外中国人を始め日本人からも資金を集め、清朝打倒の反乱軍を何度も起こしている。すべて失敗に終わったが、それだけの資金を集めることができた孫文は、魅力あふれる人物だったようだ。1911年の「辛亥革命」に際して、アメリカから帰国した孫文が、資金難に苦しみ、満洲を一千万で日本に売買する交渉を三井の森格と行ったことは、1995年頃、藤井昇三の研究で明らかにされた。兵隊に対する賃金や革命政府の樹立のために一千五百万必要だったが、日本側との交渉は不調に終わり、とうとう用意できなかった。
このとき、孫文の亡命生活を支援したのが日活映画で財を成した梅屋庄吉である。2004年に、西木正明が実話に基づく「孫文の女」という短編を発表した。最初に亡命した頃の孫文の年端もいかぬ少女たちを愛玩する性生活を描いたものだ。そのうちの一人は娘を産んだ。辛亥革命後の亡命生活で梅屋の娘と結婚しようとして不首尾に終わった48歳の孫文は、宋財閥の次女、22歳の宋慶齢と結婚することになる。もちろん、政略結婚であり、そのために若き日の妻も内縁関係にあった糟糠の同志妻も捨てた。
関連記事
-
-
『金融資本市場のフロンティア 東京大学で学ぶFinTech、金融規制、資本市場』に学ぶべきMaaS
本書を読んで、アンバンドリングとリバンドリングという言葉に出会った。金融機能が、テクノロジーが導入
-
-
「南洋游記」大宅壮一
都立図書館に行き、南洋遊記を検索し、[南方政策を現地に視る 南洋游記」 日本外事協会/編
-
-
コロナ後の日本観光業 キーワード 現金給付政策を長引かせないこと、採算性の向上、デジタル化、中国等指向
今後コロナ感染が鎮静化に向かうことが期待されているおり、次の課題はコロナ後の回復に向けての施策に重
-
-
公研2019年2月号 記事二題 貧富の格差、言葉の発生
●「貧富の格差と世界の行方」津上俊哉 〇トーマスピケティ「21世紀の資本」
-
-
人口減少の掛け声に対する違和感と 西田正規著『人類史のなかの定住革命』めも
多くの田舎が人口減少を唱える。本気で心配しているかは別として、政治問題にしている。しかし、人口減少と
-
-
『天安門事件を目撃した日本人たち』
天安門事件に関する「藪の中」の一部。日本人だけの見方。中国人や米国人等が作成した同じような書籍があ
-
-
『帝国陸軍師団変遷史』藤井非三四著 メモ
薩長土肥による討幕が明治維新ということになっているが、なんと首都の東京鎮台本営に入った六個大隊のう
-
-
『鉄道が変えた社寺参詣』初詣は鉄道とともに生まれ育った 平山昇著 交通新聞社
初詣が新しいことは大学の講義でも取り上げておいた。アマゾンの書評が参考になるので載せておく。なお、
-
-
ペストの流行 歴史は後から作られる例
BBCを聴く。中世の黒死病、ペストの流行はネズミによるものだと、学校で教えられたはずだが、残存するデ
-
-
書評『ペストの記憶』デフォー著
ロビンソン・クルーソーの作者ダニエル・デフォーは、17世紀のペストの流行に関し、ロンドン市長及び