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バルト三国とヘルシンキ 世界遺産の旅

公開日: : 最終更新日:2016/11/25 海外旅行感想

2015年3月中旬、ヘルシンキとバルト三国首都の旧市街である世界遺産をめぐる旅行をしてきた。ロンドンとヘルシンキの車の配車アプリ調査の機会を利用して短期間で回ったものだから、各国とも首都に限定されることとなった。

フィンランドは人口530万人で、首都ヘルシンキは56万人。エストニアは130万人、首都タリンは40万人。ラトビアは200万人、首都リガは70万人。リトアニアは300万人、首都ヴィルニスは56万人といった人口規模である。フィンランドが相対的に人口規模は大きいが、それでもバルト三国合計を超えてはいない。都市規模ではリガが最大である。四か国は陸続きではあるが、ヘルシンキからバルト三国には空路が便利である。旧ソ連時代の交通ネットワークが基本となっており、鉄道、道路ネットワークが4か国を有機的に結びつけていないからであろう。当初鉄道により旅行を計画したが、短時間の旅行では困難であった。国際バスも存在するが情報不足であきらめた。

ロンドンからの帰路であったので、まず物価水準の違いに驚かされた。ロンドンのホテルは設備内容に比べて異様に高い印象を持った。逆にバルト三国は、円安時代なのに安く感じるので、これkらの経済発展が期待できるだろう。サントぺテルブルグがすぐそばにある感覚で、交通ネットワークもモスクワ、サントペテルブルグ中心の影響がまだ残っていたが、いずれEU中心の物流体系が出来上がってゆくであろう。

フィンランドを含め、日本のちょっとした自治体の規模で国家を形成しているのであるから、日本の自治体も自立が可能なのではないとの印象を持ってしまった。モスクワを頼りにしていた時代もあったのだろうが、政治的には苦難の時代でもあった。東京がモスクワと考え、東京の住民が歴史的に民族が異なると思えば、自立することを選択するのかもしれないが、同じ民族であるから幸いなのだろう。そう思えば、沖縄の人たちの心情も理解できるのではなかろうか。

 

リガ(ラトビア)

ロンドンからヘルシンキ経由でリガに到着。ネット予約で航空券を取得した際、ロンドンからの直行よりもヘルシンキ経由のほうが安く済んだからである。

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リガ・ヘルシンキ間は通常ネット予約で往復2万円くらいであり、時間は海越えのプロペラ機で片道1時間、通貨もユーロになっていたので、日本人にとっては、関西から四国に旅行する国内線感覚である。空港から中央駅までも近くタクシーで12ユーロ、ホテル循環バスも一時間に二本あり便利である。駅前のオペラホテル&スパにしておいてよかった。値段もネット予約1万円にしては十分な設備であった。

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ハンザ同盟の港町リガはヘルシンキよりも人口規模が大きい都市のはずであるが、国際線ネットワークの要となっているヘルシンキと比較すると、リガは小さく感じられた。もっとも河口付近の港が遠目に見えたので港近くに人が多く張り付いているのかもしれない。

旧市街地は世界遺産登録されており、早朝の体調の良い時に散策してみた。

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左からブラックヘッド会館、聖ペテロ教会。最後はブレーメンの音楽隊のもととなった街と姉妹であることを示すものである。同じ時代背景があるのであろう。

我々は子供の頃にブレーメンの音楽隊の話を絵本で読んで聞かされたから、いまだに記憶に残っている。この姉妹都市方式も観光資源として活用する手なのかもしれない。

リガのホテルにはタリン行きのツアー・パンフレットも置いてあり、田舎を見るにはこれに参加したほうがいいのかもしれない。せっかくの無料スパもあきらめ、ひたすら休息をとり、体力を温存した旅であった。

 

タリン

ヘルシンキから冬場はクルーズ船で片道2時間半、昼食、夕食つきで、往復1万円のヴァイキング・ラインを日本でネット予約し、日帰り旅行をした。少し体調が回復してきたので予定通り実施することにしたのである。

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船はトラックを積載するフェリーで、物流がメインの航路なのであろうが、観光客もかなり多く乗船していた。フェリーターミナル(ヘルシンキ)は機械化されていて、モダンな感じがした。

中世の街タリンに到着すると、すぐに目に入るのが「太っちょマーガレット」愛称の付け方で印象が違うことの見本であろう。

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中世の街は戦争で完全に破壊されたようであるが、今では世界遺産登録をし完全に復興させたようである。この点はドイツの各都市と同じく、日本観光が見習うべき点であろう。

