*

🌍🎒2024シニアバックパッカー世界一周の旅 全米50州 ノースカロライナ州(16番目訪問州)  NC CLTシャーロット フランス語 原爆落下

公開日: : 最終更新日:2024/03/10 シニアバックパッカーの旅

Facebook投稿文

2024.3.6 午前 シャーロット空港アメリカン航空のラウンジで半日過ごす。雨でも金融センターの街を見てやろうという気にならないところが残念。マイアミなどと違い、シャワールームはないが、汗もかいていないので構わない。長い友だったダブダブズボンが遂に穴が開き始めた。潮時なのだろうが、地球一周に付き合ってもらった。気力を出して、エアセネガルのリファンドの処理を始めた。まず、航空会社の窓口は、現地でメールアドレスを聞いていたので、簡単なメッセージを送った。取次のMY tripは、なかなか窓口がわからなかったが、ようやくオンラインチャットのコーナーがわかり、依頼した。接続に難があるものの、扱いは丁寧。日本語文章でも、翻訳ソフトが対応。助かる。オンライン旅行会社の対応も次第に改善されているように思う。

ロアノーク島

 

◎シャーロットの交通

Amtrak駅はCTC(シャーロット・トランスポーテ―ション・センター)からTryon通りを北東方向に3㎞いったところにある。空港CLTはセンタ―シティの西12㎞にあり、バスで25分。20~30分間隔で2.2ドル 市内を走るリンクスは無料

 
 

 

 

www.ridetransit.org

アメリカ合衆国:シャーロット(ノースカロライナ州) - 旅行のとも、ZenTech

 

 

◎ノースカロライナ

イギリスから独立したアメリカ合衆国当初13州のうちの1つである。南北戦争では南部連合側に最後に参入した。南部連合に属した州の中で最も多くの兵士を失い、苦しい再建時代を送った。タバコと家具の生産地として知られたが、過去50年間でバイオテクノロジーや金融分野など多様な経済に転換してきた。

シャーロット地域では、アミューズメントパークのカロウィンズ、シャーロット・モーター・スピードウェイ、USナショナル・ホワイトウォーター・センター、ディスカバリー・プレースがあり、多くの観光客を呼んでいる。近くのコンコードにはコンコードミルズ・モールとグレート・ウルフ・ロッジがある。

アムトラックは2018年7月にダウンタウンに開業したユニオン駅に発着する。同駅にはニューヨークとマイアミをローリー経由で結ぶ夜行長距離列車シルバー・スター号が1日1往復、ニューヨークとシャーロットとを結ぶ昼行長距離列車カロリニアン号が1日1往復停車する。また、ローリーとシャーロットを1日2往復運行している昼行中距離列車ピードモント号の東の起点となっている。これらの列車を全てあわせると、ローリーからシャーロット方面へは1日3便(カロリニアン号が1便とピードモント号が2便)、ニューヨーク方面へは1日2便(カロリニアン号とシルバー・スター号が1便ずつ)、フロリダ方面へは1日1便走っていることになる。

ゴールズボロ(Goldsboro)は州都ローリーからは南東に55マイル (88 km)に位置している。市内にはシーモア・ジョンソン空軍基地があることで知られている。1961年、B-52爆撃機が空中分解し、ゴールズボロの北12マイル (19 km) のファロの村に3.8メガトン原子爆弾2発が落下した。爆弾の1つは回収された。2発目の爆弾の多くの部分も回収されたが、ウラニウムを含む紛失した部品は湿った土の中深く沈んだと考えられ、回収できなかった。残骸が残る土地は空軍が買収し、別の用途で利用されたり、掘削が行われたりしないようにした。

◎

アムトラックの駅はシャーロットの中心街の北東約2.5km付近にある。シャーロット駅にはシャーロットとニューヨークを結ぶ昼行長距離列車カロライニアン号が1日1往復、シャーロットとローリーを結ぶ昼行中距離列車ピードモント号が1日2往復発着する[50]ほか、ニューヨークとニューオーリンズを結ぶクレセント号が北行、南行とも1日1往復停車する。

