生涯弁護人事件ファイル2 広中惇一郎
公開日:
:
最終更新日:2023/05/20
出版・講義資料
第一章 報道が作り出す犯罪 安部英医師薬害エイズ事件
アメリカの人気番組 LAW & ORDER は米国の法社会理解に便利。今でもケーブルテレビなどで見ることができる。本書もこれにならい、YouTubeに仕立てれば面白いと思う。私も恥ずかしながら、エイズ、帝京大学安部副学長、有罪というイメージで今日まで来ていた。それほどメディアに洗脳されていたのである。 霞が関で勤務していたので、役所の体質も熟知していたから、細川政権時、菅直人厚生大臣が、安部攻撃の材料となる郡司ファイルを世間に発表したとき、私も厚生省の役人が隠蔽していたのかと思っていたが、どうやらこのファイルは知識の少ない初心者の役人の間違ったメモ程度であったことがエイズ裁判で明らかにされていた。O157かいわれ大根試食と同じく世間の受け狙いの大臣のパフォーマンスとして、吟味せずにマスコミに流してしまっていたのである。そのおかげで安部極悪人のイメージが作られてしまった。コロナ時代になっても、あまりエイズ時代と変わらないのがメディアと私を含めた読者である。 菅直人は総理就任時、小沢黙っていろの小沢一郎叩き発言で支持率が急上昇した後の慢心からか、唐突に参議院選挙前の消費税増税発言をして大敗をした。民主党にとってミッドウェー海戦の敗戦と同じ自滅とされ、多くの民主党議員の政治生命が失われた。厚生省は菅直人を取り込めなかったが、大蔵省は完全に菅直人を取り込んでしまっていたのであり、さすがは大蔵省である。 LAW & ORDERでは、司法取引が行われ、また司法界の人間関係がうかがえる。師弟関係、クラスメートなど。本書では門外漢にはわからない日本の法曹界の人間関係が記述されていておもしろいが、日本人社会はあまり興味を持たないだろう。木下、栗村発言は、検察取引がわかるという解説。判事の一人上田哲が医師出身、新聞しか読まない判事とは違うという評価。青沼主任検事が、研修所時代の教官であった、弁護団長武藤氏に、エイズ裁判は完敗であったと漏らしたエピソードなどである。 判決後メディアや名誉毀損で訴えられた櫻井よしこは激しく動揺していたという記述はおもしろい。テレビ画面でタカ派発言を繰り返す彼女がどう反応していたのか見てみたいと思う。菅直人もとんでもない判決と発言したようである。左右同舟である。 本書では、ワクチン開発が、アメリカでは進み、日本では進まない理由として、日本は悪人を仕立て上げる社会とするが、その点はアメリカも同じではないかと思う。 ただ、未知のものにたいし、プラグマティックに免責を与えてことを進める社会の方が結果が出るのは間違いがないようだ。 安部事件から一年後、製薬会社ミドリ十字は、エイズ発生のリスクがはっきりしていたにもかかわらず、薬の在庫処理として販売をしたので有罪とされた。当たり前だろう。会社はつぶれた。村松厚生省課長も有罪とされた。その情報が混同されて、安部極悪人に繋がってしまっているのかも知れない。 エイズ裁判顛末記の出版について、当時の日本の出版社は尻込みしたとのエピソードは笑いたくなる。 これだけ優秀な弁護人たちが、膨大な資料を読み込んで行った裁判であるから、訴訟費用は1億とか。各界の識者の証人依頼もあり、それくらいはかかるであろう。安部氏は現金資産を使い果たしたとある。是非映画化してメディアから儲けを奪い返してもらいたいが、心労でなくなられてしまった。

関連記事
-
-
ネット右翼を構成する者 メディアが報じるような「若者の保守化」現象は見られない
樋口直人は『日本型排外主義』の中で、大部分は正規雇用の大卒ホワイトカラーであるとし、古谷経衡も「ネ
-
-
電力、情報、金融の融合
「ブロックチェーンとエネルギーの将来」阿部力也 公研2019No673 電気の値段は下がって
-
-
『漁業という日本の問題』勝川俊雄 日本人は思ったほど魚を食べてない。伝統の和食イメージも変化
マスコミによってつくられた常識は、一度は疑ってかかる必要があるということを感じていますが、「日本人は
-
-
ヒマラヤ登山とアクサイチン
〇ヒマラヤ登山 機内で読んだ中国の新聞記事。14日に、両足義足の、私と同年六十九歳の中国人登山
-
-
幸田露伴『一国の首都』明治32年 都議会議員和田宗春氏の現代語訳と岩波文庫の原書で読む。港区図書館にある。
幸田露伴は私の世代の受験生ならだれでも知っている文学者。でも理系の人でもあり、首都論を展開してい
-
-
英国のドライな対外投資姿勢 ~田中宇の国際ニュース解説より~
私の愛読しているメール配信記事に田中甲氏の田中宇の国際ニュース解説 無料版 2015年3月22日 h
-
-
保護中: 『中世を旅する人びと』 阿部 謹也著を読んで
西洋中世における遍歴職人の「旅」とは、糧を得るための苦行であり、親方の呪縛から解放される喜びでもあっ
-
-
書評『法とフィクション』来栖三郎 東大出版会
観光の定義においても、自由意思を前提とするが、法律、特に刑法では自由意思が大前提。しかし、フィク
-
-
『逆説の日本経済論』貿易決済のための為替取引量は、今や東京為替市場で見れば、その取引量の8分の1程度に落ちている。それ以外は資本取引
貿易決済のための為替取引量は、今や東京為替市場で見れば、その取引量の8分の1程度に落ちている。それ以