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IMG_2547 旧市庁舎広場(ラエコヤ広場)

http://www.youtube.com/watch?v=n0CJTiW2F3k

ヨーロッパの旧市街地ではよく大道音楽師を見かける。動画でなければその雰囲気は表せない。

 

 タリンの町にも寿司バーがあった。
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千年前の中世といえば暗黒の時代であった。イスラム教とキリスト教の戦いの時代でもあったから、今日の中東情勢の時代でもあった。

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聖ニコラス教会は中世のゴシック様式、15世紀の教会絵画「死の舞踏」。生者と死者が共に踊るという奇怪なモチーフには、富める者も、貧しき者も、死が訪れれば身分や貧富の差がなくなって一つになるという死生観が込められている。 「死の舞踏」は15世紀の絵画や彫刻でよく使われたモチーフで、14世紀中盤にヨーロッパ全土で大流行したペスト(黒死病)や戦乱で恐怖にとりつかれた人々が狂乱状態になり、倒れるまで踊り続けた集団ヒステリーがモデルとなっている。 15世紀の北ドイツを代表する芸術家、バーント・ノトケ(ベルント・ノトケ)が描いたこの作品は縦1.6m,横7.5mで、ノトケが自分の作品の一部を自ら模写したもの。オリジナルの「死の舞踏」はリューベックの聖マリア教会にあったが、連合軍の爆撃によって失われてしまった。 


ビルニス

ヘルシンキから空路ジェット機で90分。ヘルシンキとの往復3万円程度である。航空会社の方針もあるのか、フィンエアーは日帰り航空運賃のほうが割高となっており、ビルニスに宿泊したほうが安くつくのである。
空港と中央駅の間に新設の鉄道があり、1時間に2本運行。1ユーロもしない安さであった。
隣国ベラルーシのミンスクまで至近距離なので、ビザを取っておけばよかったかもしれな。その先はウクライナ。少しの距離なのである。

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鉄道の座高が高いことに驚かされた。乗客が極めて少なく、経営は大変であろう。IMG_2612
駅前のパノラマ写真。

ホテルの予約を間違えていたことに気が付いたのだが、ノンリファンダブルなので、改めて駅前のパノラマホテルを予約した。旧ソ連時代には一番館ではなかったかと思いわせる雰囲気があった。見晴らし抜群のリッチである。朝食付きで42ユーロだから安い。エレベータは3人乗りのかわいいものであった。
日本人ツアー客が大勢宿泊、久しぶりに日本語を聞いたような気がする。やはり、杉原千畝さんを訪ねてのバルト三国ツアーのようであった。

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市場とその近くある夜明けの門。旧市街地の象徴である。

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KGB博物館。多くのリトアニア人が故郷から強制移住させられたことが掲示されている。


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この新市街地の一角に早稲田大学の有志が建立した杉原千畝氏の石碑がある。写真をうっかり削除してしまったのが残念である。

ヘルシンキ

ヘルシンキはヘルシンキ交通局が経営しているKUTSUPLUSという小型バスの配車アプリを調査するために訪問した。
この機会に市内観光をする予定であったが体調が悪く道中代表的なヘルシンキ大聖堂とウスペンスキー大聖堂を見るだけにとどまった。

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ヘルシンキを訪れる前は知らなかったのだが、かもめ食堂というドラマが日本で話題になり、その舞台がヘルシンキであった。
日本人観光客用には観光資源として活用できる
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ヘルシンキ中心部から船で15分程度で行ける世界遺産スオメンリンナの要塞は、市内の6つの島の上に建造された海防要塞。当初の名前はスヴェアボリ(Sveaborg, スウェーデンの要塞)だったが、1918年に愛国主義的な理由からスオメンリンナ(スオミの城塞)と改称された。日本に帰る最終日、朝体調が良かったので。せっかくだとおもい、行ってみることにした。
渡船に当たり乗船券を買い求めたのだが、Singleで5ユーロ。往復を買いたかったのだがほかに表示がなくこれにした。ちゃんとした乗船券を持っていないと80ユーロのペナルティーだと大きく表示しているので帰りが心配だったが、Singleの意味は往復という意味(かならず島から帰るから)のようであった。


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今回の旅で、欧州の主要国はほぼ旅行したことになる。
残された国は、旧ソ連邦の、ベラルーシ、ウクライナ、モルダビア、アゼルバイジャン、グルジア、アルメニア
それにブルガリア、マルタ、サンマリノ、リヒテンシュタイン、アンドラである。
時間をかけて鉄道の旅ができないかと思っている。

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