シャーロットの主な公共交通機関は、シャーロット地域交通システム(CATS)が運行している路線バス網である。同局の路線バス網は、アップタウンから放射状に市内を広くカバーするローカル、高速道路を経由してアップタウンと郊外都市を結ぶエクスプレス、郊外を走るコミュニティバス、アップタウンを通らず市内の各地区を結ぶネイバーフッド・シャトルからなり、あわせて70系統を有する。また、この路線バス網に加えて、CATSはリンクス(Lynx)というライトレールも走らせている。リンクスは2018年現在、市北東部からアップタウンを経由して市南西部へと向かう全長19.3マイル(31.1km)のブルーライン、ダウンタウン南東部を走る全長1.5マイル(2.4km)のゴールドラインの2路線が運行されている。

シャーロット(Charlotte)は、アメリカ合衆国ノースカロライナ州南西部に位置する都市。同部有数の世界都市。人口は731,424人(2010年国勢調査)で同州最大、全米でも第17位である。メクレンバーグ郡を中心に11郡にまたがる都市圏は2,243,960人、2つの小都市圏を加えた広域都市圏は2,402,623人(いずれも2010年国勢調査)の人口を抱えている。シャーロットは南北カロライナの文化の中心地でもあり、市内には美術館や博物館、劇場などの文化施設が集中している。また、変わったところでは、シャーロットはNASCARの聖地として知られている。シャーロットやその近郊にはNASCARのスプリントカップ・シリーズに参戦するチームのほぼ全てがファクトリーを置いているほか、市内にはNASCAR殿堂が立地している。

https://youtu.be/JCnaE1qFt4o
https://youtu.be/X09IXLs8foI

 

https://youtu.be/hamG1-cxf74
https://youtu.be/fokJHxjf8Cc

 

南北戦争後、金に代わってシャーロットに地域経済の発展をもたらしたのは綿織物であった。それまでシャーロットやその周辺で生産された綿花は、紡績・加工のために北へと運ばれていたが、1880年、シャーロットに初めての綿織物工場が建てられた。この工場に雇われたのは70人で、そのほとんどは、綿糸を洗浄し、紡ぎ、織り、衣服を縫う女工であった。やがて1890年代から1900年代にかけて、シャーロットには大規模な綿織物工場が次々と建てられ、シャーロットは綿織物産業の一大中心地へと発展した]。1910年の国勢調査では、シャーロットは人口34,014人を数え、州都ローリーをしのいで州内最大になった

シャーロットの金融機関は、その淵源こそ19世紀末から20世紀初頭にたどることができるものの、全米を代表する金融センターへと成長したのは20世紀後半に入ってからのことである。1874年にシャーロットで商業銀行として開業したコマーシャル・ナショナル・バンクを前身の1つとするノースカロライナ・ナショナル・バンクは、1960年代まではノースカロライナ州内に限定して事業を展開していた一地方銀行に過ぎなかったが、ヒュー・マッコールが1974年に社長に、そして1983年にCEOに就任すると合併と拡大を繰り返し、1991年にネイションズバンクへ、そして1998年に全米第2のバンク・オブ・アメリカへと成長した。

2000年代前半にはバンク・オブ・アメリカと双璧をなしていたワコビア(現ウェルズ・ファーゴ傘下)のシャーロットにおける淵源は、1897年に設立されたシャーロット・ナショナル・バンクと、1908年に設立されたユニオン・ナショナル・バンクにたどることができる。前者は1939年に、当時ウィンストン・セーラムに本社を置いていたワコビア・バンク・オブ・トラストに合併され、後者は1958年に、アシュビルやダーラムの銀行と合併してファースト・ユニオン・ナショナル・バンクになった。

世界金融危機直前の2006年には、この両行をはじめとした、シャーロットに本社を置く金融機関の総資産の合計は1兆7000億ドルにのぼり、ニューヨークに次ぎ、3位のサンフランシスコ以下を大きく突き放して、シャーロットは全米第2の金融センターとしての地位を確立していた。

金融業の成長に伴って、市は高い成長を遂げてきた。1970年に241,420人であった人口は、1980年には315,474人、1990年には395,934人、2000年には540,828人、そして2010年には731,424人と、40年間で3倍に膨れ上がった。しかしその一方で、2007年以降の世界金融危機の影響で大量の失業者を出しており、2010年代以降の成長については未知数である。

 

