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[153] 9月26日ソロモン諸島ホニアラ(HIR)離着陸だけ

公開日: : 最終更新日:2021/07/05 海外観光

https://photos.google.com/photo/AF1QipM7bkw0V6ua2Arao8DDef2Z6nfwR7gYZlbpiiKH

朝早起きして、枕カバーをフロントに渡しチェックアウト。目の前が駅、昨日購入した帰りの切符を使う。係員に渡さないと入れない種類だから、無人駅向きではない。駅のバーガー屋で食事。 ブリスベン空港のナウル航空チェックインカウンターにゆく。ナウルまでのチェックインとナウルからポンペイオまでのチェックインを頼んだのだが、係員が新人研修中で、ベテランのおばさんがサポートしていた。案の定2番目のチェックインがされていないので、クレーム。時間内にチェックインしろとナウル航空が言っているのだから、ブリスベンでしておかないと間に合わない。慎重に手配しておかないと誰かが座ってしまうと思いたくなる。でも、あれやこれやで、結局手続がブリスベンではできないから、ナウルでボーディングパスをもらってくれということになった。席は保証するから大丈夫という。


ホニアラ到着。ソロモン諸島、中でもガダルカナルは日本軍の体質を物語る有名なところだ。着陸の時右側座席からよくその戦いの場が見れるとネット書き込みを読み、押さえておいた席だ。スマホでビデオをとる。

https://photos.google.com/photo/AF1QipNgL3NGjagPmXFuLlhg2G6o8VXIJwLuqhVPf2lH

ガダルカナル島の戦い 

第二次世界大戦において1942年8月以降日本軍と連合軍が西太平洋ソロモン諸島のガダルカナル島を巡って繰り広げた戦い。ミッドウェー海戦と共に太平洋戦争における攻守の転換点となった。 また日本は、兵員、軍艦、航空機、燃料、武器等を多く失ったため国力が大きく減少した。

偶然、一木支隊が戦った通称アリゲータクリーク(イル川河口)を空撮しました。<br />中央の砂州付近で、1千人近い日本軍が壊滅しました。<br />翌日、陸から訪問しますが、きれいに空撮できたのはありがたいです。<br />沖にはサボ島も写っています。<br />ちなみに、ここは航空機の離着陸コースなので、着陸時は右窓側、離陸時は左窓側が良いです。
一木支隊が戦った通称アリゲータクリーク(イル川河口)を空撮。
中央の砂州付近で、1千人近い日本軍が壊滅。
沖にはサボ島も。
航空機の離着陸コースなので、着陸時は右窓側、離陸時は左窓側が良い

海軍は積極的な侵攻作戦によって、連合国の反攻拠点であるオーストラリアとアメリカの分断を考えたが、日本陸軍は、あくまで日中戦争解決を重視しており、東南アジアの占領地・資源地帯は現状維持とし、それ以上の太平洋方面は海軍の作戦担当地域であるという認識に立っていたため、戦線拡大には否定的であった。したがって大兵力を中国の支那派遣軍や、満州の関東軍から引き抜かなくてはならないオーストラリア攻略作戦に消極的ではあったが、オーストラリアを孤立させることについては海軍と見解が一致した。

右翼部隊を指揮していた川口支隊長は第1次総攻撃の反省から、大本営から派遣された作戦参謀辻政信中佐に迂回攻撃を進言したが、意見が対立し罷免された。

1942年12月頃から、アウステン山の守備についていた兵士たちの間で、ある生命判断が流行り出した。立つことの出来る人間は、寿命30日間。身体を起して座れる人間は、3週間。寝たきり起きれない人間は、1週間。寝たまま小便をするものは、3日間。もの言わなくなったものは、2日間。まばたきしなくなったものは、明日[30]

この記述は、刊行物としては辻政信参謀の戦後著作が初出となっているが、実際には第38師団川口支隊歩兵弟124連隊連隊旗手小尾靖夫少尉の陣中日誌『人間の限界』12月27日の項が元になっていると思われる。小尾も、後にこの手記を発表しており、1969年発行の戦史叢書にも小尾少尉の日記の引用として記載されている[31]。また、小尾少尉は日記の中で「1月1日(元旦)に分配された最後の食糧は、乾パン2粒とコンペイ糖1粒だけ。」と述べている。

航空機の損害はミッドウェーの約3倍、搭乗員の損失はそれを遙かに越えたものであり、日本の搭乗員の数、練度は著しく低下した。

ミッドウェー海戦とともに、太平洋戦争における攻守の転換点となった戦闘とされている。ガダルカナル戦は日本軍が米軍の物量に圧倒されて敗北した戦いと指摘されており、川口支隊の敗北までの時点で、その点を冷静に判断し、兵を引いていれば、その後の泥沼のような消耗戦で何ら得るところなく戦力と継戦能力をすりつぶす事態は避けられたとする指摘もある。 物量については、最終的にはアメリカ軍の物量は日本軍を圧倒したが、一連の戦闘の全期間でそうであったわけではない。 日本軍は寡兵の敵との戦いで敗北を続けており、物量差や戦力の逐次投入だけが原因とも言い切れない。

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