◎年季奉公と奴隷

年季奉公者として入ってきたイングランド系移民の大半は、その片道旅費を払うために一定期間労働者として働く契約を結んだ者達だった。初期には年季奉公者とアフリカ人奴隷あるいは労働者の間の線引きは流動的だった。奴隷制度が終身のものになる以前にその自由を許されたアフリカ人もいた。

独立戦争前にノースカロライナで作られた自由有色人家族の大半は、自由白人女性と奴隷または自由アフリカ人、あるいはアフリカ系アメリカ人男性との結合あるいは結婚によるものの子孫だった。母親が自由なので、その子供達も生まれながらに自由だった。多くの者はバージニア植民地から移ってきた者か、その子孫だった。イギリスの経済状態が改善され、植民地に移ってくる年季奉公者の流れが減少してくると、多くの奴隷が輸入されるようになり、奴隷制度に対する規制が厳しくなった。経済の成長と繁栄は奴隷労働力に基づいており、まずはタバコの生産に振り向けられた。

 

関連記事

🌍🎒シニアバックパッカーの旅 ⑥ 5月21日夜22日朝のヤンゴン市内観光

21日夜6時 ゴールデンロックからヤンゴンに戻る。途中でシェッタゴンバヤーが見れた。 ガイドさ

記事を読む

no image

激安ホテル

https://youtu.be/w8cL9IyuIYw

記事を読む

no image

🌍🎒シニアバックパッカーの旅 2022年8月28日 インド最大の観光資源・ヒンドゥ教

  インド最大の観光資源はヒンドゥ教。海外客にとって最も刺激の強いもの、アトラクティヴなものが、

記事を読む

CUBA ➀

 8th Nov. 2016  I left Kingston early in the mo

記事を読む

🌍🎒シニアバックパッカーの旅 2019.10.07 🏳‍🌈㉙仏海外領 ウォリス・フツナ

https://photos.google.com/photo/AF1QipPZSEju7ciyP

記事を読む

🌍🎒シニアバックパッカーの旅 2022年5月3日日中 バジリカータ州 マテラ

  2022年5月3日バーリからMateraへ           旅

記事を読む

no image

🌍👜シニアバックパッカーの旅 2018年8月2日 FORTH橋を見てエジンバラに入る

今回の旅行は、一人旅ではなく、前半は家内と、後半は役所時代の同僚が一緒の旅である。勿論新しい国を訪問

記事を読む

🌍👜シニアバックパッカーの旅 ⑩ 2月25日~27日 サンディエゴ、ティアファナ そして帰国

2018年2月25日ラスベガスのホテルの駐車場で空港シャトルに声をかけ、乗車を伝える。割と簡単で現金

記事を読む

🌍🎒ジャパンナウ原稿「アフリカ大陸中南部の旅行から見えたもの」 

 2月の10日から27日までアフリカ大陸中南部の14か国を駆け足で旅行した。航空機の予約はGoog

記事を読む

🌍👜シニアバックパッカーの旅 ⑥の1 小アンティル諸島巡り 2月19日 🏳‍🌈⓯蘭領セントマーティン、ドミニカ国(国連加盟国102か国目飛行場)経由🏳‍🌈⓰グアダルーペ(PTP ポンタピートル)

2月19日 13:35サンファン発Corsair4251セントマーティン着14:35 http

記事を読む

no image
🌍🎒2024シニアバックパッカー地球一周の旅(後日談) 忘れ物の入手とエアセネガルへの返金請求処理

◎ カンタス航空ラウンジでの忘れ物 カンタス航空ラウンジに、子供たち

🌍🎒2024シニアバックパッカー地球一周の旅 旅の終わり LAXからHND

https://photos.google.com/album/AF1

no image
🌍🎒シニアバックパッカー地球一周の旅 シャルロッテ・ロサンジェルス間 

https://photos.google.com/album/AF1

🌍🎒2024シニアバックパッカー世界一周の旅 全米50州 ノースカロライナ州(16番目訪問州)  NC CLTシャーロット フランス語 原爆落下

https://photos.google.com/album

🌍🎒2024シニアバックパッカー世界一周の旅全米50州 CHS SC サウスカロライナ州(15番目訪問州)ドイツ語

https://photos.google

→もっと見る

PAGE TOP ↑